第5話 ブラックホール風を鑑賞する方法

『ブラックホールシャドーを求めて』 5/7


■前口上 5■


本編にぜんぜん関係ない前フリで、

しかもHPにアップしてあることの書き直しだけど、

最近読んだラノベ。


山口幸三郎『探偵・日暮旅人の探し物』全10巻★

書評誌か何かでチェックして、ストックしていたものだが、

ちょうど読む本が切れて読み始めたら、まぁSFとは言えないかもしれないが、

何ともストーリーがよく練られていて伏線もしっかり生きていて面白い。

何よりキャラが、とくに一部のキャラがしっかり立っている。

主人公の日暮旅人とヒロイン(?)の山川陽子、雪路雅彦など、

扉絵と相俟ってイメージが目に浮かぶようだが、

何と言っても抜きんでているのが、百代灯衣の天の邪鬼ぶりだろう。

増子すみれ刑事もなかなかいい味出している。

これは実写化されたのも頷ける。

網の目の様に張り巡らされた伏線が4巻でするすると収斂し、

4巻で非常に綺麗に完結している。

が、登場人物のその後の物語を読みたかったのはみな同じだろう。

第2シーズンに続き、番外編を含めて全10巻となっている。




2017年3月24日

JF


++++++++++

第五章 ブラックホール風を鑑賞する方法

図版URL

http://quasar.cc.osaka-kyoiku.ac.jp/~fukue/POPULAR/17kakuyomu/17kakuyomu05.htm


 前章では、ブラックホールが纏う光り輝くドレスとして、いわゆる標準降着円盤というものを考えて、ブラックホール周辺のシルエットを鑑賞しました。ドレスの襟ぐりの話で、ガスの量が増えると内縁の内側にもガスが増えて、いわば襟が締まってくるケースを紹介しました。標準降着円盤があるということは、“標準でない”降着円盤もあるのです。光り輝くドレスには、フォーマルでスタンダードなもの以外にも、十二単やメイド服のような分厚いドレスもあれば、シースルーのネグリジェみたいなドレスもあったのです。本章とつぎの章では、違うタイプのドレスを考えてみましょう。


新しいタイプの降着円盤


 先駆的な研究はありましたが、降着円盤にも数種類のタイプがあるという考えが研究者の間で定着したのは一九九〇年代ぐらいでしょう。まわりから降り積もってくるガスの量が“ほどほど”の場合は、文字通り、平たい円盤状の標準降着円盤となります(図5-1)。しかし降ってくるガスの量は“ほどほど”以外にもあるでしょう。この“適量”よりもはるかに大量のガスが降り積もってくると、ブラックホールといえども瞬時に吸い込めずに、ガスは溜まり膨れあがった形状になります。このタイプは「超臨界降着円盤」と呼ばれます。逆に、この“適量”よりガスの量が少ない場合、円盤は次第に薄くなりそうな気がしますが、予想に反して、ガスの温度が上昇し、ガスは蒸発して、モワッと膨らんだ状態になります。このタイプは「放射不良降着流」などと呼ばれます。前者については本章で、後者は次章で紹介します。


図5-1 ブラックホール降着円盤の3態。単位時間あたりに円盤に降り積もるガスの量(質量降着率)が非常に多いと、輻射圧が非常に強くなり、ガス円盤は分厚く不透明な状態となる(上)。ガス降着率がほどほどの場合、ガス円盤は不透明だが幾何学的には薄い状態となる(中)。ガス降着率が少ない場合、冷却効率が悪くなりガスは高温になるためガス圧が強くなり、円盤は分厚く半透明な状態となる(下)。


 なお、ブラックホールのまわりの“ガスの量”などと非常にアバウトに言っていますが、四章で説明したように、降着円盤内のガスは外側から内側へ向けて少しずつ移動し、つねに新陳代謝しています。したがって、より正確には、降着円盤内部を毎秒毎秒移動し、外部から中心へ向けて降り積もっていく単位時間当たりのガスの量で、専門的には「質量降着率」と呼ばれます。また標準降着円盤になる“適量”を超えるときを「臨界質量降着率」と呼びます。


光は強し-膨らむ理由


 ガスの量-質量降着率-が増えたときに、ガス円盤が膨らむ理由を少しだけ説明しておきましょう。見え方に主な関心がある人は、ここは飛ばしても差し支えありません。

 降着円盤はほとんぼ水素ガスでできているのですが、ガス物質というものは、まわりに広がろうとする圧力をもっています。地球大気を支えているのは空気の圧力、大気圧ですし、太陽が潰れないように支えているのも太陽を形作っているガスの圧力です。このガスの圧力(以下では単純に「ガス圧」と呼びます)は、ガスの密度と温度の積に比例します。高校などの授業で、「ボイルシャルルの法則」とか「理想気体の状態方程式」などという言葉を耳にしたことがあるかもしれません。そいつですね。

 降着円盤で、ガスの質量降着率が増加していくと、ガス物質の密度は高くなり(とはいっても、地球の大気よりははるかに希薄ですが)、温度も上昇していきます。したがってガス圧も高くなりますが、降着円盤が膨らむのはそのせいではありません。円盤を膨らませるのは、光の圧力、専門的には「輻射圧」とか「放射圧」と呼ばれるものです。

 標準降着円盤の場合、中心近傍での温度は、X線連星で数千万度、活動銀河で数十万度でした。そしてその温度にともなう熱放射で輝いています。先に明るさ(輝度)のところで述べたように、いわゆる「ステファン・ボルツマンの法則」では、温度の四乗に比例して光が放射されます。この熱放射は、円盤表面だけでなく、円盤内部でも大量に生じています。これらの大量の光子はガスにぶつかり、ガスを押し広げるような圧力をおよぼします。これが輻射圧(放射圧、光圧)です。そして、この輻射圧も温度の四乗に比例するという点がミソです。

 質量降着率が増加すると、ガス圧は温度に比例して上昇しますが、輻射圧は温度の四乗に比例して急増するので、その結果、輻射圧がどんどん優勢となり、円盤は分厚く膨らんでいきます。またガスの量が多いため、膨らんだ円盤の内部は、光子で充ち満ちているはずですが、不透明で見えない状態になっています。ぶくぶくに膨らんだ状態なので、もはや“円盤”と呼ぶのは適切ではないと思いますが、慣例的に円盤と呼んでおきます。

 ちなみに、超臨界降着円盤は、光速の26%の速度でジェットを吹き出している特異星SS433など銀河系内の非常に明るいX線連星や、非常に明るいタイプの活動銀河中心核など、あちこちで活躍していると思われています。


着膨れたブラックホールの見え方


 さて、このような着膨れたブラックホールは、いったい、どのように見えるのでしょうか。超臨界降着円盤に関わる研究の参考画像として、その姿がショットされてきました。簡単なモデルの場合は二〇〇〇年ぐらいに作成しましたが、数値シミュレーションの結果に基づいて、二〇〇五年当時に、ポスドク研究員として在籍していた渡會兼也くんが作成したものを紹介しておきます(図5-2)。


図5-2 着膨れたブラックホール(Watarai et al. 2005)。傾斜角0°(真上)、傾斜角50°、傾斜角80°。


 真上(傾斜角0°)から観測すると、黒い穴がみえていますね。ブラックホールに降ってくるガスの量が非常に多いため、超臨界降着円盤では、標準降着円盤で想定したような内縁は消失し、ブラックホールの地平面まで光るガスが存在しています。したがって、この黒い穴は、重力レンズ効果で大きくはみえていますが、ほぼブラックホールの領域だと考えてよいです。真上から測った傾斜角が50°ぐらいから眺めても、一応、黒い穴はみえていますね。また標準降着円盤でもあったように、回転に伴うドップラー効果や重力による光線の曲がりなどで、周囲のガスの明るさ分布は歪んでいます。

 しかし、さらに傾斜角が大きくなって80°(円盤の赤道面からの俯角は10°)ともなると、黒い穴はみえなくなります。分厚い円盤自体によって中心部が隠されてしまうわけです。円盤自体によって円盤の一部が隠されるので、このことを「自己掩蔽効果」と呼んでいます。黒い穴自体は鑑賞できなくなりますが、このような自己掩蔽効果が起こると、観測される光度が減少したり、スペクトルの形が変わったり、天文学的にはいろいろと面白い効果が生じることがわかりました。


十二単は御簾の中に隠されていた


 いまから思うと、このころ、二〇〇五年から二〇〇六年あたりは、いくつかの面で研究の転機でした。一つは、ぼく自身が多少スキルアップして、輻射輸送の計算に取り組み始めたことで、これはまた後で書きます。もう一つは、何年かにわたって超臨界降着円盤のスペクトルなどを調べてきていたのですが、そしてまたその一環で見え方などの画像も得られてきたのですが、実は、そもそも超臨界降着円盤自体が生のママでは見えないことがわかってきたのです。煌びやかな十二単の前には御簾が掛けられたいたというわけです。そのことを少し説明しておきましょう。

 超臨界降着円盤では、ガスの量が多く、発生するエネルギーや光子も大量なものになり、光子の輻射圧で円盤は膨らむのだと書きました。よく考えてみると、円盤が膨らむだけではおさまりませんでした。輻射の力があまりに強いため、円盤のガスは表面からバンバン吹き飛ばされてしまうのです。それも生半可な量ではなく、大量のガスが吹き飛ばされるので、超臨界降着円盤の本体は、周囲に吹き飛ばされた大量のガスに隠されて見えなくなるのです。このころ実行された数値シミュレーションでも、このことは確認されました。

 えっ”、じゃこれらの研究は間違いだったの!?、といった感じでしょうか。

 まぁ、こういうこと、すなわち研究が進展した結果、それまでの研究結果が間違っていたということは、往々にしてあります。じゃ、意味がなかったのかって、そんなことはありません。間違っていたとしても、その失敗があったからこそ、正しい道筋も見えてくるわけです。

 人生だって、失敗したり間違ったりしながら、少しずつ経験を積み、よりよい人生を目指そうと成長していくじゃないですか。研究だって同じです。

 人生と同様、最初から間違っているとわかっている研究をすることはありません。最初は正しいと思って面白いと思う研究をするものですし、それなりの成果が出たと考えて論文に仕立てます。しかし人間ですから、単純な計算間違いや、根本的な勘違いをしていることも偶にはあります。幸いにして、そのような間違った論文は撥ねられる仕組みになっています。どういうことかというと、論文を仕上げると学術誌に投稿しますが、真っ当な学術誌の場合(最近は怪しいものも少なくないので)、論文はその分野の一線の研究者へ送られ、その研究者(レフリーといいます)が内容の審査をします。そして、内容に間違いがなく、かつ、学術的にも意味があって、出版の価値があると判断されてはじめて、その論文は受理され、出版される仕組みになっているのです。ぼく自身も何度もレフリーをしたことがありますが、同分野の研究者同士が審査をし合うので、「ビア(同輩)レビュー方式」といいます。なんか馴れ合いみたいに聞こえるかもしれませんが、間違っているときは論文をリジェクト(掲載拒否)するので、通常はレフリーは匿名になっています。知り合い同士が気まずくなりたくはないですからね。

 ちょっと話が逸れましたが、間違いのある論文は出版されにくい仕組みになっているのはわかってもらえたでしょうか。しかし、その時代の研究者の理解が不十分で、後から考えると研究者の常識(認識)自体が間違っていれば話は別になります。今回もそのようなケースで、超臨界降着円盤からはバンバンとガスが吹き出しているなんてことは、まだ十分に認識されていなかったわけです。しかし研究が進展して、理解が進むにつれ、従来の常識が覆されてしまったというわけです。

 大事なのは、投げ出さないこと、諦めないこと、挫けないこと、です。あれ、似たような歌詞があったなと思って調べたら、少し違ったのでいいでしょう。そして何より、ポジティブに楽しむことだと思います。後で失敗だとわかった研究も、その研究をしているときは楽しく幸せだったのですから。そしてさらに新しく楽しい研究テーマへ進めるわけですから。

 この話も、つぎのブラックホール風へと発展していきます。


さらに光は強し-ブラックホール風


まわりから大量のガスが降り積もってくる超臨界降着円盤では、降ってくるガスの一部あるいは大部分が、非常に強い輻射圧で吹き飛ばされます。一章のブラックホールジェット/ブラックホール風で、大量のガスが降ってきたときにはブラックホールは瞬時に吸い込めずに、ガスの一部または大部分を吹き出すと述べましたが、それはこの話でした。超臨界降着円盤も中心に近いほど温度が高く輻射の力も強くなるので、周辺部でもガスは吹き飛ばされるのですが、中心に近づくほど吹き出すガスの量は多くなり、ブラックホールのごく近傍からもっとも大量にガスが吹き出すことになります。

 ブラックホール近傍では何か途轍もなく複雑な状況にはなっているでしょうが、シュバルツシルト半径の百倍とか千倍とか広い領域でみれば、あたかも、ブラックホールを中心としてガスが四方八方に吹き飛ばされているような状況になっているでしょう。ブラックホールの内部からガスが吹き出るわけではないですが、取り扱い的にはブラックホールからガスが吹き出しているように近似できるので、「ブラックホール風」と呼んでいます。

 中心近傍では超臨界降着円盤などもあって複雑な構造をしていますが、もっとも単純化したブラックホール風のモデルは、ガスが時間的には一定の割合で球対称に流れ出していると仮定します(図5-3)。


図5-3 ブラックホール風。中心から四方八方に球状に吹き出す。


 太陽からは毎秒数百キロの速度で高温プラズマガスが太陽風として吹き出しているし、高温の恒星からも同じくらいの速度の恒星風が吹いています。これらの星風と比べて、ブラックホール風には、ブラックホール風であるが故の、いくつかの特長があります。まず、吹き出すガスの量が生半可ではないことです。そのため、ブラックホール本体や超臨界降着円盤などの中心領域は、ブラックホール風で隠されてしまいます。そのため、ブラックホール本体の鑑賞はできなくなりますが、後で説明するように、いわば間接的に鑑賞することになります。

 またブラックホール風の温度は中心部では数千万度から数億度もの高温になっており、したがって、超臨界降着円盤だけでなく、ブラックホール風自体も光り輝いています。

 最後に、ブラックホール風の速度は、毎秒数百キロどころではなく、毎秒数万キロ、光速の数割にも達する可能性があることです。光速で進む光でさえ脱出できないブラックホール“近傍”から逃げ出すためには、光速近くの速度で飛び出すしかないのです。

 このような光り輝くブラックホール風は、いったい、どのように見えるのでしょうか。太陽のような輝く円盤のように見えるのでしょうか。否、でした。


球状のブラックホール風の鑑賞法


 まずともかくは、ブラックホール風の具体的なイメージを紹介しましょう。もっとも単純化したブラックホール風がどのように見えるかについては、一番最初は、二〇〇七年、当時、修士課程の大学院生だった住友奈緒子さんが調べました(図5-4)。その後も、いろいろな効果を取り入れながら発展させていて、現在でも続いており、研究室のテーマの一つとなっています。


図5-4 ブラックホール風の観測的見え方(Sumitomo et al. 2007, JF + 2009)。温度分布を表現したもの。左列が共動系、右列が静止系でのイメージ。風の速度が、上から、0.2光速、0.4光速、0.6光速、0.8光速。


 ガス風のイメージであり、相対論的効果もあるので、少しわかりにくいかもしれないですが、とりあえず、大ざっぱに見え方の説明をしておきましょう。

 まず図の左列をみてください。左列は、ブラックホール風と同じ速度で運動している観測者(共動系といいます)が観測する眺めで温度分布を表しており、風の速度は上から0・2光速、0・4光速、0・6光速、0・8光速となっています。速度が大きい方がより顕著ですが、中心ほど温度が高く、周縁ほど温度が低くなっています。これは太陽画像などでもあった周縁減光効果なのです。また後で、もうちょっと詳しく説明します。

 つぎに右列をみてください。右列は、ブラックホールから遠方で静止している観測者(静止系といいます)が観測する眺めです。同じ速度の左列と比べてみると、温度変化が顕著になっており、速度が大きくなるほど、コントラストがどんどん強くなっていることがわかるかと思います。これは標準降着円盤でも影響のあったドップラー効果が原因です。

 ブラックホール風自体は四方八方に球対称に吹き出しています。それを遠方の観測者が眺めると、図の真ん中ではブラックホール風が真っ直ぐに観測者に向かってきているので、観測者に対する視線速度は一番大きくなり、ドップラー効果がもっとも強く働きます。中央から離れるとブラックホール風の向きは観測者に対して斜めになり、観測者に対する風の視線速度は次第に減少して、ドップラー効果の効き方も減っていきます。そのために、このような見え方の大きな違いが生じるのです。

 もう少し詳しい説明はこの後でしますが、その前に、またまた余談です。

 前章で紹介したブラックホールシルエットにせよ、いまのブラックホール風の見え方にせよ、このようなカラー写真を学術論文に掲載するときには、その学術的内容やレフリーによる審査などの“学術的”悩みとは別に、もっと“世俗的な”悩みもあります。カラー画像を学術誌に掲載しようとすると、一枚のカラー画像で十万円ぐらい支払わないといけないのです。えっ”と驚いた方もおられるでしょう。

 ふつうの出版物の場合、書籍だと印税が、雑誌などの記事だと原稿料が、“著者に対して”支払われます。しかし学術出版の場合は逆で、学術誌に論文を掲載するためには、“著者が”掲載費を支払わなければならないことが多いのです。雑誌によっては掲載費が不要な雑誌もありますが、ぼくが投稿している日本天文学会欧文研究報告誌という雑誌の場合、10頁の論文で十数万円ぐらいの掲載費がかかります。さらに、カラー印刷は割高になるので、カラー写真の場合は、別途料金が十万円ぐらいかかるのです。まぁ、こういう学術誌は市販して売れる類のものではないので、出版費は受益者負担ということなのでしょう。

 もちろん、たいていの場合は、研究費で支払うので、自腹を切ることは少ないですが、それでもカラー画像が一点で十万円となると、カラーにするかしないか、貧乏な研究室では悩むことになります。それでなくても大学の研究費は減らされていて、研究機材の購入や院生用のパソコンや出張費や謝金など、種々の用途に充てないといけないですから、いくら好きな絵を残したいと思っても、いろいろと天秤に掛けざるを得ないわけです。

 だからいつもカラー画像で出せるわけではないですが、ときどきは頑張ってカラー画像を掲載しているわけですね。


見かけの光球と温度分布のコントラストの原因


 ここでブラックホール風の見え方について、もう少し詳しく説明しますが、そのためには、計算の仕方を説明した方がわかりやすいでしょう。

 太陽の写真で見えている表面のことを「光球」と呼びます。それより内側は不透明で見えないわけです。しかし周縁減光効果で説明したように、太陽面の中央と周縁とでは、見えている場所は多少違っていました。ブラックホール風の場合も、実際に見えている場所である「見かけの光球」というものが存在し、そして太陽よりも激しい周縁減光効果が起こります。

 そもそも(光る)ガスの向こう側が見えない(不透明)となるには、ガスの量(密度)とガスの性質(不透明度と呼ばれる)と光路の長さが関係します。ガスの密度と不透明度と光路長の積は、「光学的厚み」と呼ばれる無次元の量になり、おおむね、光学的厚みが1より大きければ不透明、小さければ半透明となりますが、この言葉自体はあまり気にしなくてもよいです。

 太陽のガスは球体にまとまっていますが、ブラックホール風のガスは、中心から四方八方へ無限遠まで広がっています。というか、数学的なモデルとしては、広がっていると仮定します。ブラックホール風は球対称に広がっているので、中心から離れるほどガスの密度は希薄になります。そして、その状況を無限遠に居る観測者が観測していると仮定します(図5-5)。もちろん、実際に無限遠から計算することはできないので、ガスの密度が十分に希薄になった距離、たとえば、ブラックホールの半径の一万倍ぐらいに観測者が居ると設定します。


図5-5 ブラックホール風の計算の方法。観測者はz軸の上方に位置し、それを横から断面図にしたもの。


 後はまぁ単純作業でして、観測者から視線に沿ってガスの密度を足し合わせていき、光学的厚みというものを計算して、不透明になった場所を、ブラックホール風内部の光球-見かけの光球-と考えます。そしてこの作業を、観測者から眺めた画面の中央から周縁へ向けて何度も繰り返し、見かけの光球面の位置と形状を決めることになります。


図5-6 ブラックホール風の見かけの光球の形状(断面)。観測者はz軸の上方に位置している。


 このようにして求めたブラックホール風の見かけの光球の形状(断面図)を示しておきます(図5-6)。観測者は図のz軸の上方に位置していますが、観測者が観測する見かけの光球の形状は、破線で表した球とは似ても似つかないことがわかるでしょうか。これがブラックホール風の観測的特徴をもたらす最大の要因です。中心から測った見かけの光球面までの距離は、場所によって大きく違います。そして太陽と同様に、ブラックホール風も内部ほど温度が高いので、見かけの光球面の位置が中心に近ければ高温に、遠い場所は低温に見えます。光球面の場所による温度差は太陽よりもはるかに大きく、極端な周縁減光効果が起こるわけですね。さきほど示した共動系におけるブラックホール風の見え方は、この極端な周縁減光効果によるものです。

 さらに先にも述べたように、ドップラー効果などの相対論的効果も相まって、ブラックホール風の観測的な特徴が出てくることとなりました。ここでは簡単のため、球対称なブラックホール風のことに話を絞りましたが、一章で述べたブラックホールジェットについても同様なことが起こり、いろいろな見え方を議論することができます。

 また、ここで紹介した見かけの光球面の形状は、ブラックホール風の速度が小さい場合のものですが、ブラックホール風の速度が光速に近づくと、見かけの光球面の形状も相対論的な効果を受けて大きく変わることが知られています。これについては、一九九一年のマレク・アブラモウィッツたちによる先駆的な研究があり、ぼくたちの研究も彼らの研究にベースを置いたものですが、かなり専門的な内容になるので、ここでは詳細は割愛することにします。


武器を磨きレベルアップしてダンジョン奥深くへ潜る


 先に、二〇〇五年から二〇〇六年あたりの転機について触れました。このころに、ぼく自身も多少スキルアップを目指したのです。

 以前にゲームが好きだと書きましたが、研究活動はダンジョンで宝珠(オーブ)を探すことにも似ています。ダンジョンにはマジックウォールなど防御系のモンスターや難しい仕掛けがたくさんあって、武器を鍛えたり自分をレベルアップさせないと、ダンジョンの奥深くへ進むことはできません。武器の種類を変えたり、魔法を覚える必要も出てくるでしょう。もちろん宝探しには競争相手もいるはずです。ぼく自身、こういうRPG(ロールプレイイングゲーム)は大好きなので、ついつい喩えてしまいました。

 さて、ブラックホールシルエットを作成したころは、「流体力学」と「相対論」という武器をもっていて、それらを駆使してシルエットを作成することができました。いまから振り返れば、初心者とは言わないまでも、まだまだ中級者向けのダンジョン探索レベルでしたね。

 しかし、対象が光り輝くガス天体である以上、いずれは、「輻射輸送」や、さらには「相対論的輻射輸送」という、強い武器や魔法を使えないといけないわけです。これらのことに本格的に取り組み始めたのが、二〇〇五年前後でした。

 さすがに強力な武器は一朝一夕に使いこなせるようにならず、少しずつ鍛えていって、まぁまぁ使えるようになるまで十年ぐらいはかかったでしょう。その代わり、相対論的輻射輸送という神剣で切り開いたダンジョンには、お宝もざくざく眠っていました。このダンジョンはこれから一生遊べそうだと思っています。


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ブラックホール可視化のサイドストーリーその一といったところだ。

第6章も近日中にアップしたい。


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