勘違いしちゃったお姫サマ

1



□■□■



 私はこの世界に来て、ものすごく大事なことを一つ学んだ。


 “他人の笑顔には気をつけろ”


 人として、他人の笑顔を疑うのはどうかと思う。

 しかし、状況が状況。その教訓は決して間違いなどではない。


「神様と契約を結んだ君がいれば、色々と便利で助かるよ」

「ははっ……それはどうも」


 顔に幼さの残る童顔の青年が、私にほがらかな笑みを浮かべて見せた。だが、私はもう知っている。笑顔を見せる腹黒ほど怖いものはいないと。


 神官服を着ている彼はその服が示す通り神官であり、その中でも二十そこそこの若さで神官としては最高の地位に就いている。なんでも、幼少の頃から神童としてその力の高さを認められていたらしい。

 もっとも、私としては力だけではない気もしている。だって、彼の情報収集能力は半端ない。きっと官僚達のヘソクリの額、それも一円単位で知ってても不思議ではない。あ、お金の単位はもちろん日本とは違うんだけど、それはまた別の機会に。


 あの日、一悶着もんちゃくやらかした私は、彼らに別室へ連れていかれ、あれよあれよという間に洗いざらい吐かされた。ありがちなおどしタイプなんかではなく、じわじわと真綿でくるんでいき最後にきゅっと……という、正常な精神の持ち主なら発狂しかねない粘着質タイプの尋問だった。ちなみに、途中でジュシュアにはお昼の睡眠タイムに強制移行してもらった。

 

 あんなもの、まだ人生経験が十数年の私が太刀打ちできるはずもない。私とて心底性格がねじ曲がってるという自覚があったのにこれだ。つまるところ、神よりも魔王よりも恐ろしいのは人だということだろう。それも、目の前にいる二人のような。


「困った時はお互い様だものね」

「……」


 どうしよう。目の前の彼が、本当に悪人にしか見えなくなってきた。


「いやー、最近王族でもないのに神殿に妙な因縁つけてくる貴族が多くて困ってたんだよね。まぁ、僕だけでも十分対処可能だったんだけど、そうするとこの国の貴族の大半が消えることになるからさ。それだと困るんだよね」


 消えるってなに? 消えるとか客観的見方じゃないよね? まんま消すだよね? 主観的になるよね? 他人にどうこうしてもらうとかじゃなくて、自分で抹殺まっさつするってことだよね?


 前言撤回。

 僕、実は魔王だったんです、とか、そういうオチがあるかもしれないと本気で思えてきてしまう自分が怖い。悪人どころじゃないじゃないか。


「さて。今日、君をここに呼んだのは、他でもない、君の仕事についてだよ」

「え? 仕事?」


 もちろん、生活していくためには先立つものが必要だ。これまでも仲良くなった街の人の紹介で、魔力をこめた道具を格安で売ったりしてそれなりの額をもらっていた。別段それで困ることはない。だから、新しく仕事を始めるつもりはこれっぽっちも……


「よもや、やらない、なんてふざけたことは言わないよね?」

「……言いません。やらしてください」


 ……負けた。悪魔の微笑みに負けてしまった。


「シン」

「なに?」

「君の敬虔けいけんな信者が悪魔に心を売ろうとしているぞ」

「え!?」


 その敬虔な信者サマである神官長、ユアンはシンにも紅茶を勧め、にっこりと微笑んだ。それは神官長の名に相応ふさわしく、どこか浮世離れたしたような神々しさもある、が……。


「悪魔に心を売るだなんて」

「だ、だよね。君は僕の大事なみか」

「僕の魂はそんなに安くはありません。売るなら魔王、ですよ」


 味方? このバカは彼が自分の味方だとでも思っていたのか? 

 なんっておめでたい頭の持ち主なんだ! 誰がどう見ても! そうだろう!?


「で、ですよねー」


(シン! なぁー、この人の暗黒面浮き彫りにしてどうすんの!?)

(神官長がコレなんて他がどうなってるかなんて恐ろしくて考えられない)

(おい、シン? シン! おい、嘘だろ!? 戻ってこい! 天界に逃げるな!)


 私を一人にするんじゃない!


「サーヤ? どこへ行こうとしているの?」


 思わず腰が浮いた私の肩をぐっと押す圧力。

 もちろん座りますとも。座るしかないともいう。


「それでね、君にやってもらいたいことは二つ」

「二つも!? ……いえ、なんでもないです、続けてください」


 笑顔が場をなごませる? 

 いやいや、まさか。うちでは凍らかしてる。


 神様相手にだって啖呵たんか切ったっていうのに。

 誰かに振り回されるようなこと、今まで一度もなかったのに。


 ……あぁ、元の世界が恋しい。


「今、この神殿には巫女姫がいるんだけど、その子の監視。それから、この王宮に勤める王宮魔術師および魔法士の指導。君ならできるよね?」

「ちょっと待ってください。指導はまぁいいとして、巫女姫?の監視?」

「そう。彼女も異世界から来たんだけど、自分が何かの主人公とか言い張るんだよ?確か、乙女げぇむ?とかなんとか」

「……げっ」


 それはもしかして、乙女ゲーム、とかだったりするのか?


 ……え? この世界が乙女ゲーム? 

 いや、ないよ。そりゃあ絶対ない。あってRPGでしょ?


 だって、友達の乙女ゲームオタクの欲しいモノ――ほとんどの乙女ゲームの限定版?を買い行くのに付き合ってきた。その度にそのゲームがどんなものか聞かされるのだ。だから、大抵のものはどんなんだか知ってる。いささか不本意ではあるけれど。


 それだけじゃない。

 絶対といえる本当の根拠はといえば、こんな恐ろしい登場人物が二人もいる乙女ゲームがあっていいわけがあるか。これに尽きる。


「僕、そういうのダメなんだよねー。自分を中心に世界が回ってます的な子」


 あぁ、そうだろうともさ。目、笑ってらっしゃらないですもんな。

 すっごく分かりやすい。


「だから、よろしくね?」

「えっと……はい」


 顔がいいから、笑顔になれば大抵の女の子は言うこと聞いてきたんだろう。好意で。私は別にイケメンが好きとかそういうの全くないのに……断れない。怖くて。


「じゃあ、もう今日はいいよ。彼女とは後日会ってもらうから。同じ黒髪黒目だから、もしかしたら同じ所から来たのかもしれないね。すぐ仲良くなれるでしょ」

「そーですかねー? ははっ。……失礼します」


 ドア? 何を言ってるんだ。

 瞬間移動で家にご帰宅に決まっている。私のライフポイントはほぼゼロに近い。こんな状態でちんたら馬車で一時間半も揺られていたら、確実に死ねる。





「あっ! サーヤ! おかえりぃー」


 ニコーッと真っ当なジョシュアの純粋無垢むくな笑顔にいやされたのは言うまでもない。


 あぁ、我が家が一番だ。



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