第40話 ヨーロッパの悪魔

 彩友香がいた社の中にあったのは1冊の洋書。

 表紙には『Grimorium Verum』と書いてあるが、なんと読むのかわからない。



「タロー! そっちにはなにかあった?」


 タローにも社の裏側を調べてもらっているのだが、なにもなさそうだった。



「うーん、この古い社じゃないってことは、もうちょっと別の場所になにかあるのかなぁ。手がかりも何もないし」

「で、ですね。もう少し探してみますか?」


 俺とタローは外に出る。



 外ではミカゲとサタナキアに変身しているナルさんが戦っているが、五芒戡の特殊技の重力攻撃は予想以上に効果が抜群で、単純な足止めやサタナキアが飛ぼうとしたときに邪魔をしたり、すばやく移動して攻撃してくるときには重力を強くして足を遅くしたりと、攻撃は多彩であった。



「重力技って面白いね。タローの技も楽しいけどさ」

「そ、そうですか? ぼ、ボクは和哉さんみたいなかっこいい技が使いたいです。リリスたんに変身できるのは楽しいですけど」


 俺たちはミカゲがうきうきと戦っているところをちらちら見ながら社を探すが、特に変わったものはないようだった。


「うーん。なにもなさそうだね。本以外は」

「そ、そうですね」



 ん? そう言えばさっき「ヨーロッパの悪魔」とかなんとか言ってなかったっけ?


 俺の手に持っているものも、よくわからない英語の本である。

 ひょっとしたら……



「あのさタローにお願いがあるんだけど。この本を燃やせるような呪文ってなんかなかったっけ?」

「あ、ありますよ。マジックライトの熱を加えたものでよければ」

「じゃあ、この本……燃やしちゃおう。もし違っていたらまた探せばいいし」



 俺が地面に本を置いたあと、タローはマジックライトを唱える。

 本はどうやら燃えやすい素材でできていた様子で、簡単に燃えだした。



「うわわっ! も、燃えるううう!」


 ナルさんが炎に包まれる。どうやらビンゴである。


「ていうか建物じゃなくてもいいみたいだね。もしも鬼武帝の影響がもっと広範囲で、それを信望する人も多くいたなら厄介だったろうな」

「で、ですねえ」



 ミカゲはナルさんが燃え尽きるまで、すぐ近くで様子を見ている。


 古い社を赤々と照らす炎とナルさんの悲鳴。


 それが収まったあとには、ナルさんが倒れ伏していた。



「ふむ。どうやら燃え尽きたのは服だけみてーだな。本人は無事だろ」


 安全確認よーし! と言いながら、ミカゲは俺たちのいるところへ戻る。

 本もすでに燃え尽きていたのだが、そこから黒っぽい大きな針が出てきたので拾っておくことにした。



「彩友香さま、大丈夫ですか?」


 桔梗の手を借りて立ち上がる彩友香。

 若干疲れは見えるけど、救出されたときよりはだいぶ顔色がよくなっている。


「ん、よしっ。もう大丈夫だべ!」


 彩友香はずっと術を発動していたことで、精神力が削られまくっていたらしい。

 そしてちらりと彩友香はナルさんのほうを見た……


「キャアアアアア!!」

「イヤアアアアア!!」



 ナルさんがちょうど立ち上がったところで、彩友香の視線は例のポークビッツにクローズアップされる。

 それと同時にナルさんも自分が全裸だということに気づき、大きな悲鳴をあげる。

 脱衣所から再びのサラウンド効果である。うるせぇ。


 彩友香はそっぽを向き、ナルさんは隠すものがなかったようなので、タローがリュックの中からハンドタオルを貸してあげた。



「い、いいだろうっ! それで我慢しておくよ」


 前だけを隠すナルさん。お尻は丸出しだけど、まあいいか。



 とりあえず全員で彩友香が隠れていた社の中に入り、ナルさんへなぜこうなったのか尋問することと、鬼武帝とはどんなものなのか聞くことにした。

 ちなみに、ナルさんは社の板張りの上で全裸正座であり、彩友香への配慮のため、股間の上にハンドタオルを載せているという状態である。



「ハンっ! 俺は知らないよ。もちろん今まで貴様らが倒してきたあの球体とおばちゃんだってなにも知らない奴らだからな」


 確かにあの2人は面白そうだからここに来た、と言っただけだった。紫さんは切実な願いだったんだろうけど。


「じゃあナルさんも同じで、何も知らないでここに来たのか?」

「俺はあいつらと違って有能だからな! というか俺があいつらを騙してここに呼び寄せたんだよ」


 あれ? ナルさんって誘導尋問にもならないような微妙な尋問に素直に応えるなぁ。会話の合間にちらちらと彩友香を見てるけど。



「だけどよ、鬼武帝にはそそのかされてんだろ?」


 ミカゲもちょっと考えて質問をする。


「俺は鬼武帝の封印を解いた、言うならば鬼武帝より偉い人間なんだよ! だから世の中の女はひれ伏すべきだろ?」


 ああ、そうか。

 すぐに自白する理由っていうのは、彩友香に対してナルさんはいい格好をしたいのが大前提である。そして、俺たちの会話から自分を自慢する話につなげるために一生懸命なんだ。その結果がみずからの犯行を自白しているということは……気づいていないんだろうなぁ。


 散々自慢のような自白をしたあと、ナルさんは彩友香の顔を見るが、じろりと睨まれ、クズ! と言われたらしくどうやら諦めることにしたようだった。



「もう彩友香ちゃんには手を出さない。あんな堅い女はいらないよ。だから俺に……服をください」


 ナルさんの語尾はものすごく小さくなっていた。そしてミカゲがナイスなタイミングで言った。


「あぁ~? 聞こえねぇなぁ~?」


 そうか。

 ミカゲはナルさんみたいな卑劣なタイプは嫌いなんだろう。タローも決めるときは決めるし、桔梗だって結構なよなよしているけど、それなりだし。

 自分のいいなりになる女性をストーカーし、挙げ句の果てに自慢にならないことを自慢する、そういうのは嫌いなんだろう。

 だから戦いのときも苛ついてあんな感じに煽ったりしたんだなー。


 ナルさんはものすごく屈辱的な表情を浮かべる。



「あ、あの、ここは『くっ! 殺せ!』って言うのが正しいんですよ」


 タローも無駄な後押しをしている。


 そんな2人に攻められた上に、ハンドタオル1枚でいるナルさんはどうやら耐えきれなかったようで、



「す、すみません! 服をください! 鬼武帝のこともちゃんと話しますから!」



 姿勢を正してナルさんは言った。


 ミカゲとタローの勝ちである。

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