第5話 新たな一歩

「寒っ」

 開口一番に僕が発したのはそれだった。

 寒い。さっきまでとは打って変わって非常に寒い。寒いというよりも凍えるとか冷たいとか言った方が正しいかもしれない。

「寒いですねー」

 目の前には、そう言いながらいちごオレをちうちうと飲むクロノスちゃんが立っている。それにしてもよく飲んでるなあ、いちごオレ。

 気になるから聞いてみよう。

「好きなの、いちごオレ?」

「時間の操作にはある程度エネルギーを使いますので」

「そうなんだ」

 車が1台、すぐ横の車道を走っていった。

 雪が視界でちらつく。吐いた息は白くなって周りに吸い込まれていく。やっと自分の現実に帰ってきたんだ。

「どうでしょう。少しは前を向けそうですか?」

 僕を見つめるクロノスちゃんの瞳には、期待と不安の色が浮かんでいた。

「……ああ、ありがとう。君のおかげで少しは前を向けそうだ」

「それは良かったです」

 僕の答えを聞いて、クロノスちゃんは満面の笑みを浮かべた。うん、クロノスちゃんには笑顔が似合う。

 そこではたと思い出した。

「あ、そう言えば学校」

 そう言えば登校中だった。ポケットからスマホを取り出して時間を見る。8時20分。まだ余裕で間に合う。

「ごめん、授業あるのを忘れてた。それじゃ」

「ええ、それでは」

 互いに軽く手を挙げ、僕はキャンパスに向けて歩き出す。

 しかし、不思議な体験だった。まさかあんなことであの大学に受かるなんて――

「って、ちょっと待った!」

 あることに不意に思い至って、慌ててクロノスちゃんの元に駆け戻った。

「あ、あのさ、だ、大学、変わってないよね⁉」

 膝に手をついて、荒い息で聞く。しかし一方のクロノスちゃんはというと、やれやれといった感じだった。

「先に言いませんでしたっけ? 過去でお兄さんが何をしようと、現在には関係ありません。だから、お兄さんの通う大学も変わりませんよ」

「え、あ、そうだっけ……」

 そう言えば、そんなことを言われたような気がする。

「試しに学生証を見たらどうですか?」

 僕はいそいそとポケットから財布を出して、学生証を取り出した。裏面もチェックしたけど、昨日までの学生証と変わらない。つまり、通う大学は変わってないということだ。

「あー、良かった……良かった?」

 うーん、喜ぶべきなのか悲しむべきなのかわからない。どちらかと言えば悲しむべきか……?

「それよりも、そろそろ行かないと授業に間に合わなくなりますよ?」

「あ、そうだった」

 考え込んでいると、クロノスちゃんに急かされた。

 まだ急ぐような時間ではないけど、確かにクロノスちゃんの言う通りだ。

「あはは、ごめんね」

「いえ、別に。大丈夫ですよ」

 今度こそクロノスちゃんと別れ、キャンパスへ向けて歩き出す。

 半ば凍結した地面で転ばないように、注意しながら歩く。

 ふと空を見上げると、どんよりと覆う雲の切れ間から光が差し込んでいた。

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