E-2

 翌日にも榊原は俺達を訪れに来た。進捗状況の確認に来たのだろうが、残念ながら昨日の今日で解決するはずがなかった。ましてや情報が少ない現状では、すぐに行動を起こすよりも今後の捜査方針を決めてからの方がよいという判断に昨日の帰宅前至ったので、今日はその話し合いをする予定だった。榊原は自分にできることはなにかないか、と聞いてきたので、できれば新しい情報を思い出して言ってほしいと言った。だが結論から言うとあまり有益な情報は彼から聞けなかった。それでも何とか得られた情報を以下に整理する。



 大友町おおともまち



 誘拐されたと思われる女性の名前は大友町という。どこの街だ? 


 年齢は十七才。最後に見たときの服装は胸元がやや開き気味の何か英語が書かれていた緑色のノースリーブにホットパンツ。髪型はショートボブ。ゆるふわカーブと呼ばれるパーマに、カラーリング色はベージュっぽいアッシュグレー。グレージュ色。俺は榊原が告げる情報を元に、少女の人物をデッサンしていった。体型は細身のスレンダーで身長が百七十ないぐらい。胸回りは比較的大きい部類に入り、赤く染めたような頬であるという。これは化粧ではなく元々である、と。血色がいいのか、それとも肌の色が明るめの遺伝なのかは分からないが彼女のなにか体質らしい。あまり化粧をする少女ではないと榊原は言った。


 それから俺は榊原のスマホに入っていた大友の顔写真を送ってもらった。榊原と二人で写ってピースサインをお互いに見せつけていた。確かに大友頬は赤く見える。だがそれは彼氏彼女間でのサインでしかないとも、思える。ただ照れているだけなのか、それともそれが地肌なのかは正直判別しづらかった。どちらにしても、一つの特徴として俺は記憶に記す。



 なんとか使えそうな情報はここまでだった。なんと、一日時間を置いたにもかかわらず、思い出せたのはこれだけだという。

思い出したというより、知ってる個人情報でしかない。それから、大友がどこの学校に通っているのかと尋ねれば



 知らない。



 と言い、家は分からないだろうから性格や好みについて教えてくれ、行き先が推測できるかもしれないと提案しても



 よくわからない。



 と回答した。本当に交際していたのかと疑うレベルの情報量に、辟易したがそれは俺が視点を変えて二人の関係性について問いただすことでようやく解明された。



 榊原と大友の関係はバンドのメンバーなのだという。俺達の通う学校には残念ながら軽音楽部はない。そこで、バンドをやりたいと考えていた彼は学外でバンドを組んで活動しているのだそう。メンバーの募集をしている人に連絡を取ったり、狸小路で弾き語りをしている人を捕まえたりしてメンバーを揃えたのだという。



 大友との出会いはそのとき。


 きれいな歌声に聞き惚れたのだそうだが、一方の彼女はギターがまだあまり自信がなかったため、榊原からのスカウトに初めは戸惑いを見せた。榊原は自分がギターを弾くからと、熱烈にアプローチ。バンド参加後も、彼女のために、と榊原は彼女にギターを教えていたらしい。言わずもがな、交際のきっかけはこれである。問題なのはこれだけってことだった。



 榊原のいう交際はバンド活動だけだったのだ。デートのすべてがバンドのみ。二人っきりでお洒落なカフェに行くことも、話題の恋愛映画を見ることも、お金がないことを言い訳にウィンドウショッピングすることもなかった。これまで、一度も。



 連絡先だけは登録してあり、プライベートな会話はチャット形式のアプリをスマートフォンで使用するに留まっていた。電話くらいはしていたようだが、なぜか会うことをしていなかった。榊原から聞き出せた大友の言い分は「進学校に通っているため、勉強で忙しい。バンドの活動を親に許してもらうためには仕方がない」ということだった。



 ここで進学校に絞れば通学している高校がわかるかもしれないと思ったのは、やはり俺が浅はかであるゆえ。先輩が我が校のような自称進学校をその進学校に含めるのかどうかという問いに俺は唸ってしまった。確かに、高学歴大学に行く人数が少ないが、課題と対策に力を入れることで、あたかも……というところはある。実際のところはその生徒がただ優秀なだけなんだけど。しかし、そんなことを言い出したら、市内の多くの高校が該当することになる。絞り込むことは容易ではない。これはメモ程度に留めて、音楽の線から探るほかになさそうだった。



 本日の主な情報はここまで。以上である。それからこれは余談になるが、榊原から一つ注文を受けた。どうやら俺が榊原に対して、少し距離を置くような話し方、つまり敬語で話されることがどうにも落ち着かないと言うことだった。


 言われて初めて自覚したが、俺と榊原は同年齢である。なるほど、先輩や大友さんのような、一つの年齢差は高校生にとって絶望にも近い隔壁となっているのはそうかもしれない。その隔壁を同じ年の人間にされたんでは、内心穏やかではなかろう。俺はこれに同意し、敬語で話すことを辞めることにした。名前の語尾に「さん」とかつけるのもだ。俺のことは「恒」と呼ぶことを推奨したので、完全とまではいかないがその障壁は薄くなった気がした。上辺だけでの変化に過ぎないのに、少し近づいた気分になるのは傲慢であろうか。


 仲間意識が芽生えてしまった俺達は雑談もそこそこに切り上げ、真実と行方不明の彼女を探し始めることにした。



 写真を元に、俺はこうして、人探しをはじめた。

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