第11話 急転

 其田は、一連の騒動にがっくりした。そして、安酒を飲みながら、こう思ってため息をついた。

「舞子には運がないのかもしれない。運も実力のうちだ。それがないなら、売れることはないだろう」

 TVをつける。そこには『七海は名探偵!』と言う番組が映っていた。主演はなんと、黒上純子である。名子役として、名を馳せた純子も舞子と同じ中学生。魅力的な顔と演技で、アイドル的な人気を得て、同番組の主役に抜擢されたのだ。視聴率もいいという。

「羨ましい」

 其田は本心から思った。純子は母親の所属する大手プロダクション『ポリプロ』に入り、順調にスターへの道を歩んでいる。弱小プロダクションの其田事務所では舞子にまともなマネージャーをつけてやることもできない。それが其田にはもどかしい。

「いっそ、他のプロダクションに引き取ってもらうか? だが、舞子の才能を引き出せるプロダクションがあるかどうか……」

 大人数を抱える大手プロダクションでもトップを走る俳優は一握りだ。売れない俳優、ことに女優はゲスな雑誌のグラビアに水着姿を晒すのがせいぜいだ。そこから這い上がれる者はごく少数。其田は舞子をそんな目に合わせたくなかった。そう考えるわけは、


『冬枝雅美』


彼女の存在が大きい。雅美が売り出しの頃、其田は雅美にグラビアの仕事を命じた。だが、雅美は強硬に拒否した。

「私は女優になる。水着の仕事は必要ありません。その代わり、演技の上で必要ならばヌードでもなんでもします」

 熱い決意と覚悟だった。其田はその姿勢に打たれた。

 舞子にはどことなく雅美の面影がある。其田はそう感じていた。

「だから、安売りはしたくないんだ」

 其田は独り言して、コップ酒をあおった。


 事態が変わったのは、ほんの些細なことからであった。

 東京都練馬区に中野良男なかの・よしおという一人の引きこもりがいた。良男は大のアイドルオタクであった。一日中、TVを録画して、可愛いアイドルの映像を撮りためていた。彼がすごいのはCMまでマメにエアチェックするところだった。そして彼は見出してしまった。撮りためたCMをまとめたディスクに天使のような女の子を。

「可愛い!」

 義男はすぐにネットを開き、メーカーのホームページを開いた。CM紹介の欄をクリックする。しかし、該当のCMは存在しなかった。

「おかしいなあ」

 首をひねる良男。でも彼は諦めない。直接、メーカーの広報に電話して、CMの出演者を問い合わせた。

 散々、たらい回しにされた挙句、出演者の名前を聞き出した。

——大海優姫さんです。

 担当者が答える。

「そうじゃない。若い娘の方だよ!」

——ええと、お待ち下さい。ああ、水沢舞子さんです。

「サンキュー!」

 良男はすぐに、画像と水沢舞子の名前をSNSに投稿した。

「まさに天使の微笑み。最高の美少女」


 この書き込みが全てを変えた。


 アイドルオタクたちにとって中野良男は“神”だった。だからSNSのフォロワーも万を越す。その良男が発掘した奇跡の美少女の画像は瞬く間にリツイートされ、拡散した。

「誰なんだ? この美少女」

「水沢舞子って書いてあるだろ」

「だから、その水沢舞子って誰なんだよ?」

「わからんねえ」

「ひょっとしたらだけど……」

「なんだ?」

「四年前の、二山幸雄のドラマがあっただろ」

「『お兄ちゃんをとらないで』だろ。面白かったな」

「あの時の子役。一人は黒上純子で、もう一人、水沢舞子って言わなかったか?」

「Blu-rayチェックしてみる……おお、ドンピシャ! 小学生の時も可愛いな」

「なんで、世に出てこなかったんだ?」

「謎だな」

 オタクたちの会話がネット上で続いた。


 二日酔いの其田の元に電話が入ったのは朝の七時すぎのことだった。

「ふぁい、もしもし」

 相手は二山だった。

「こんなに朝早く、何事ですか?」

 不機嫌な其田に対し、二山は興奮しているようだった。

「今すぐ、Yahoo! JAPANの『話題なう』を見てください」

 其田がパソコンを開いて『話題なう』を見ると、そこには、


『謎の美少女 水沢舞子』


と書いてあった。

「これは……」

 動揺する、其田。

「とにかく、そっちに行きます。舞子は学校を休ませてください」

 二山は、早口でまくし立てると、電話を切った。


 二山は午前九時に『其田事務所』を訪れた。

「一体どういうことなんでしょう?」

 其田が尋ねた。

「僕が調べたところによると、こんな画像が出回っている」

 二山がプリントした紙を見せる。

「こ、これはお蔵入りになった、洗濯機のCM!」

「実際にはねえ、其田さん。二週間は放送されていたんですよ」

「そうなんですか?」

「ええ、それを録画した奇特ものがSNSで拡散した……これはチャンスですよ」

「そうですね。でも、どうすれば?」

「待ちましょう。必ずオファーがあるはずです」

「攻めなくていいんですか?」

「舞子を安売りすることはない。舞子はどう思う?」

 二山は聞いた。

「女優になれるなら、なんでもいい」

 舞子は淡々と答えた。


 そして、其田宛にジャンジャン電話がかかってきた。しかし、其田は安請け合いをしなかった。舞子の神秘性を大事に考えたのだ。そして、選んだ仕事は意外なものであった。




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