第3話:デッド・オア・ウィッチ


『どこをほっつき回ってるんだ、早く来いっつの』

「悪いな、少し変なモンに絡まれちまって」

 ケータイから、ウォルトの酔った声が急かしてくる。ウォルトとの約束の時間は過ぎていて、待ち合わせ場所にも彼の姿はなかった。しかし大した約束でもないので、アインは急ぐつもりは無かった。

『ウォッチ&リポート、っつー店だ。西通りにあるテレビ型のネオンがあるやつな。早く来ねーと、店にある酒全部飲んじまうからなァ?』

「・・・・・・それは勘弁願いたいな」

 通話を切り、ため息を吐く。

 狭くて暗い賭博小屋近くの路地、アインの目の前に黒い影が立ち塞がっていた。


 黒いローブで全身を覆った影は、顔も口元しか見えていない。

「お前にも言ってるんだからな」

 そして、アインの言葉に口元が笑う。

 瞬間、片手を振るいローブをたなびかせる。

 ローブの中は大小様々な歯車が浮かんでおり、一気に連結して回転を始めた。古めかしい機械音が辺りに響く。

 回転する歯車は魔法円を描き、魔素を伴って顕現する。そこから大鎌が飛び出してきた。

 影のようなローブと銀に鈍く刀身を光らせる姿は、まさしく『死神』だった。

「だから・・・・・・」

 アインが言い掛けたが、『死神』は有無を言わさず大鎌を振り落とした。

 間一発、身体を反らして避けたが帽子のツバが凶刃に狩り盗られた。

 鈍色の瞳が『死神』を睨む。自分の背丈よりも長い大鎌から丁寧に帽子を外して、何の変哲もない黒い中折れ帽子を隈無く観察する。

『不死身』と『死神』の、奇妙な会合。拮抗するオーラを、保っている沈黙を破るのはどちらか。睨み合いのなか、先に動いたのは――


「ね、さっきの格好良かったでしょ!」

 黒いローブのフードを外した『死神』、だった女、だった。


「人の帽子に穴空けといて何呑気な事言ってんだ・・・・・・」

 ネオンピンクの長髪を揺らして、無邪気にアインに寄ってくる。先ほどまで纏っていた『死神』のオーラは見る影も無かった。

「簡易連結で魔法円を出す装置。前のジャンク市で歯車安かったからさー。暇だったし、作ってみたの! このローブも『魔女』っぽいでしょ?」

 くるり、とローブを見せびらかすように一回転してみたりポーズを取ったりしてみる女。中の簡易連結装置が、カシャ、カシャと音を立てていた。

「そういえばお前、『魔女』なんだよなあ・・・・・・ヒューラ」

「まぁねー。ほんと色んな人から勘違いされる」

 私、あんなガイコツじゃないよ。ヒューラは自分の大鎌を魔法円に仕舞って、アインと並んで歩き始めた。

 

 黒いローブに大鎌、と。見てくれだけは完全に『死神』のヒューラだが、体内に魔素を蓄積させている証である斑点、魔素斑点まそはんてんが両目の下に三つずつ、鼻に一カ所、しっかり顔に刻まれている。

 これが彼女を『魔女』と言わせ示している証拠だった。

「どうどう? 敬愛なる友人の率直な意見を聞かせておくれ~」

「はあ」

 投げ返された帽子の穴に指を入れて回しながらに、アインは答える。

「正直、そっちの方が『死神』っぽい」

『魔女』は落胆した。

 そして手製の装置付きローブをその場でガシャンと脱ぎ捨てたのだ。

 いつも通り、ヘソの出た服装に戻る。露出した脇腹にも、魔素斑点が刻まれていた。 

「ぐぬぬ……マジか……」

「まあでも、歯車の装置はなかなか味があるな」

「本当!? ヨッシャ!」

 悔しさでこぶしを固めるが、苦し紛れのフォローですぐに顔を明るくさせた。

 飛び跳ねるようにアインの隣を進んでいく。

「で、俺に何の用だ?」

「え、特に」

 ハァ、と眉を八の字に落とすアイン。ヒューラもはしゃいだ顔から一転、顔をすましていた。

「まさかお前、あの暇潰しに作った装置を見せびらかしに来ただけかよ」

「うん」

 頷いて、アインの手から再び帽子を奪い取ると、穴が空いてみっともない中折れ帽子を被る。ネオンピンクの髪にはよく映えていた。

「だって万が一失敗してもアインなら死なないじゃん」

「人を道具みたいに言いやがって」

「人間も、道具も大差ないよ。人間が道具を使って生きてるなら、道具だって人間を使って生きてるんだよ」

 生きてる。今の自分には一番ほど遠い言葉に、えも言えない引っかかりを覚える。

 死ぬ感覚なら何度だって経験した。聞いた話、死の瞬間、人間は恐ろしい程の快感に襲われるらしい。なら、苦しんで死ぬ人間なんてひとりもいないのでないか。

 少なくとも、アインは感じた覚えはない。あったとしても、積み重なる死の感覚で埋もれてしまっているだろう。

「・・・・・・はぐらかしてんじゃねえぞ」

「ちえ」

 ヒューラと他愛もないやりとりをしているうちに、路地を抜けて大通りを通過し、西通りにまで出ていた。「どこ行くつもりなの?」ヒューラに訊かれて、件の店を答える。

 ヒューラは聞いた途端、顔を明るくさせて歩調を早めた。

「それなら知ってるよ! テレビさんの店でしょ。あそこのモヒート、美味しくて好きなんだ~。私も行く!」

 西通りの雑踏をスキップで進んでいくヒューラに、再びため息が漏れた。

「来るなら半分出せよ、あと帽子も何とかしろ」

「この前の飲み代は私が出したでしょー、ケチー」

 全く煙たい女。どうしてこんな『魔女』と知り合ってしまったのか、アインは肩を落とした。

 もし仮に、ヒューラが『魔女』ではなくて、『死神』だったら。

 自分の、生命活動からしてみればの命を刈り取ってくれたのではないだろうか。ヒューラが実行するかどうかは別にしても、それでも自分は死ねるのか。

 逆に、自分が死んでしまうのは、どんな時だろう。

 アインは雑踏に消えるヒューラの影を追いながら考える。

 

――きっと、あの『赤』を手にしたら。


「アイン、着いたよ」

 言われて、はっと意識を現実に戻す。

 目の前に飛び込んできたのは、これでもか、とばかりにネオンで装飾された看板が眩しい店。『ウォッチ&リポート』の文字。窓が大きい造りなので、既にそこから酒瓶を何本も枯らしているウォルトの姿が見えていた。

「あーあ。あの大酒豪、店の酒枯らすつもりなのかな」

「俺の財布も枯らす気だな」

「早く行こうアイン。モヒート、無くなっちゃうよ」

 笑いながらヒューラも店へ入っていく。

(ああきっと)

 あいつヒューラなら、『死神』だったとしても簡単に殺さないんだろう。

「それも悪くは、ないか」

 独り言をかき消すように、煙草に火を付ける。遅れて店に入り、隣人に挨拶を交わそう――として。

 


 その目に飛び込んできたのは、『赤』だった。



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