あめあがりの空の下

運昇

第一章 ふたりの歯車がかみ合う時

第1話 この高校は寛大でいいぞ


 僕は最初、チョココロネだって思ってしまったんだ。


 厳粛な入学式。

 衆目の焦点は花と格式の壇上の真上。

 美少女がぎこちなく降りてきた。

 ロープに吊るされ、徐々に徐々にと。

 でもって体は縄でぐるぐる巻き。


 いや。

 ミノムシのほうが妥当かもしれない。

 形容はさて置き。

 奇妙奇天烈な登場の仕方でざわつかせておきながら、さも何事も無かったように淡々と述べ始める美少女がこの日本にいたであろうか。

 それがいたんだ!

 その衝撃たるや、幼少時に自分は女の子じゃなかったんだと知った時を遥かに上回る!


「諸君、この度は入学おめでとう。慶びを申し上げよう。さて諸君は晴れてこの雑賀さいが北陵高校の門をくぐった勇者なわけなのだが、この高校は寛大でいいぞ。なぜならばだ。わたしの希望である捕縛及び羞恥晒しを聞き入れ、なおかつ、きっちりと式典の進行を守らせてくれるのだ。形式や様式の美に固執する教育委員会の罰則をも恐れぬ、チャレンジ精神に溢れた高校であるからしてまさに、唯一無二の教育機関と断ずることができよう!」


 美少女先輩チョココロネはドMな活動家!

 そんなメインタイトルを踊らせる先輩は、可愛らしい顔立ちに添えられた眼鏡の光沢を左右に巡らせた。

 驚きと呆れが蔓延る体育館。

 それらを裂くような鋭い眼光。

 どうやら僕達新入生の顔を見定めているらしい。

 当然ながら新入生はドン引きだ。


 僕だって衝撃でひきつり笑いを起こし、現実と嘘の区別がつかないような状態だ。

 ひょっとしたらおかしいのは、縄に縛り吊されないで出席している僕達の方なのかもしれない。

 そう。

 倫理観は昨晩こっそりとすり替えられた。

 記念行事では辱めは礼儀で、正装はミノムシであると。

 そんなわけがない、どう見積もってもアブノーマル!

 どう見てもチョココロネ!

 …いやはや。

 僕はただお腹が減って目を回しているだけなのかもしれないな。


「僥倖である。わたしは今、変わった経験をさせてもらっている。それもこれも優秀で理解のある雑高さいこう教職員達のおかげといえよう。であるからして!諸君は三年という限られた時間の中、その束縛を構築する自由や希望を自らの手で探し当てるのだ。将来の夢や内面に悩んでいる君、勉学の道をひたすら突き進もうとする君、部活動に誠心誠意込めて取り組まんとする君、確かな友情を一生の宝にしようとする君、恋愛でもいいだろう!どれでもいい、君の好きな分野を究めて欲しい。そしてそれが華やいだ高校生活に結びつくことを切に願おう。以上をもって諸君への挨拶と祝福に代えさせていだたこう。在校生代表三年D組、雨坂小晴あまさかこはる


 スピーチを終えた雨坂先輩は満足そうだった。

 するとそこに毅然と登場してきたのはフォーマルな服装の男性教員二人。

 彼女は迅速に引きずり降ろされ、目線は天井に固定、ポニーテールをふさふさと揺らしながら運ばれていく光景はとってもシュール。


 退場が合図となったのか、金縛りから解かれたように体育館は騒然とした。

 前代未聞のスピーチに来場した全ての人間が各々でノイズを掻き立てた。

 もうしっちゃかめっちゃか。

 会場は荒れた。

 怒号が飛び交い、ついには何人かの保護者が進行役の先生に詰め寄り説明を求めている。

 僕の周りも言葉という言葉の濁流で聞き取れなんかしないけれども、言っていることは皆同じ。


 あいつはなんなんだと。

 神聖な式典でなにをふざけているのかと。

 僕も同感だ。

 でもひとつだけ、喧々諤々の波にのまれないような食いとめるものがあるとすれば。


 雨坂先輩の凛々しさだった。

 文字通り、自縄自縛の演説に綺麗な物語りの余地はないけれど、慣習をぶち破ってでもやりたいことはきっちりとやる。

 僕が同じ中学出身者のいない雑高さいこうを受験したのも、地味で目立たない自分を変える意味合いが強かった。


 心機一転、新天地で活躍したい気持ちは誰もが持っている。

 内面に、逞しく。

 そういう意味では雨坂先輩に勇気づけられた気がする。

 少なくとも僕は。

 そんな変わったチョココロネさんを僕は。

 この時にはもう、気になる存在へと昇格させていた。

 でもわざわざ自分を縛り吊さなくてもいいじゃないか。

 僕の心は少しくすぐったい。

 やっぱり朝ご飯、ちゃんと食べてくれば良かったな。


 雨坂小晴あまさかこはる

 後に大変な目に合わされることになる、あめあがりさん。

 僕にとって、生涯、忘れられない人。


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