月と雫のあいだ

二条 遙

出会い

妹原雫との出会い - 第1話

「……きもっ」


 上月こうづき麻友まゆに宣告されてから、幼なじみが運命の彼女であるという図式は音を立てて崩れた。


 上月は俺の幼なじみだ。俺の母さんとあいつの母さんが高校のときの親友だったから、同じマンションに住んでいるあいつは俺の幼なじみなのだ。


 歳は同じ。部屋は俺が七○七で、あいつが六○五。


 そして上月の容姿は、残念だがかなりいい方だ。好きな女子をクラスの中で選ぶとしたら、ひとり目かふたり目に名前があがるんじゃないだろうか。


 高校に入学するまでに、告白なんかもいっぱいされてたんじゃないかと思う。


 そんな可愛い女子が幼なじみなんだから、その先を期待してしまうのは仕方のないことだよな? ――ということを弱冠六歳にして考えていた俺も、少々発育がよすぎたのかもしれない。


 そうしたらあいつが言い放ちやがったんだ。忘れもしない、小学一年の春に。母さんに連れられて遊びに来た俺に向かって、きもいと。


 だから上月は、幼なじみであるが恋人ではない。候補でもない。とある家庭の事情で俺に飯だけをつくってくれる、不定期の家事手伝いなのだ。



  * * *



 紆余曲折を経て、俺、八神やがみ透矢とうやは高校に入学した。


 学校は、ここらでは平均よりも上の学力を誇る、県立けんりつ早月さつき高校。――通称、早高さつこう


 彼女ができたことは今までに一度もないが、まずまず上々な十代の半ばだ。


 入学式は一昨日にあって、今日で高校生活三日目。新調仕立てのブレザーは身体に全然馴染まないが、入学したばかりの学校って妙な緊張感があるから嫌いじゃないな。


 朝飯がまだだったので、通学路の途中にあるコンビニへ。今日はサンドイッチな気分だから、フレッシュレタスハムサンドで決まりだな。


 サンドイッチの置かれているショーケースは、入り口の正面奥。うちの高校の制服を着た女子がそこにいたから、若干緊張しながら俺も店内へ。


 身体を少し屈めてショーケースを眺めている女子は、黒髪の、背の小さい子だった。ブレザーが真新しいから、あの子も一年生なのだろうか。


 背中まで伸びる長い髪は人形の髪みたいにまっすぐで、ほのかに水気をふくんでいるのか、すごく艶やかだ。テレビでよく見かける、トリートメントのCMで映る髪みたいにきれいだ。


 いや、見とれている場合ではない。朝飯を早く買わなければ。


 女子のとなりに近づいて、俺もショーケースをながめてみる。レタスサンドは、売り切れてるな。第二候補の野菜サンドも見当たらない。


 真ん中のあたりにツナたまごサンドが三つ置かれているから、今日の朝飯はこれにしよう。


 そう思って手を伸ばしたときだった。


 同時に手を伸ばした女子の手が、俺の手と重なった。


「あっ……」


 顔にぼっと火がついて、すぐに手を引っ込める。となりの女子も同じ仕草だった。


「ご、ごめんなさい!」


 謝られたので、反射的に彼女の顔を拝見して……ぶったまげた。超が三つくらいつくほど、可愛い。


 目は少女漫画のヒロインみたいに大きくて、睫毛もすごく長い。顔なんてアイドルみたいに小さいし、少し紅潮している頬にもニキビひとつついていない。


 この子だ、と俺は思った。一目見ただけで俺は、妹原せはらしずくを好きになっていたのだ。

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