第26話 愛情または師弟愛のような何か

 とはいえ、ホロが居る場所に心当たりはない。

 クエストを受けているのなら、街から出ている可能性だってある。

 そんなことをウダウダ考えていたら、ホロと一緒に来た回数の多いカジノ場へと、自然と足が傾いていた。


「ホロ……」


 いない。

 ……いない。

 …………いない。

 やっぱりここには来てないのか?


「ユー、怪しい動きで何をやってるの?」

 キョロキョロとしていた俺に話しかけてきたのはバニーガールのナーシャだ。


「怪しいとは心外な……。俺はホロを探してただけだ」

「ふーん……それってナーシャみたいになりたいって言ってた、あのおチビのことなの?」

「お前みたいになりたいとは言ってなかったと思うが……。それで合ってる」

「それならさっき、あっちで見たの」

「なんだと!?」


 俺はナーシャが指差すほうへ、思いっきり顔を向ける。

 客と客の隙間でわかりにくいが……どこか儚さを漂わせながら、バカラの卓を見つめるホロの姿が、そこにはあった。その瞳に映るのは『いま』ではなく、いつか『むかし』に見た光景を眺めているようだ。


「ここに、居たのか……」


 やはりまだ、ホロは未練を断ち切れていない。

 だからこんな場所に……。


(それほどまでにあの一敗が、ホロの心に突き刺さっていたのか……)


 想像しきれていなかった。

 俺にとって負けることは、勝負に勝つための『プロセスの一部』に過ぎない。

 感情が壊れてしまった俺に、ホロが抱える後悔など、想像しきれるわけがなかったのだ。

 ゆっくりとホロへと近づく。


「ホロ」

「ツク、バ……?」


 ホロの頭に手を乗せて、クシャクシャと撫でてやる。

 多少驚きこそしたものの、ホロは取り乱すようなことはしなかった。

 もしかしたら見つかるかもと、心のどこかで予感していたのかもしれない。


「…………」

「…………」

「……なぜ、何も言わないのですか?」


 恐る恐る、といった感じで聞いてくる。

 俺はその質問を鼻で嘲笑った。


「何を言ってほしいんだ?」

「それは……」


 怒られると思ったか?

 振り込んだ金額がまだまだ足りないと、取り立ててほしかったか?

 あるいは正面から罵倒されたかったか?


「別に俺はな、ホロの失敗にあーだこーだと文句を言うつもりはない」

「う、うそです……っ! クエスト半月分以上の大金を、私のせいで失ったんですよ!? どこに怒らない人間がいるって言うんですか……!」

「いるんだよ、ここにな」


 俺はホロの頭をポンポンと優しく叩く。


「ツクバは甘い人間です……。甘々です……。大甘です……っ!」

「バカ言うな、俺はこれ以上ないってくらい冷酷な人間だぞ?」

「どこが、冷酷だって……言うのですか……!」

「人より感情が壊れてて、一番信じてるのが確率で、カジノから金をふんだくるクソ野郎だぞ?」


 俺の言葉にホロは「ふふっ……」と控えめに笑った。

 だから俺もつられて笑みを返す。


「もう無理して金を振り込むのは止めろ。俺はお前にそんな事してくれと頼んだ覚えはない」

「でもそれじゃあ、私の失敗が償えません……! 私のせいで失ったお金は、必ず……!」

「だからいいって。俺がそんなの求めてないって言ってるんだ。これ以上やるのは、お前の勝手な自己満足だぞ?」

「そ、そんな……」


 なぜか絶望したような表情でホロが囁やく。


「どうしてそんな顔をする? そこまでして俺に金を渡そうとする理由はなんだ?」

「……お金の切れ目が縁の切れ目だと、私は知っています。そうやって私の家族はバラバラになったから……。だからツクバに捨てられないために、私は……! 私は……っ!」


 なんとなくわかった気がする。

 ホロがどうして、カジノを憎むのか。

 この世界の標準と比べて、なぜ教育が行き届いてるのか。

 以前に言っていた、友達と思っていた存在がどういった相手か。

 きっとホロは箱入り娘なのだ。どこぞの貴族の。


「私はもう、いらない子ですか……?」


 ホロが上目遣いに聞いてくる。

 目尻に涙を浮かべ、見捨てないでくれと訴えながら。

 そんなホロに対して、俺が拒否などできようはずもなく――


「俺がいつ、ホロを破門にするなんて言った? 勝手に逃げ出しやがって、心配かけさせるんじゃねーよ」

「じゃ、じゃあ……!」

「お前はいらない子なんかじゃない。俺の大切な一番弟子だ。だからな……」


 ――戻ってこい、ホロ!


「……!」

「目標は達成してないぜ?」


 まだ、俺はホロをカジノプロに育て上げていない。

 まだ、ホロをカジノ好きに仕立て上げ、一緒に笑いあってない。

 だから、逃してなんてやるもんか!


「ツク、バ……ッ!」


 ホロが俺の胸に飛び込んでくる。これで二度目か。

 前回はただ受け止めるしかできなかったが……


「あっ……!」


 今度はしっかりと、ホロのことを抱き返す。

 この抱きしめる強さこそが、俺の気持ちだと言わんばかりに、ギュッっと……。

 それに応えるように、ホロも俺のことを強く、強く――


「カジノ内でそういった行為は、やめてほしいの」


 おい、空気読めよナーシャさん天然ボケウサギよぉ……!

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