第5話 稽古初日

『お兄ちゃんをとらないで』の初顔合わせの日が来た。二山はなんとなく心配になって、水沢舞子のことを迎えに行った。案の定、舞子は緊張していた。それに、古ぼけたジーパンという、なんとなくみすぼらしい格好で出て来た。二山は言った。

「服を買ってあげよう」

 これには舞子も喜んだようで、満面の笑顔を浮かべた。

「ありがとう」


 其田と三人して、デパートの子供服売り場に行った。二山はなんとなく気恥ずかしかった。二山に子供はいない。結婚生活も五年前終止符を打っていた。性格の不一致というやつだった。

 其田も二山も女の子の服の良し悪しはわからない。店員に任せっきりとなった。店員は親切にああでもないこうでもないと洋服を選んでくれた。舞子はあれもいいこれもいいと悩みに悩んで、結局薄いピンクのワンピースを選んだ。洋服のセンスはあんまり良くないなと二山は思った。


 其田の運転で、湾岸テレビに向かう。スタジオに着けば、大物俳優に挨拶をしなければならない。緊張を隠せない舞子に向かって、二山はこうアドバイスした。

「得意のモノマネをすればいい」

「モノマネ?」

「そうだ。さっきのデパートの店員さんを思い出せ。素晴らしい接客応対だっただろ。あれをモノマネするんだ」

「はい」

 舞子は素直に応じた。


 新人はスタジオに一番乗りしなくてはならない。到着すると黒上純子が緑川蘭子とともにすでに来ていた。

「二山ちゃん、お久しぶり。純子を選んでくれてありがとね」

 蘭子はステージママを気取っている。

「選んだのは臼杵さんさ。僕は関係ない」

「あらそうなの。でも、純子を当て書きして台本を作ってくれたんでしょ?」

「まあね」

「やっぱり、ありがとうだわ。そこの子? 純子と共演するのは」

 蘭子の目が鋭く光った。すると舞子が口を開いた。

「初めまして。女優の水沢舞子です。どうぞよろしくお願いします」

 蘭子は一瞬、ポカーンとなった。それから大声で笑った。

「あはははは、女優ですって。子役なのになんという大物ぶりなの」

 完全なる嫌味だった。しかし、一流女優の前で自分を女優と名乗る舞子の根性が凄まじい。気が弱いんじゃなかったのか? だが、これは反感を買う。二山はそう考えて舞子に注意した。

「舞子、君は女優の卵であって、まだ女優じゃないんだ。言葉には気をつけなさい。君はあくまで子役だ」

「でも、役を演じる以上、女優じゃないんですか?」

 舞子が反論して来た。二山はびっくりしたが、すぐに体勢を立て直した。

「女優を名乗るのは大人の女性になってからだ」

「……はい、すみません」

 舞子は謝った。

「わかればいい」

 二山が納得すると、黒上純子が挨拶して来た。

「二山先生、黒上純子です。一生懸命頑張りますのでよろしくお願いします」

 子供らしい、元気な挨拶だ。

「こちらこそよろしく。そうだ、舞子と純子くんの二人で共演者のみなさんに挨拶して来なさい」

「はい!」

「……はい」

 二山は我ながらナイスアイデアだと思った。純子と一緒なら、舞子も暴走しないだろう。そして、得意のモノマネで純子の立ち居振る舞いを学習するだろう。現段階では純子の方が一歩も二歩も子役としてリードしている。さすが、緑川蘭子の娘だ。

「では、行ってきます」

 純子が舞子を引っ張るようにして楽屋に向かった。


 顔合わせが始まった。まずは通り一遍の自己紹介だ。まず、プロデューサーの臼杵が挨拶する。

「この度は皆様ご出演ありがとうございます。ご存知のように“月9”は今、大変苦戦をしております。しかし、荒木さんはじめ強力なメンバーと二山先生の脚本を持ってすれば必ず起死回生、逆転満塁ホームランを放てると自負しております。どうぞ、めいいっぱいの演技をしてください。ありがとうございました」

 拍手が起きる。続いて主演の荒木結衣の出番だ。

「柏木瞳役の荒木です。頑張ります。それだけです。よろしくお願いします」

 大拍手。

「丹羽公平役の菅野正樹です。ガッツで頑張ります」

 拍手喝采。

 以下、出演者の挨拶が続く。瞳の祖母役に大ベテランの女優、川内淳子かわうち・じゅんこ、瞳の亡き兄に人気俳優の米沢勝利よねざわ・しょうり、公平の父親役に歌手の三木武みき・たけし、母親役に浅野あさのたくみ他、脇役にも名の知れた俳優が顔を揃える。謎の男役には落語家の萬願亭道楽まんがんてい・どうらくがドラマ初出演。大きな話題を呼びそうだ。その中、最後の最後に、二人の子役が紹介された。二山は舞子が何を言い出すかと不安いっぱいだったが、純子と口を揃えて、

「よろしくお願いします」

と挨拶したので、ホッと胸をなでおろした。なので、

「では最後に、二山先生、一言」

と臼杵に言われて、二山は舞い上がってしまった。二山も、舞子に負けずとも劣らぬ“あがり症”なのだ。

「えー、あのー、げ、原稿は出来上がっております。それだけはご安心を」

 と訳のわからない挨拶をしてしまった。


 それから、台本の読み合わせが始まった。この段階で台詞が頭に入っている俳優は少ない。皆、台本片手に台詞を読んでいる感じだ。そんな中、完全に台本を暗記しているものがいた。一人は主演の荒木結衣。作品への並々ならぬ意気込みを感じる。もう一人はなんと黒上純子だった。これには皆驚いた。

「さすが、緑川さんの令嬢」

 と感心の声が上がる。

 一方、舞子といえば……読めない漢字を隣の純子に聞いてふりがなを書いている始末。

「それくらい、家でやってこいよ」

 と演出の桜井秀俊さくらい・ひでとしに罵声を浴びせられる始末だった。二人の差が大きく広がったと二山は思った。

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