第16話 パラドックス(嘘)

 「孝一さん、私はあなたにうそを付いています」

 突然、麻子が口にする。


 「えっ?・・・」

 驚く孝一。


 「毎日幸せそうな顔をしていたけれど、もう孝一さんのことは何とも思っていないの」

 「何とも?・・・」

 うなづく麻子。


 「なんだ、それを聞いて安心したよ」

 「えっ?・・・」

 今度は麻子が首をかしげる。


 「君は僕に嘘を付いているんだろう?」

 「そうよ、もうあなたのことは何とも思っていないのよ」

 「なら良いんだ」

 満足そうに頷く孝一。


 「何を言ってるの?  少しも良くはないわよ。私はあなたではなく、聡くんのことが好きなのよ!」

 「聡って、僕の友人のかい?」

 「ごめんなさい。実はそうなの・・・」

 しばしの沈黙。


 「ふ~ん」

 「『ふ~ん』って、怒らないの?・・・」

 麻子は眉間にしわを寄せる。


 「何で僕が怒らなきゃならないんだい?」

 「だって・・・」

 麻子の言葉をさえぎるように、孝一が繰り返す。

 「君は僕にずっと嘘を付いているんだろう。それで良いじゃないか」


 「えっ、ちょっと待って。私は聡くんのことが・・・」

 「嘘なんだろう?・・・」

 「えっ?・・・」


 「だから、嘘なんだろう? それも・・・」

 「違うわよ。これは本当のこと」

 「でも君は、僕に嘘を付いているって言ったよね?」

 麻子は頷く。


 「なら、それで良いじゃないか」

 言葉を失う麻子。


 「君は僕のことを何とも思ってはいない。それどころか、僕の友人の聡のことが好きだという。でもその君は僕に嘘を付いている」

 「・・・・・」

 にっこり微笑む孝一。


 「なら、それで良いじゃないか・・・」



【語彙】

パラドックス:「逆説」と直訳される。語源はギリシア語の(paradoxa定説に逆らうもの)

ある真理には反するようだが、よくよく考えると一種(別)の真理をあらわしていることや、逆に正しくないように思えても、実際には真理となっているようなこと。

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