二章 少女の願いと不思議な世界

靴の行方

 光の車に戻った剛司達は、青羽の案内に従って道路を走行していた。青羽パラグライダースクール前の県道をひたすら直進する。直ぐに右折や左折を繰り返さなくてはいけない都会の道路とは違い、目の前にしか道がない風景に剛司は違和感を覚えずにはいられなかった。

 普段見なれない田舎の風景に目を奪われていると、先行していた青羽の車がウィンカーを出して開けた場所に入っていく。それに続きミニバンを操る光もその場所に車を止めた。

 ドアガラスを開けた青羽が口を動かしていた。それに気づいた光は亮の座っている側のドアガラスを開ける。

「この道をもう少しだけ道なりに行くと、途中で二手に分岐する場所がある。一つは真っ直ぐ進む道。もう一つは登り坂になってる」

「了解っす。車はここに放置した方がいいっすか?」

「ああ。止められる場所がないからな。ここなら止めても問題ない」

 亮はそれを聞くと、シートベルトを外してドアを開けた。

「出るとしますか」

 エンジンを切った光も外に出た。

「そういえば剛司、靴どうするんだ?」

「そ、そうだった」

 朋の疑問に剛司は気づかされた。青羽に靴代は要らないといったけど、探すための靴を持っていないことに。

「ディスカウントショップ行くしかないかもね」

「うん。そうしないと探せない」

 ゴメンと剛司は皆に頭を下げる。そんな剛司達を見かねてか、青羽が車から降りてきた。

「どうした?」

「あの、探すための靴がないことに気づいて」

「そういえばそうだったな。事務所に戻れば代わりの靴があるんだが」

「いえ、これ以上青羽さんにお世話になるわけにはいかないです」

「そ、そうか」

 剛司の強い気持ちに、青羽は一歩後ずさる。

 ディスカウントショップに行くことで、皆の意見がほぼ固まりつつあった。


「サンダルで良ければあるぞ?」


 そんな皆の意見を崩したのは亮だった。

「ほれ、今日サンダルで来たからよ。結構しっかりしてるから、探すくらいなら何とかなる」

 亮は車に置いてあったサンダルを剛司に渡した。

「あ、ありがとう」

「いいって。それより、早く探しに行こうぜ」

 亮に急かされつつ、剛司はサンダルに足を通す。少し大きかったが、マジックテープで上手く調節することができた。

「どうやら大丈夫そうだな」

 青羽は笑みを見せると、車へと乗り込む。

「登り坂を上ったら、崖の近くまで進める細い道がある。それを道なりに進めば、最終的にテイクオフした場所の近くに出れるはずだ」

「今朝テイクオフポイントに向かう途中、車で走った道ですね」

「ああ。道は崖の周辺をくねくねと登っていく作りで、舗装もされているはず。おそらく少し道を外れた林の中に靴が落ちた可能性が高い」

 青羽の言う通りテイクオフポイントの真下は木々で覆われていた。おそらく木々の合間に落ちたか、引っかかっている可能性が考えられる。

「崖と言っても山の中腹を切り開いて作った場所だから、絶壁ってわけじゃないし。斜面を転がって下の方に落ちてる可能性もなくはない」

「そうですね。とりあえず、探してみます」

「何かあったら、また寄ってくれよ。歓迎する」

 青羽はエンジンをふかせ、来た道を戻っていった。

「さてと、行きましようか」

 光が車の鍵を閉めた。

 剛司を先頭に暫く道なりに歩いて行くと、直ぐに二手に分岐する道に辿りついた。言われた通り剛司達は登り坂を上っていく。すると、辺り一面が木々で覆われた空間に出た。

「すげー」

 亮がその神秘的な空間に思わず声をもらす。

 剛司も声にならない気持ちを抱いた。木々の梢と葉の間から降り注ぐ木漏れ日が、とても美しい。快晴という好条件も相まって作られた自然の光景に見とれてしまう。

 剛司は深呼吸をしてみた。木々が放つ濃度の濃い酸素が肺の中に吸収されていく。都会の空気と違う美味しさを感じた。

「何か山登りしてる気分になりますね」

「おっ、光もそう思うか? 実は俺もそんな気がしてきたぜ」

 光と亮の会話が剛司の耳に入ってくる。こうして嫌がらずに探そうとしてくれるメンバーに、剛司は本当に頭が上がらなかった。



 崖下を中心に探し始めてから三時間以上が経過した。昼食も取らずにひたすら探し続けた剛司達だったが、依然として靴を見つけられずにいた。

 時刻は午後四時を過ぎている。先程まで真上にあった太陽が徐々に傾いているのがわかる。

「筑波山は中止ですね」

 光の声はぐったりとしていた。今まで運転してきた疲れもあったのかもしれない。それくらい疲労感に満ちた声音だった。

「でも、本当にないよね。これだけ探してるのに」

 朋の言う通り、崖下周辺をくまなく探したのにも関わらず、一向に見つかる気配がない。

「駄目だ。こっちもなかったぜ」

 斜面の下の方まで探しに行ってた亮からも、良い返事を聞くことができなかった。

「ごめん。みんな」

 皆の必死の頑張りに、剛司はただ謝罪の言葉しか口から出てこなかった。自分が皆からのプレゼントに固執したせいで、こんな状況を生んでしまっている。初めは簡単に見つかると思っていた剛司だが、徐々に気持ちが沈んでいるのが自分でもわかった。

「謝る必要ないって。絶対に探し出すんだろ?」

「うん」

「だったら、諦めずに最後まで探そうぜ」

 亮はそう言うと、まだ探していない林の中をかき分けていく。既に疲労困憊こんぱいのはずなのに、誰よりも率先して先を行く亮の姿は、剛司の胸を深く突いた。

 一度言ったことは、最後まで諦めずやり遂げる。おかしいと思ったことに対しては、正面から向き合って口論を交わす。そんな亮を中学生の頃から剛司は見てきた。

 剛司にとって、亮はヒーローだった。

 自分にはできないことを何でも成し遂げてきたから。そんな亮に救われたことがあったから。でも、今はチャラ男に変わってしまった。昔の亮はもういない。たった今までそう思っていた。

 だけど目の前に映る亮の姿は、まぎれもなくヒーローだったあの頃と同じだ。

 勘違いだったんだ。亮は変わったんじゃない。チャラ男という、少し偏見を覚える称号を手にパワーアップしただけなんだ。

「おい! みんなこっち来いよ」

 亮が林の中で何やら叫んでいた。剛司達は亮の入っていった林の中へと足を踏み出した。斜面を下りながら、慣れない道を進んでいく。

 暫くすると、亮の姿が見えた。それと同時に、剛司の目に見なれない建築物が入ってきた。

「何かすげーの見つけたぜ」

「これって……」

「山小屋……ログハウスかな?」

 光が興味ありげにログハウスの周りを見回る。

 林の中に忽然と現れた丸太でできた小屋に、剛司は開いた口が塞がらなかった。

「でも、こんな場所にあるなんて。誰か住んでるのかな?」

 朋は躊躇わず、玄関前に行くとノックをした。

「すみません。誰かいますか?」

 暫くしても、応答がなかった。どうやら誰もいないみたいだ。

「もしかしたら、避難小屋かもしれないですね」

「避難小屋?」

「ほら、よく山だと宿泊施設があるけど、お金がかかるんですよ。そんな人の為に避難小屋っていうのがあるみたいで。あと急な悪天候で下山できなくなった人が、名前の通り避難する小屋として使ったりもしますね」

「天堂君、詳しいね」

「流石、データベースの光」

「自分はただ知ってただけ。知らないこともあるから」

 コホンと咳払いをする光は赤面していた。

「でも、鍵がかかってるよ。もしかしたら、誰か住んでるのかもしれない」

 朋の言葉を聞いた剛司は、側面についている窓ガラスから中の様子を見てみる。明かりはついておらず、そのせいで暗くて奥の方がよく見えない。手前に視線を移した剛司は、とあるものが目に入った。

 突然のことすぎて、剛司は少しの間硬直した。それでも急に力が抜けたかと思うと、すっと言葉を放っていた。


「あった」


「ん? 剛司なんて言った?」

 朋が近づいてきた。剛司はようやく素に戻り、本来の声音で言った。

「靴があった。間違いない。みんながくれた靴だよ」

 剛司の声に気づいた光と亮も窓ガラスの方に駆け寄る。

「あるじゃねーか。なんだよ、こんなところにあったのかよ」

 亮が疲れ切った顔をして、草むらに大の字で寝そべった。

「よかったな、剛司。とりあえず一安心だな」

 安堵の表情を見せた朋に剛司は頷く。

「このログハウスにあるってことは、誰かが拾ってくれたってこと……ということは、このログハウスに住んでいる人がいるはず」

 光は何やら一人で推理をはじめた。でも、光の言う通り誰かが拾ってくれたからログハウスに靴があるはず。どうりで周辺を探しても見つからなかったわけだ。

「家主が戻るまで待つか。どうすんだ、剛司?」

 寝そべっていた身体を起こした亮は、剛司に問いただす。

「そうだね。五時まで待っていいかな?」

「いいぜ。でも、あと三〇分ちょっとだぞ?」

「わかってる。だけど、これ以上ここで待ってたらみんなが倒れちゃうよ」

 既に全員の体力は限界に近づいていた。朝食を食べたのが移動中の車内だったので、そこから実に八時間が経過しようとしていた。お昼を食べていない皆のことを考えると、さすがにわがままは言ってられなかった。

「水分だけは各自で確保してたけど、流石に空腹には勝てないや」

 朋もお腹をさすっていた。

「それじゃ、もし五時までに来なかったらとりあえずこの場所を離れますか。それで近くの温泉行って、夕食食べに行きましょう。そして、その後にもう一度ここに寄るってことで」

「それでいいと思う。剛司もそれで大丈夫?」

「大丈夫だよ。朋もみんなも、本当にありがとう」

 失くしてしまった大切な靴が見つかった。皆との思い出がつまった、大切な靴の無事を確認できた。手元に靴は戻ってきていないのに、剛司は既に手中に収めた気になっていた。

「剛司、紐か何か持ってない?」

 光が木の幹を見ながら呟いた。

「ごめん。持ってないや。何に使うの?」

「いや、ここに戻ってくるのに目印をつけようと思って。道標があったほうが後々役に立つし」

「あ、俺持ってるぜ。リボンでもいいか?」

 横から割って入ってきた亮は背負っていたリュックサックをあさると、中から黄色のリボンとソーイングセットを取り出した。

「どうして持ってる?」

「いやいや。基本だよ。女の子にプレゼント配るのに綺麗な包装は必須じゃん? だからいつもこうして備えているわけよ」

「このチャラ男め。それでも、今日は必要ないだろ?」

「……本当のこと言うと、昨日合コンでプレゼント交換あって。その時の包装に余ったリボンがたまたま入ってただけ」

 ソーイングセットはいつも持ち歩いてるぜ。と笑顔で言い放った亮を見て、光はとうとう黙り込んでしまった。そして亮の手からリボンとソーイングセットを奪い取ると、手際よく適度な大きさに切り、木の幹に巻き付けた。

「とりあえず、元来た道を戻ろうか」

「うん」「戻りますか」

 光のかけ声と共に、剛司と朋は光の後を追う。

「……なんか俺、ひどい扱い受けてるよね? 気のせいじゃないよね?」

 後方で騒ぎながら追いかけてくるチャラ男を、三人は車内に戻るまで無視し続けた。

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