第15話隠れた才能3


「そんな……どうしてこんな事に…!?

 い、一体どうしたら……」


アーヤが慌てていると、ノリコがその様子に気づき近づいてくる。


「アヤちゃん?どうかした?…

 え!?ちょっとその植木…どうしたの!?」


「ごごご、ごめんなさいおばさん…!お水あげたら急に枯れちゃって…

 私…私…どうしたら……」


アーヤは混乱し、慌てふためく。


「水をあげたら…って……他には何もしてないのよね?

 そんな……

 こんなに急に枯れるなんて……」


「もしかしたら…私の…才能が…枯らせちゃったのかも……

 ごめんなさい…!ごめんなさい…!」


「ちょ、ちょっと落ち着いてアヤちゃん、才能って一体…?」


カランコロン


そこへ客が入ってくる。三人組だった。


「あ、い、いらっしゃいませ」


女店主が声を出す。

見れば、その客は恰幅のいい商人風の男が一人、

それに付き従うように屈強な戦士たちが二人。

みな、歳は30代前半ばというところだった。


「…!!」


ノリコはその商人の顔に見覚えがあった。


「やあやあ、さっきはどうも。女主人。

 実は預けた植木を返してもらおうと思ってね。

 いや、とある重要な取引で、あの貴重な植木を使う事になったものでね。

 さっきの今で申し訳ないな、ハッハッハ!」


「あ、その……それが……」


女主人は返答に困る。

アーヤも状況を理解し、その様子を狼狽しながら見ている。


「どうしたんだ女主人?早く返してくれたまえ。私も忙しいのでね。


 …………ん?それは……」


そこで商人風の男は、アーヤたちの後ろの植木鉢に目をやる。


「…それはまさか!?」


三人はアーヤたちを払いのけ、植木鉢が置いてある窓際に駆け寄った。


「これは紛れもなく、この私が預けた植木…!!

 このようにむごたらしい姿になり果てて!なんということだ…!!


 女主人、この説明はしてくれるのだろうな!!」


商人風の男はノリコを睨む。


「あの…大変申し訳ございません!

 特にこちらで手を加えたわけではないのですが…」


ノリコは深々と頭を下げる。


「手を加えてないだと!?馬鹿にしているのか女主人!

 そんな言い訳が通用すると思っているのか…!」


激昂する男を前に、アーヤも頭を下げる。


「ほ、本当なんです!ノリコさんは何もしてなくて!

 わ 私がお水をあげたらこうなっちゃって……本当にごめんなさい!」


「水をやっただけだと!?笑わせるな!

 まあ、どちらにせよ、現に植木はこのありさまだ!

 それ相応の責任はとってもらう事になるぞ!!」


男の怒りが収まる様子はなく

付き従う屈強な戦士二人も左右から威圧する。


ノリコは申し訳なさそうに口を開く。


「代替品をご用意したいのですが、あの種の在庫がなくて…

 あの、差し支えなければ、金銭で保障させて頂けないでしょうか?」


「おばさん!?」


「気にしないでアヤちゃん。私の責任でもあるから」


「そんな…」


「いいや、それはできんな」


商人風の男はなおも眉間にしわを寄せる。


「え…なぜでしょうか?」


「女主人、あんたはあの花を知っているか?」


「……………ええ、まあ………」


「だったらわかるだろう。あの花の希少性が。

 あの花は金で買えるような代物ではない事が!

 いくら金を積もうがどこにも売ってないんじゃあ手に入れようがない!


 到底値の付けられるようなモノじゃあないんだよ!あれは!」


「……………」


「私はねえ、とある植物コレクターとこれかあの花を取引する予定でね。

 

 そのコレクターはあの花と引き換えとして物件を用意していた。

 大豪邸だよ!

 それをおたくらは破談にしてくれたんだ!わかるかね!」


「大豪邸……そんな…いくらなんでも…」


「いいや、あの花にはそれだけの価値がある。

 そうだ、わかった。こうしよう。


 本来ならそれと同等の豪邸物件を用意しろと言いたいところだが、

 私もそこまで鬼じゃない。

 このチンケな道具屋で手を打とうじゃないか、

 店の所有権をもって保障してもらおう」


「…………!?」


「そんな!いくらなんでもそれは!」


咄嗟にアーヤが前に出るも、屈強な戦士二人が立ちはだかる。


「お前たちが、そんな事を言えた立場か!?

 それとも、少し痛い目をみないと自分の立場がわからないか?


 おい、この娘に少し立場をわからせてやれ」


商人があごで指図すると

屈強な戦士の一人がおもむろに剣を抜き、アーヤにゆっくりと近付いてくる。


「………な、なにを!?」


後ずさるアーヤだったが、すぐに壁に当たり、追い詰められてしまう。

屈強な戦士は剣を振りかざした。


「アヤちゃん…!!」


「…!!」



「…………??」


しばしの静寂が流れる。

戦士はその体勢のまま静止している。

振り上げた剣の切っ先を後ろから持たれ、硬直していた。


「女相手に何をやってるんだ、あんたら」


剣を持って止めたのは、男性プレーヤー。

朝方店に来ていた常連の一人、鉢巻きを付けた大柄の戦士だった。


「ぐっ…!!」


剣を振り払われ、剣を振りかざした戦士はよろける。


「ちっ…!邪魔が入ったか。仕方がない。ひとまず今日は帰るが、

 女主人、この償いは必ず相応な形でしてもらうぞ。

 店をたたむ準備をしていたまえ!!


 おい、その鉢植えを持って帰るぞ」


「へい」


商人風の男は、

取り巻きの戦士に植木鉢を持たせると、店から出て行った。

場は静まり返る。


「………」


「………」


ノリコもアーヤも神妙な面持ちだ。


「あ、戦士さん、ありがとうございました…」


「え、ああ、いいんだ。

 ケガはないか?アーヤちゃん。


 いや…たまたま通りかかったら、店のドアが開いていて、

 なんだか中が不穏な空気だったもんだから…。あいつらは?」




-------------


次の日の朝。

ローシャネリアの一角をノリコの店へと向かい歩くアーヤ。

表情は暗く、足取りも重い。


 (まさかあんな大ごとになっちゃうなんて…。

 このままじゃ私のせいでおばさんのお店が……どうしたらいいの…)


「あ、アーヤさん!おはよー!」


後方からの声に振り向くと

そこには、先日の女剣士、プラチナの姿があった。


「あーやっぱりアーヤさんだ!

 もしかして、これから道具屋に行くところ?」


「あ、はい、そうです」


「ちょうど良かった!ボクもこれから向かおうと思ってたんだ」


「魔法の実ですね」


「そうそう。ごめんね~、なんか催促してるみたいで。

 じゃあお店まで一緒にいこっか?」


「はい、そうですね…」


並んで歩きだす二人だが、

少しも進まないうち、プラチナはすぐにアーヤの異変に気付く。


「……?なんか今日元気ないね?アーヤさん」


「え?いや、そ そんな事ないですよ」


「そう?……

 でもまだお店まで距離あるしさ。

 悩みとかだったら、なんか力になれるかもしれないし、

 もしよければ話してよ」


「…………。

 実は…………」


アーヤは昨日の夕方に起きた出来事について少しづつ話し出した。


しばらく話をしながら歩く二人。

ノリコの店までもう少しといったところだ。


「…………昨日別れた後、そんなことがあったんだ……」


「はい…、私もTSOやってて、こういうトラブルは初めてで…。

 もともとは私の不手際のせいなんですが…。


 どうしたらいいかわからなくて」


「もしかして、ボクのあげた手袋のせいだったりするのかな?

 な なんか責任感じちゃうなあ…」


「え!?いえいえ、そんな事は!


 私もまさかこんな才能だなんて思わなかったですし、

 間違ってもプラチナさんのせいなんかじゃありませんよ」


「でも、"植物を枯らせる才能"なんて

 いくらなんでもちょっとひどすぎない?

 運営の性格も、そこまでひん曲がってるかなあ?」


「そう言えば、本当にもらっちゃって良かったんですか?これ

 こういうの他に見た事ないし、貴重な装備品なんじゃ?」


「うん、全然いいよ。ボクにとっては実のほうが重要だしね」


「プラチナさんには合わないって言ってましたけど」


「ボクも最初は、すごいアイテム拾ったと思って早速つけてみたんだけどさ。


 どうもボクの持ってる才能は"ゴブリンに好かれる才能"だったみたい。

 これをつけてる間だけ、

 やたらゴブリンが馴れ馴れしく寄ってくるんだよね」


「ゴ ゴブリンに好かれる才能…」


「うーん。でもそう考えると

 植物を枯らせる才能、というのもあながち…ない話では……」


「……ですかね…」


そうこう言ってる間に店にも到着。

店の入口の前には、アーヤの友達のキリエが待っていた。


「あ!おはようアーヤ!」


「おはようキリエちゃん。あれ?どうしたの?」


「うん、昨日ラインで言ってた事がちょっと心配でさあ。

 変なトラブルに巻き込まれちゃったね」


「わざわざ来てくれたんだ、ごめんね」


「あれから状況、何か変わった?」


「ううん、たぶん昨日のお客さんまた店に来ると思う…」


「そうなんだ…。私も今日1日開けてあるから。

 何かできる事があれば手伝おうと思って」


「キリエちゃん…ありがとう」


「あれ、そういえば、そこの綺麗な人はアーヤの知り合い?」


「うん。プラチナさんっていって、昨日お店で知り合ったんだ。


 プラチナさん、この子は私の友達でキリエちゃんっていいます」


「そうなんだ、よろしく!

 綺麗だなんて照れますなぁ~、どぅへへ~」


「よ、よろしくお願いします」

 (あ、喋ると残念な人だ)


「とりあえず中に入って、ノリコさんにも話聞いてみようよ」


「うん」


三人は店の中へと入っていった。




店に入るとそこにいたのは二人。

女主人ノリコと、もう一人の女性が何やら話をしている。


「おはよう、おばさん」


「あ、おはようアヤちゃん、

 キリエちゃんと、昨日の女剣士さんも」


「あの方が、アーヤさんですね?」


ノリコと話をしていた女性がノリコに尋ねる。


「え、ええ、そうです」


すると、その女性はアーヤたちの元へと歩いてきた。


落ち着いた佇まい、二十代半ば、肩までの黒髪おかっぱにメガネ、

服装も黒系統でまとめられ、地味な外見だ。


「私、こういうものです」


アーヤに名刺を差し出す。


「あ、ありがとうごいます…」


そこには、"豊穣商連 第9支部リーダー 小町"と書いてあった。


「豊穣商連ってあの…!」


「ハイ。第9支部、つまりはここ一帯の管理を任されている者です。

 昨日、ここの店主のノリコさんよりトラブルのご相談を頂きまして、

 今日、詳しい事情を伺いにお邪魔しております」


「そうだったんですか。すいません、よろしくお願いします」


「気になることもあります、

 昨日の状況について細かく伺ってもよろしいですか?」


「はい」


アーヤは再度、昨日の出来事について話し始める。


「…なるほど。それで最終的に、

 店を明け渡すように向こうは要求しているわけですね」


「…はい」


「たかだか植木ひとつで、店を渡せだなんて…。

 いくらなんでも、言ってる事がめちゃくちゃすぎる!」


キリエが思わず声をあげるが

豊穣商連の小町が冷静に切り返す。


「たかが植物といっても、価値はピンキリです。

 それこそそこらじゅうに生えている無価値の雑草もあれば

 超レア級の植物というのも存在します。


 極めて高価な部類の植物になれば

 物件と同程度の程度の値を付ける人がいてもおかしい事ではありません」


「そ、そんな…」


「元々はこちらのミスですし、

 私にできる事なら、なんでもしてお詫びしたいんですが…

 でも、この店だけは、何とか守りたいんです。


 私のやった事でおばさんの店がなくなるなんて、耐えられない…」


「アヤちゃん…」


女主人はカウンターから見つめている。


「こういう個人間のトラブルは、基本的に当人同士で解決してもらうのが原則。

 部外者が口を出すと、余計に話がこじれてしまう場合もある。


 ただ……それは本当に過失の事故の場合です」


「え…?それは……どういうことですか?」


「実は最近、各地の店舗でこういう極端なクレーム事案が多発しています。


 今回はたまたま植物でしたが、

 例えば鍛冶屋でレア装備を台無しにされたいうと苦情、

 トリマーにペットを病気にさせられたという苦情。


 そして、それらケースのいくつかは

 最終的に、店を乗っ取られるところまでいってしまっている」


「本当に店を手放しちゃうんだね…」


プラチナがつぶやく


「ええ、現実ではほぼありえない話ですが

 物の価値基準があいまい、かつ極端な仮想世界ならではの事と言えます。


 さらに、それらトラブルに巻き込まれた店には奇妙な共通点が存在します。

 一つが、日頃はトラブルとは縁遠い善良な店である事、

 もう一つが、店舗の立地の良さ。


 ちなみに、店を明け渡したその後には、

 決まって大手の店が間髪を入れずにそこへ出店している」


「……え?それってもしかして?」


キリエの問い掛けに小町が応える。


「そう、…………地上げです」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る