第21話 主役

『綿菓子を食べる鬼』の撮影は二月中旬にクランクアップした。次はジャパンテレビでのドラマ撮影だ。それも主演である。大した出世だ。ただし、同番組の放送時間は木曜日の深夜である。この時間のドラマは視聴率三冠王のジャパンテレビにとってはお荷物的な存在だった。視聴率7パーセントを超えたら、赤飯を炊くような惨敗ぶりである。それは裏番組に強敵となるバラエティ番組『アマトーーク』が控えているからだ。

「打倒、『アマトーーク』!」

 とプロデューサーの松本深志まつもと・ふかしは気炎をあげているが、同時間帯の平均視聴率は3パーセントである。とても『アマトーーク』には及ぶまいと誰もが考えていた。


 顔合わせの日、舞子は共演の中島飛翔なかじま・ひしょうと初めて会った。中島はジャリーズ事務所の所属で、人気グループ『Hey!Say!Attack』のメンバーである。人気アイドルを起用するあたりに、ジャパンテレビの気合の入れようがわかる。

「舞子ちゃん、お初!」

 と中島は軽く挨拶をした。それに対し舞子は、

「水沢舞子です」

とだけ言った。そのクールさに中島は一目惚れしてしまった。

「この撮影期間で絶対、彼女を落としてみせる!」

 中島の心の中の炎が燃え上がった。


 汐留のスタジオで撮影はスタートした。タイトルは『君を好きでもいいですか?』に決まった。原作はマンガ雑誌『Miiミー』の超人気作品である。近年ではマンガを原作にしたドラマや映画が幅をきかせている。同番組もそれにあやかってのものである。

 初日の顔合わせに同行した其田は、

「失敗だったかなあ? なんか、安直なドラマだ。朝ドラのオーディションを受けさせた方が良かったかな」

と軽く後悔していた。


 実際、若手を起用した脚本はお粗末なものだった。シリアスなのかコメディーなのかが全然わからない。その上、やたらと無意味に台詞が多い。その台詞は『てにをは』もいい加減でとてもまともなドラマなんか作れないと出演者の誰もが感じるものであった。

「やってられないね」

 と中島が舞子に話しかける。それに対し、舞子はこう返した。

「脚本のおかしなところは役者である、あたしたちが修正すればいいことだと思います。役になり切れば、自然と台詞のおかしなところを直せるんじゃないでしょうか」

 中島はたじろいだ。

(この娘は憑依型の役者なんだあ)

 と感心しつつ、恐れも抱く中島であった。


 第一回の放送が始まった。もちろん、舞子は自分の出演するドラマは観ない。其田事務所の寮では、其田はじめ三人の先輩女優が、食堂のTVを食い入るように見つめている。

「変なドラマね」

 梅野ほのかがつぶやいた。

「脚本が最悪なんだ」

 其田が苦々しい表情を浮かべる。

「でも舞子は役になりきっているわ」

 春川はるかわつづみが感想を漏らす。

「飛翔くんも頑張ってるよ。これならジャリーズファンも満足ね」

 雨音あまおとしずるが声を出す。

「中島くん人気で、初回はそこそこ視聴率を稼げるだろう。だが、二回目以降はどんなもんだろう?」

 其田は頭をかいた。


 翌日、視聴率が発表された。

「7.5パーセント」

 上々の出来である。


 SNSではドラマの感想が大量に投稿されていた。

「変なお話!」

「でも、飛翔くんかっこいい!」

「主演の女優、すごくなかった?」

「うまいね。人を惹きつける何かがあるわ」

「飛翔くん、惚れちゃいそう」

「やだー!」

「次回も観よっと。眠たいけど……」などなど。


 第二回の撮影で、舞子は演出の佐川大和さがわ・やまとと激しく対立した。

「水沢くん、台本通りやってくれ。話が違う方向に行ってしまう」

 それに対して舞子は、

「台本通りでは、自然な演技ができません。尚美(役名)は台本のような発言はしません」

とやり返した。

「なんでそんなことがわかるんだ!」

 佐川が声を荒げると、

「あたしが尚美だからです」

舞子は静かに答えた。スタジオ内がシーンとする。

「じゃあ、好きにやれよ。俺は不必要なようだからな」

 佐川はスタジオを出て行ってしまった。慌てて松本プロデューサーが追いかける。

「あたし、間違ったこと言いました?」

 舞子が中島に問いかける。

「いやあ、それでいいんじゃないかな。それより、今晩食事に行かない?」

 中島の恋の炎は燃え盛る。

「すみません。寮でおばちゃんが夕食を作ってくれていますので」

 舞子は丁寧に、お断りをした。


 結局、折り合いがつかず、演出者が変わることになった。日野四郎ひの・しろうという男である。日野は、

「アドリブOK。舞子ちゃんの好きにしちゃって」

という大雑把な人間であった。舞子はニコリと笑って、お辞儀をした。

 それからは撮影の前に、日野と舞子、それから中島の三人がミーティングをして、台本のおかしなところをチェックした。台本は相変わらず、ずさんなものだった。だから、修正の赤ボールペンで元の活字を見えなくするくらい書き込みが入れられた。舞子は日野に信頼感を持った。それからは順調に撮影が進む。


 第二回視聴率。8.3パーセント。スタジオでは本当に赤飯が配られた。それをもぐもぐ食べながら、日野は言った。

「舞子ちゃんは脚本家にもなれるね」

 舞子は、

「ありがとうございます。でも、あたしは女優ですから」

と言った。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る