第7話 番組宣伝

『お兄ちゃんをとらないで』の放送がスタートした。初回の視聴率は13.5パーセント。二山が思ったほど伸びなかったが、前番組の『突然ですが、離婚します』のことを考えるとまあまあの成績かなと思ったりもした。びっくりしたのは録画率の高さだった。これはひとえに主演の荒木結衣の人気に他ならない。ネットでの評判も「結衣ちゃん、可愛いい」とか「結衣ちゃん、ダンスしないの?」という荒木結衣関連の書き込みが多数だった。

 しかし、少数ではあるが「二人の子役、すごくない?」とか「愛菜役の黒上純子って緑川蘭子の娘なんだって。納得」などの意見もあり、その中に「香奈役の子、うまくない?」という書き込みを見つけて、二山は狂喜した。初めて、舞子の演技が評価されたのだ。少数意見とはいえこれは嬉しいことだった。


 回を重ねるにつれて、純子と舞子の評判はうなぎのぼりに上がっていった。その勢いは主演の荒木結衣を食ってしまうほどだった。それに伴って視聴率も良くなり、20.3パーセントの大台に乗った。臼杵プロデューサーは電話で「これも二山さんの脚本のおかげです」と礼を言って来た。湾岸テレビの社長も大喜びだそうだ。臼杵もこれで出世街道を歩むことになるだろう。

 舞台の脚本書きが遅れている二山は、番組のチェックを怠っていた。だから舞子がどんな演技をしているのか知らない。だが時折チェックするネットの評判では日に日に純子と舞子の演技力の高さを評価する声が同数になって来ていた。

「これはすごいな」

 二山は感心していた。


 しかし、マスコミは純子の方をプッシュした。演技派女優、緑川蘭子の娘という毛並みの良さ。幼いなりに整った美貌。そして演技の鋭さ。早くも次世代の有望株と褒め称えた。舞子は純子の添え物とされ、それほど重きを置かれなかった。当然と言えば当然のことであるが、二山は少し、憤った。

「ネットの評判を見ろよ!」

 と思わず読んでいたスポーツ紙を丸めて捨てた。


 そんな中、臼杵プロデューサーから連絡があった。湾岸テレビの朝の情報番組『おめかしテレビ』で純子と舞子の特集をやるらしい。同局には二人についての問い合わせが殺到しているそうだ。なので二人の普段の様子、撮影の様子を一日密着するという。スタジオに生出演もするそうだ。朝が弱い夜型の二山だが、これは生で見ないといけないなと、目覚まし時計を合わせた。


 純子と舞子の出番は、いって見れば番宣なのだが、それにしても世間の評判が高いらしい。兄を恋人にとられないと奮闘する姿は一脇役ではなくて、ほとんど主役級の活躍らしい。二山の脚本ではそんなに目立つようなところはなかった。たぶん、演出の桜井が台本を書き加えたのであろう。堅物のように見えて、案外柔軟なところもあるんだなと二山は思った。そろそろ二人の出番である。

 VTRでは、純子が豪華なベットで目覚めていた。そして有名私立小学校に通う。緑川蘭子の運転する高級外車でである。学校が終わるとスタジオに直行。車内で台詞のチェックは怠らない。そして本番。しなやかな演技で一発OK。

 一方、舞子は寮のパイプベットで起床。他の女優たちと一緒に朝食をとり、区立の小学校に通学する。もちろん徒歩だ。勉強は苦手のようで、先生の質問にうまく答えられない。笑顔が出るのは体育の授業と給食の時だ。どこにでもいる小学生、そんな印象だ。授業が終わると其田社長の運転する国産車でスタジオ入り。車中では思わず居眠り。ワイプに映る出演者から笑いが起こる。本番では桜井から厳しく指導を受け、NGを出しながらも懸命に演技。ようやくOKをもらう。

 なんとも対照的な二人だった。VTRが終わり、画面がスタジオに戻る。メインキャスターの二宅アナが映る。

「では話題のお二人にスタジオに入っていただきましょう」

 純子と舞子が画面に入ってくる。舞子の表情は固く、純子は微笑みを浮かべている。

「愛菜役の黒上純子ちゃんと香奈役の水沢舞子ちゃんです」

 サブキャスターの水鳥アナが二人を紹介する。

「おはようございます」

 朗らかに言う純子に対し、舞子は黙礼だ。

「しっかりしろ! 舞子」

 二山はモニターに向かって言った。

「舞子ちゃん、居眠りしてましたね。疲れたの?」

 二宅が突っ込んでくる。

「うぐっ」

 舞子はあってはならない呻き声を上げた。笑いが起きる。

「ははは、それにしても純子ちゃん。完璧な演技でしたね。一発OK」

「ありがとうございます」

 明るく答える純子。

「舞子ちゃんは厳しく指導されていたけど、辛くはない?」

「い、いえ」

 舞子の表情は硬い。緊張で目一杯のようだ。頑張れ、舞子。

「お二人は得意なことってあるの?」

 水鳥が聞く。

「バック転ができます」

 純子はそういうと華麗に舞った。拍手が起こる。

「すごい。じゃあ、舞子ちゃんは?」

 無茶振りだ。

「ええと、歌が歌えます」

 ええ、聞いてないぞ! 二山が叫ぶと、舞子は歌い出した。


『エーデルワイス』


 天使のような声だった。

 

 スタジオが、いや、二山も含めて視聴者がシーンとなった気がした。


「…………」

 二宅は絶句した。だが、気をとりなおし、

「すごい!」

と拍手した。

「さすがは話題の二人だけあってすごい特技を持っていますね。お時間が来ました。黒上純子ちゃんと水沢舞子ちゃんでした。ありがとうございました」

 盛大な拍手とともに、CMに入った。

「なんと」

 二山はしばし呆然とした。この歌唱力ならミュージカルもいけるし、歌手デビューもできるだろう。舞子の大物ぶりを改めて感じた。

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