方法1-4:なあこれどーすんだ?(まずは身バレを避けましょう)
もうホントにタチ悪いこの人。
いくらキリっとした美人で少しかすれた声が艶っぽいからって、言っていいことには限度がある。
そもそもそれだと2万のうちアシェトたちの負担分が消えるし、丸薬代は普通にワタシ持ち、おまけにワタシはここでベルトラさんの下働きもする。
いくらなんでもこんな横暴にはラズロフも黙ってないだろう。さっきそれでヘコまされたばかりだし。
ところがラズロフは目をそらしてこちらを見ないようにしている。ダメだこいつ使えねー。
それにしてもなんなんだいったい。バカにされるわ借金背負わされそうになるわ粘液まみれにされるわ。
こっちはただでさえ記憶を失って魔界に放り出されてツライ気持ちだってのに。
だんだん腹が立ってきた。
ここはひとつアシェトを見返してやらなきゃおさまらない。
ちょうど鼻も臭いに麻痺してきたし。
「2万、私が払います。働いて返すので、立て替えてください」
「何千年うちにいる気だ」
「何千年でも」
「人間そんなに生きないだろ」
「悪魔と契約すればそれくらい生きられるんじゃないですか。不老不死。そう。不死身もつけましょう」
おお。冴えてるぞワタシ。
「なるほど……。悪魔と契約した瞬間にバレるって話を忘れてるらしいな。おまえ、記憶力ないのか? そもそもおまえの働きは家賃と食費、その他諸々でほぼ相殺だ。借金返すどころじゃない。心配すんな。従業員がウチにした借金は給料からの天引きだ」
はい、詰んだー。
じゃなくてなにその決して抜け出せないシステム。
いや、そうでもないな。
「べつにここで働くだけがお金を手に入れる方法じゃないはずです。空いた時間ですこしずつ他でお金を稼いで返します。それに下働きからいつか何かに昇格すれば給料も増えますよね? 経費は増えないからその差額も返済に当てられます」
アシェトはどこか楽しんでるような顔をしている。まだ何かあるんだろうか。
「だいたいなんだって200ソウルズで済むって話を全額かぶろうとしてんだ?」
ワタシはその質問に答えない。
「最初に払うって言ってた2万ソウルズは百頭宮のお金ですか?」
「ああ。おまえの問題はここの存続にかかわるからな」
「ならアシェトさんは今、百頭宮の主人として話してるわけですよね?」
「なにが言いたい?」
それ、ワタシも知りたい。ここまで勢いで言ってみたけど特に考えがあるわけじゃない。えーと。
「つまりワタシやラズロフさんに対してであっても、百頭宮の名前を汚すようなことはできませんよね」
さっきの二人の会話を思い出しながら言う。この人たちはメンツや対面、誇りや看板といったものにこだわるはず。
「場合によってはな」
あ、ヒヨった。けどそれは裏返せば軽く返事できないくらい大きいってこと、だといいなあ。まあいいや。押してみよう。
「ではワタシが建て替えてもらう2万ソウルズのうち、200ソウルズ負担する権利をそちらにあげます。さすがに負担金ゼロだとメンツが立たないでしょう」
「は? 私らはおまえ絡みのリスクを多く取る形で負担すんだよ」
ワタシが全額払うってことで納得してもらえてないけど、ここは強引に。向こうだって理屈の通らないこと言ってたんだからお互いさまだ。
どうせならもっと複雑なこと言って混乱させよう。どっかで出口が見つかるかもしれない。
というわけで、ワタシは見切り発車でダラダラと喋りはじめた。
「それだとワタシとアシェトさんとの間ではなんの貸し借りにも分担にもなりません。あくまでアシェトさんとラズロフさんとの間でだけ有効です。だってワタシは別にここを出て死のうが、ラズロフさんのところでお世話になろうが構わないんですから。ここで匿ってもらう価値はワタシにとってゼロです」
ホント言うとまだ死にたくないし、記憶もないまま魔界なんかで放り出されたくないから、面倒見てもらえるってのは助かるけどな。ラズロフんとこじゃ引き取ってくれなさそうだし。けど、強気でないと。
「そしてワタシを引き取るリスクはラズロフさんが負担する19,800ソウルズ分の損失で相殺ということになりました。もしワタシがラズロフさんの所へ行くことにすれば、19,800ソウルズを払うのはアシェトさんの方です」
ですよね? と念を押すワタシ。ここまででもう、自分の言ってることに自信がない。大事なのはなんかややこしい話をすること。
「そこでこのままワタシが200ソウルズを借金として背負えば、アシェトさんは200ソウルズをワタシに負担してもらった、ということになります。立て替えだとしても、ワタシはその金を返すんですからアシェトさんとは対等です。これじゃ百頭宮のメンツは立ちませんし、そちらがワタシに200ソウルズ分の借りを作ることになる。ワタシはそうならないようにしてあげようと、そう言ってるんですよ」
そうって、どう言ってるんでしょうかワタシ。正直、自分でも喋りながらけっこう混乱してる。いろいろつじつま合ってないんじゃないかと思う。ラズロフさんとワタシの間の貸し借りどうなるの、とかも気になる。
これがマンガやラノベの主人公とかならちゃんと理解して、策なり見通しを持って喋ってるんだろうけど、こちとらそんな上等なモンじゃないんで。
しかしアシェトたちもまさかワタシが勢い任せで自分でもよくわからないまま出たとこ勝負で話してるとは思うまい。
自分の主張を思い返してみる。
2万の損失があって、ワタシの引取賃が19,800ソウルズ。アシェトのメンツが200ソウルズ。合計2万ソウルズ。
うん。この謎な計算は合ってるけど、やっぱ理屈は通ってない気がする。
えーと、待てよ。つまり……。
ワタシがなおも自分の言ったことを理解しようとしてさらなる混乱のドツボにハマっていると、アシェトが口を開いた。
「気に入らねぇ……。いくら久しぶりだからって、私が人間相手に油断して足元すくわれるとはな」
おお。言ってる本人すら解らないことを勝手に理解して納得してくれた。
きっと頭良すぎて、こっちの理屈が通るようにいろいろ脳内補完してくれたに違いない。
ひょっとして頭いい奴ってチョロいの?
「ラズロフ。2万ソウルズ相当の素材損失はたしかに痛いだろう。だからってあのタイミングでああやって取り返そうとすんのは違うだろ。そう思ったんだが、その私がこんな目に合わされてちゃ世話ねぇな。 心配すんな。ちゃんと埋め合わせはしてやるから」
ラズロフは深々と頭を下げた。
「わかりました。ではこちらはどうにか丸薬のレシピを見つけます。あればの話ですが」
「で、もう一つの方は?」
「そうだ。それですね。そっちもありました。コレです」
言うとラズロフは上着の内ポケットから何かを取り出す。
それは両端の尖った二本の杭だった。片方の端は小さなツノみたいな感じで、その底から反対側に向かって、10センチくらいの半透明の青いスパイクが伸びている。
なんだろう。嫌な予感しかしない。
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