第9話 サクヤ

「まあ、座ってよ。昇天ペガサスMIX盛りをしているみたいなキャバのおねーちゃんは来ないけどさー、グフッ」


 簡易パイプ椅子をサクヤに進められる。

 ズズッと椅子を動かし、俺とミカゲは部屋に入ってすぐのところに座る。奥には革張りのソファーが置いてあり、そこに当然のようにサクヤが座る。


「まあ古い庁舎だけどさ、無駄に広いからここは僕の部屋として使っているんだよね。手狭だけど狭いほうが落ち着くっていうかさー。グフッ」


 いい部屋ですね。落ち着きます。と力なく俺は同意する。

 ミカゲは無言でタバコに火をつける。こんな短時間で2本目突入である。


「でさぁ、勇者さんは黒い影を全部一瞬で退治できちゃったりするの? あの影が厄介で北の山開発が遅れているんだよねぇ」


 サクヤは一方的に自分のことだけを話す。

 しかも村民が困っていることよりも開発の話が真っ先に出たので、俺もこの時点でサクヤに同意しようとする心が折れた。


「黒い影退治の前に、電話回線をつなぎ直させるとかそういう連絡が取れたんじゃないですか? そもそも、村のひとたちの意見を無視してなにかをやるとか、本末転倒ですよね?」

「ゆくゆくは村民のためになると思うんだけどなー。ま、勇者さんは本来自分のヤルべきことを後回しにして、どうでもいいことを優先させるってタイプっすね」


 サクヤから失望の声が聞こえた。

 俺はサクヤに食ってかかろうかと思ったが、グッとこらえる。



「……そろそろ帰ります」


 俺とミカゲはサクヤの部屋から退室した。あの狭い部屋でサクヤの酸っぱい匂いに耐えきれる時間は、おおよそ2分だということもわかった。


 眼鏡のおば……女性の前を素通りする俺たち。

 女性はパソコンに夢中だったので、問題ないだろう。



「しっかしひでー対応だったな」


 まあね、と俺はミカゲに相槌をうつ。

 もう一人の職員は顔を見せなかったが、たぶん同じような人物なんだろう。


「でもよー、あそこで俺たちのことをいろいろ言わなくてよかったかもしれねぇな」

「俺もさ、怒りに任せてもっと言おうとしたけど、それは得策じゃない気がしたんだよね。こっちの情報を無駄に与えたら、あの職員たちはなにか利用してきそうな感じだったし」

「だよなー。俺もコレを抜いてサクヤだかをぶん殴るところだったけどな」


 と、肩に背負っている袋を強調させるミカゲ。


「ねぇ、それはなんなのさ?」

「ふっ、使うときになったらお披露目してやんぜ?」


 ミカゲはニヤニヤと悪い笑顔をする。

 対しての俺はハリセンを抜き身のまま持っていた。

 あ、そうか。ハリセンでサクヤをスパ――ンしてくればよかった。

 まあ、いずれスパ――ンするけどね! ムカつくし!


 千波医院へと戻る道の途中で、近道ができそうな暗めの路地を発見する。


「お、ここ行けそうだな」


 ミカゲが先に立って歩く。2人で横並びで歩けないほどの狭い路地だ。

 入って300mほど歩いたところで、黒くもやもやっとしたものが俺たちの目の前に現れた。


「こいつが言っていた影ってやつか!」


 ミカゲが手慣れたように小脇に抱えたバッグのジッパーをおろす。中から取り出したのはバットである。使い古したバットの先のほうには、なにかトゲトゲしたものがついている。


「ふっ、伝統の釘バットをいよいよ使うときがきたな……!」


 肩をグルングルン回し、ミカゲはそのバットを構え、黒い影に向かってフルスイングする。影はあっさりと手応えもなく散った様子である。


「簡単だな。素手でも勝てそうだぜこりゃよ」


 と、ミカゲは俺に振り向き、おい! と声をかける。

 俺の背後にも影がいたのだ。


 俺はとっさにハリセンをその影に振り下ろす。

 さっきのサクヤへの恨みも込めた、かいしんの一撃だ。

 ミカゲと同じように俺に向かってきた影も同様で、なんの手応えもなく散る。


「うーん、もうちょっと手応えは欲しいよね。っていうかその釘バットってなんだよ! 物騒なもの作ってるなぁ」

「へへっ、自作してみたんだぜ! 溶接をしっかりやってるから耐久もたけーよ。まあアイスソードを持ってきたかったけどよ、田舎村以外じゃ銃刀法違反だしなぁ」


 ミカゲがどこの方向に向かっているのかわからない。だがやることなすことが本格的プロなうえに、イケメンの謎の説得力が恨めしい。

 俺はミカゲに気づかれないようにため息をついた。もうちょっと自分の顔がかっこよかったらよかったのになぁ。


 影はあっという間に霧散した。それは俺たちが龍族トレーニングをこなした成果なんだろう。でなきゃ駐在さんが銃を撃つわけがない。


「そういえば……」


 田舎ファンタジアのアプリが気になった。

 みよちゃんに現れた魔王を猫にしてからは、起動していなかったのだ。以前に冒険していたときと同様に手慣れた手つきで、俺はアプリを起動した。


 アプリはかなりバージョンアップしていて、ステータス一覧の他に現在地、そしてそこにいるモンスターなどのことも載っている。なので、影の情報も載っていた。


「おお、全国区でイケるんだな。龍族も伊達じゃねぇってことか」


 ミカゲも俺のアプリを覗き込みながら言う。

 早速、影の詳細を見てみることにした。


『影は*****の使い。心の奥底を覗き込み、その願いを引き出す』


「なんだその意味? わけわかんねーな」


 伏せ字になっている部分は、俺たちがまだ会ったことのないなにかの存在を匂わせている。そのあとの言葉は、俺にも意味がわからない。


「あのさ、おじいさんに影に襲われた人がいるかどうか聞いてみようよ。そうすればどんな状態なのかわかるかもしれない」

「だなー。俺たちがわざわざ影に取り込まれるまでもねぇわ」


 俺とミカゲは千波医院までの帰路を急ぐこととした。

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