第25話

 ロス=リオス伯領の中央広場に掲げられている生首はいよいよ腐臭を帯び始めていた。しかし、そんな生首に石ころを投げつける移民は未だにいる。短い間ではあったが移民たちは奴に虐げられてきた。その鬱憤を晴らすために、移民たちは生首に石ころを投げつける。


 中央広場にはケビン・アードリアン・フォン・デッセルの生首が置かれている。


 裁判の後、斬首刑が執行され、見せしめとして置かれているのだ。


「腐り始めているな。そろそろ撤収されるだろう」


 そんな見立てを俺の隣で話すのはかつて結成された移民連合のリーダーであったアレックス・アンドレア・ベッシュである。彼は捕縛された後、ずっと拘留されていたらしく、デッセル伯の敗訴により、解放された。ほかの捕縛された移民連合のメンバーも総じて解放されたらしい。ジャニス・ゲートスキルについては裁判所へ復職を果たしているらしい。


「それにしても、お前には感謝しているよ」とアレックス。「お前が裁判に勝ったから、俺たちはこうして自由を得た。お前が裁判に負けていたら移民連合の奴らは皆殺しにされていただろうよ」


「まあ、そのときは俺も一緒だったな」


 ところで、と俺は言う。


「お前も復帰したのか? ロス=リオス家の護衛隊に」


「そりゃあ、当然。しっかりと隊長に復帰ですよ」


「これから大変だな。領土も広くなって、ロス=リオス家も立て直しがいるだろう」


 裁判の結果、デッセル伯は死んだ。そして、ロス=リオスは身の潔白を証明することができたので、彼は晴れて伯爵位を取り戻し、領土は返還された。デッセル伯亡き、デッセル伯領はそのままロス=リオス伯領に吸収され、ロス=リオス伯は謀らずとも領土の拡大を果たした。


 ロス=リオス夫人はデッセル伯に加担した罪で国外追放。ロス=リオス家は伯爵と一人娘だけとなった。夫人の不在というのが家にどれだけの負担を強いることになるかは俺の知るところではないが、俺から見れば時代錯誤なこの国のことだ。夫人がいない領主というのは大変なのではないかと想像ができる。実際、現代の国際政治においてもファーストレディというのは重要視されているわけだし。


「ま、頑張るしかないだろ。いきなり大領主さまになってしまったんだ。大変なのはわかっている。でも、逃げるわけにもいかんしな」


「ま、頑張りな」


「他人事だな」


「俺はここの政治にはかかわっていないからな。そりゃあ他人事だよ」


「……そのことなんだが」と不意に真剣な声音になるアレックス。「アスト。頼みがあるんだが」


 この流れ。もしかして……。


「もしかして、ロス=リオス伯領の中枢で働けとか言うんじゃないだろうな」


「新しいロス=リオス伯領の整備に尽力してくれないか? 裁判で勝てたのはお前のおかげだとロス=リオス伯は言っている。伯爵はお前の力を高く評価しているんだ」


「ロス=リオス伯から俺を説得するように言われたか?」


「まあ、そういうことだ。伯爵はお前を欲しがっている。もちろん、俺だってお前の力は高く買っている」


「買われるほどの力を発揮した覚えはないんだが」


 どいつもこいつも俺を高く評価し過ぎなのだ。悪い気分ではないが、こんな扱いを受けたことなど今までなかったから、なんか調子が狂うのだ。


 まあ、しかし、何にしたって、俺はこの頼みを受けられない。


 何せ……。


「悪いが、先約があるんだ。お前の頼みは聞けないよ」


「先約って……おい」アレックスの顔色が驚きの表に変わる。察してくれたみたいでなによりだ。「……マジかよ?」


「いたってマジだよ」


 俺は何事もないようにそう言った。

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