【第八話】ニート、旅に出る

「聖剣エクスカリバーが、魔王軍の手に渡っただと!?」


 ロバートの言葉に聞き返したのは、アレッタではなく、俺だった。


「えっ……ええ」


 まさか俺から反応がくると思っていなかったのであろうロバート。

 彼は、俺の反応に困惑をしながらも頷いてくれた。


「それは確かな情報なのか!」


 俺はそんなロバートに詰め寄る。

 これが本当のことなら、色々とヤバイ。

 なぜなら、その聖剣というのは、俺が手放したものである確率が非常に高いのだから。


「か、確実とはいい難いですが『以前からマークしていた魔王軍と繋がりのあると思しき武器商人の男が、何らかのルートで聖剣エクスカリバーを手に入れ、魔王城の方向へと向かった』という情報が警備兵から上がってきたものですから」


 やばいぞこれは。

 武器商人の男って十中八九、俺が聖剣を売りつけたおっちゃんのことだろう。

 そいつが実は魔王軍と繋がりのある商人でだった、だと!?

 ポンと五億トレアを用意できるなんて怪しいと思ったんだよ!


「うぅーん……どうしたの? さっきから騒がしいのだけれど……?」


 俺が冷や汗をかきまくっていると、先程までイビキをかいていたアストレアが目を覚ましたようだった。


「これはこれはアストレア様。ちょっとお話しがあるのですよ」


 俺は努めて冷静を装いながら、アストレアに近づいていった。

 何の忠告もなしに、こいつをこの話しの輪に入れるのは、まずいと思ったのだ。


「何々? 治療のお礼なら大丈夫よ。だって私は女神! ニートの一人くらい救ったところで、それは女神として当然のことなんだから!」


 自慢げに言い放つアストレア。

 ニートじゃなくてニヒトな! そこんところ間違うなよ!

 って、今はそれどころじゃなかったんだった。


「おい。アストレア。まずいことになった」


 周りに話しを聞かれないように、アストレアと肩を組み、小さな声で話しかける。


「聖剣が魔王軍の手に渡ったかもしれないらしい」

「はぁ!? ちょっとなんで私があなたに託したエクスカリバーが――」

「しー!」


 アストレアが大声をあげたので、慌てて彼女の口を塞ぐ。


「あまり大きな声を出すな」


 コクコクと何度か頷いたので、口元を解放した。


「なんでエクスカリバーが魔王なんかの手に渡っているのよ」

「俺が聖剣を売りつけた武器商人が、魔王軍と繋がりのある輩だったらしい」

「はぁ!? だからエクスカリバーを売るんじゃないって言ってわよね!? すぐに買い戻してこいって言ったわよね!? 何してくれてるの! この間抜けニート!」

「だから声が大きいって!」


 本当によかった。

 考えて話すということを知らないこいつを、呼び止めておいてよかった。

 呼び止めてなかったら、色々と隠していた情報が全部晒け出されるところだった。


「ど、どうするのよ!? エクスカリバーが魔王の手に渡ったら、この世界は滅びてしまうわ!」


 やはりそうだったか。

 力のない俺が使用してもあれだけの強さを与えてくれたのだ。

 元から力のある魔王に渡ったら、まさに鬼に金棒。

 チートステータス+チートアイテムの、誰も手をつけられない状況になってしまう。


「どうしてくれるのよ! 私が託した聖剣のせいで世界が滅びた。そんなことになったら私は女神でいられない。女神をクビにされてしまうわ!」


 声を押さえながらも、泣き叫ぶという器用な芸当を見せるアストレア。

 女神をクビ、か。確かに世界を救うべく託した、聖剣のせいで世界が滅びましたなんてことになったならば、そういうことになるのは仕方ないことだろうな。


「アレッタ様。すぐにエクスカリバーの回収に向かいましょう。今ならまだ魔王のところまでは行っていないはずです」


 でも、そんなのは俺に関係ない。

 最悪、アレッタとかが頑張って、聖剣を取り戻してくれるだろうなんて楽天的なことを考えていた俺だったが、ここでさらなるマイナス要因を見つけてしまう。


 ……待てよ。


 魔王の手に聖剣が渡ってしまった場合、俺に聖剣を託したアストレアは女神をクビになる。

 ならば、その託された聖剣を、魔王の手に渡ってしまうキッカケを作った俺はどうなる。


「うむ。事態は一刻を争うようだからな」


 早速、聖剣の回収に向かおうとするアレッタ。

 俺はその背中に恐る恐る、尋ねた。


「……アレッタ。もし。もしもだぞ? その聖剣を魔王の手に渡るキッカケを作ってしまった人がいたとして、そいつはどうなる? 何かの罪に囚われることはない、よな?」


 俺が訊くと、アレッタは何故こんなことを聞くのだろうかというな、不思議そうな顔をしていたが、素直に答えてくれた。


「そうだな。そのキッカケというものが、どの程度のものかにもよるが、最悪は国家転覆罪に問われることになり、死刑といったところだろうか」


 し、死刑だと!?

 お金欲しさに目がくらんで、聖剣を売った男が、魔王軍と繋がりがある武器商人だった。

 いくら知らなかったとはいえ、大戦犯なのは間違いない。これは死刑になる確率が高いと見ていいだろう。

 やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。


「アレッタ様……」


 ロバートがアレッタを促す。

 俺たちがいるからか、ロバートは与えられた任務を口にしないものの、話し感じからすると、おそらく任務は『武器商人の確保およびエクスカリバーの確保』

 いくら武器商人とはいえ、相手は聖剣持ち。油断はできない相手だ。

 だから、剣聖と呼ばれるアレッタに声がかかったのだろう。


「すまない。ニヒト君、私がここで失礼するよ。君を騎士に勧誘するのはまた今度にしておくよ」


 そう言って、アレッタはロバートとともに屋敷から出て行ってしまった。

 武器商人も魔王城めがけて移動しているのだから、事は一刻を争うのだろう。


 このまま俺は、アレッタたちに任せたままでいいのか。


 せっかく手に入れた、気ままなニートライフ。

 それが死刑によって、終わってしまうというのに。


 それだけは絶対にダメだ!


「アストレア、行くぞ」

「へ?」

「アレッタたちよりも先に聖剣を取り戻すんだよ!」


 手段はもうそれしかなかった。

 死刑を避けるためには、聖剣を自らで回収するしかない。

 そうすれば、絶対に魔王の手に渡ることはなく、かつ戦犯が俺だと知られる心配はない。あのクソ武器商人の口をなんとしても封じるんだ!


「あ、あのニヒトがやる気になってる……わかったわ。私も協力するわ!」

「よし、それじゃあ行くぞ。事は一刻を争う!」


 剣などの装備を手繰り寄せて、急いで準備を開始する俺とアストレア。

 よし。準備は万端。さて、出発だ!


「ま、待ってください!」


 しかし、それはセレフによって、妨げられる。

 セレフがこんな大声を出すことなんてなかったため驚いてしまい、セレフに気をとられる。


「ニヒト様、行かないでください!」


 さらにいつもは従順なメイドの反逆にもあったものだから、俺はさらに面を食らってしまった。


「ど、どうしてだ? 俺はどうしても聖剣を取り戻さなければならないんだ」


 俺が尋ねると、セレフをぽつぽつと語り始める。


「ニヒト様が強いお方というのは、重々承知しています。それでも、アレッタ様の時のようにお怪我をされることはあると思うんです。わたしは……わたしは、ニヒト様が傷つくことが耐えられないんです」


 最後の方には、涙も入り混じっていたように思う。

 ここまでセレフが俺のことを想ってくれているとは、思わなかった。

 思い返してみれば、アストレアが俺に何か危害を加えたりしないか見守ってくれていたり、膝枕をしてくれたり、思い当たる節はいくつもあった。


 けれど、それでも俺は行かなければならない。


「ごめん、セレフ。俺、どうしても行かなくちゃダメなんだ」


 俺のニート生活を守るためにも、屋敷で働いてくれているセレフのためにも、俺は聖剣を取り戻さなくてはならない。これだけは譲れなかった。


 すると、セレフは「じゃあ」と年相応の言葉遣いになって、言い放つ。


「わたしも一緒に連れて行って!」

「セレフも……一緒に?」


 最初は『女神をクビになるのを防ぐ』という名目があるであろう、アストレアだけを連れていくつもりだった。

 セレフには、屋敷で残ってもらい、俺のいない間の留守番を頼むつもりだったが、彼女がそこまでいうなら、どうするべきなのだろうか。


 セレフはアレッタと勝負の時に【クイック】の支援魔法を送ってくれていた。

 そのおかげで剣聖と呼ばれるアレッタの攻撃をかわし続けることができたのだ。【クイック】は相当有用な魔法なのだろう。

 もしかしたら、この【クイック】が役に立つことがあるかもしれない。


「今度はわたしが、ニヒト様を絶対に守ってみせるから!」

「……わかった。一緒に行こうセレフ」


 それでもセレフの危険を考えた時に、連れていくべきではないという考えもあった。

 しかし、それ以上に、セレフが俺のことを想ってくれている気持ちは強い。

 俺がここで拒んでも、おそらくセレフは俺のことをどこかで見守っているんじゃないか。俺に隠れて一人でついてきてしまうのではないか。

 そう考えた時、俺は一緒に連れて行った方が、安全なのではないか。

 考えて、決断した。


「あ、ありがとうございます!」

「セレフ。準備をしてくるんだ。おそらく一日や二日で帰ってくることはできないだろうからな」

「わかりました!」


 セレフは準備をするべく、自室へと向かっていった。


「決まったなら早く出発よ。こうしている間にも私の女神追放へのカウントダウンが迫っているんだから!」


 そんなこんなで、俺たちの聖剣を取り戻す旅が始まったのだった。

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