7.「ひととおりの憂鬱」(サンプル)

 小学校の校庭に落ちていた三角石のことを思い出す。5ミリくらい、正三角錐のかたちをした黒い石。角はわずかに丸みを帯びて、つるりと光った。小さなそれは、クリーム色をした校庭の砂や石に混じってときどきぽつんと落ちていた。どうしてそんな石があるのかわからない。自然にああいうかたちにはならないだろう。

 三角石のことは、うちの学校の生徒ならみんな知っていたと思う。集めている子もけっこういた。百個集めると願いが叶うといううわさがあって、わたしも朝礼や体育の時間にふと見つけては、そっと拾ってポッケにしまった。家に帰ってフィルムケースに貯めていた。

 なんとなく、巨きなサカナや恐竜を連想させた。テレビでみたサメの歯の化石に似ていたからかもしれない。巨きな何かの、歯とか、とげとか。町は海から遠く離れている。田んぼや畑とそれを貫く国道。がらんとした郊外の平べったい土地に、いまもむかしも恐竜はいない。どれだけ土を掘っても骨すら、化石すら出てこないだろう。それでも校歌の歌詞は「むかし悪竜退治して」という、町のふるいおとぎばなしから始まるから、わたしは心のどこかで、巨きな何かを待っていた。べつに何を憎んでいたわけでもない。でも、祈りはあった。いつか地の底にねむる巨大な何かが校庭の土をめりめりつきやぶって、学校を、町を、食べてくれますようにって。


 小五の終わりに転校してきたTさんはとても髪が長かった。彼女はわたしの前の席に座った。いつも後頭部を眺めた。毎日おさげの三つ編みで、髪は左右均等に分けられていた。まっすぐな分け目の白い頭皮はつやつやして、なめらかに見えた。横須賀から来たと言っていた。

 彼女が転校してきて最初の給食のことを、よく覚えている。担任の先生がTさんに「前の学校とうちの学校、どっちの給食がおいしい?」と訊ねたのだ。その日はチリコンカーンだった。ええと、とTさんはスプーンをお皿に置いた。

「前の学校では、こういう豆のおかずは出なかったです。初めて食べたけど、おいしいです。食器のかたちがぜんぜんちがうからびっくりしました。こっちの学校のほうがカップが小さくて、量が少なくみえます。でも黄色いプラスチックでかわいいし、みんなおかわりしてる」

 手をひざにのせ彼女は言った。しゃべるさい、うなずくみたいに何度も首を揺らし、そのたび三つ編みも揺れた。そう! と先生は笑った。

「みんな、今Tさんにきいたけどね、うちの学校の給食、とってもおいしいって! 量は少ないけど、味はこっちのほうがいいって言ってくれたよ。やったね!」

 わっと歓声が上がった。Tさんはぽかんとした。あ、とわたしも思った。Tさんは小さくうなずくと、豆とひき肉の赤いおかずに戻った。Tさんはチリコンカーンをきれいに食べ、おかわりはしなかった。わたしもしないでおいた。そのあと先生がTさんに牛乳パックのたたみ方を教えてあげて、Tさんはやっぱり何度も首を揺すって、三つ編みも揺れた。


 Tさんときちんとしゃべったのは小六になってからだった。修学旅行で生理用ナプキンを貸してあげたのがきっかけだ。Tさんはバスの中で、初めてのそれがきてしまったらしかった。トイレ休憩に寄ったサービスエリアで困り果てていたTさんに、わたしがお守りみたいにリュックにしのばせておいたものが、役に立った。羽つきと、ふつうの、どっちがいい? ときいたら、Tさんは困った顔を少しゆるませて、ふつうの、と言った。

(つづく)

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