第7話 カジノをやる理由
ディーラーが読み上げた番号。
それは俺が賭けた27にカスリもしない番号だった。
つまり俺の負け。
回収される多額のチップには目もくれず、俺はルーレット台を離れて舌打ちした。
「ちっ、外れたか」
「ちょっと待ったぁぁあああ!」
すろと我に返ったホロが、後ろからすごい勢いで俺に噛み付いてきた。
しかも俺につられて27に賭けた何人かも、ホロと同じように何か言いたそうな顔でコチラについてくる。
「なんだ?」
仕方なく俺は聞いた。
すると、これまた凄い威勢でホロがまくし立てる。
「なんだ? じゃないですよー! さっきの自信満々な態度は何だったんですか!? 私はてっきり27が本当に当たるのかと思ったのに!」
「確率的に37回に一回しか当たらないんだ。外れても何ら不思議じゃないだろ?」
「そうですけど! あの態度だったら当たると思うでしょう!?」
ホロの言動に、ウンウンと頷くギャラリー。
だが、俺は一つため息を
「あのなぁ……俺はそんな
数学を武器に論理的に儲ける――それこそがカジノプロだ。
だから今回外れることも想定の範囲内。
俺の必勝法は、イカサマなんていうセコい手段ではないのだ。
勝手に当たると信じてイチャモンをつけられても、俺としては肩をすくめる他ない。
「さあ散れ散れ! 俺にはやることがあるんだ」
シッシッと手を振って「どっか行け!」アピールすると、不承不詳って態度でしぶしぶ解散するギャラリーたち。
最後にはホロだけが、何も言わずにこの場に残った。
「一つ、教えてください」
「質問の内容によっては答えよう」
「今のプレイの中に、ツクバの言う必勝法はあったの?」
「あった。今日見たもの聞いたいものを振り返れば、引っ掛かりを覚えるはずだ」
逆に言えば、その引っ掛かりに行き着かなければ正解にたどり着くのは絶対に無理。
なぜならば、今のままでは決定的なピースが足りていないのだ。
だがもし……もしも、引っ掛かりにたどり着いたなら……俺は最後のピースを快く与えようと思う。
「もういいか? さっきも言ったが、俺にはやることがあるから行くぞ?」
「うーん……あっ、ちょっと待ってください! その用事って何ですか? すぐに終わりますか?」
「いや、すぐには無理だ。あいにく持ち合わせが全くなくてな、今日の飯代を稼がなくちゃならないんだ」
「なのにさっきの勝負で全財産を賭けたんですか!? バカなんですか!? バカなんですね!?」
ものすごい勢いでホロが罵倒してくるが、俺はそれらの罵倒を完全に無視した。
別に考え無しでやった行動ではないのだ。
外れたことに一抹の残念感は覚えているが、決して後悔などしていない。
俺は今日の飯代を稼ぐため、再度クゥーエ草の採取依頼を受注しにカジノを後にした。
♪ ♪ ♪
「なぜ付いて来る?」
「またカジノでツクバを待ってるのがイヤだからです」
「暇なんだな、友達いないのか?」
「とも、だち……? あぁ、そう思ってた存在がいた時期もありましたね……」
重っ!
なんなのこの子?
ちょくちょく言動が重いんですけど!?
「まあ付いて来るのはいいけど、ホロは冒険者ギルドに行ったことあるのか?」
「ありますよ。私だって冒険者ですし」
俺は意外感にとらわれて、思わずホロの身体に目を向けた。
ローブの上からでは正確な身体つきはわからないが、それでも女の子らしい華奢な身体つきであることは間違いない。
「なんですか? あまりジロジロ見ないで欲しいのですが……」
「あぁ、スマン。とても冒険者らしい身体つきとは思えなくてな」
「雑用系のクエストしかやってませんからね。そういうツクバだって、一端の冒険者には見えません」
「俺は薬草採取専門だからな」
「ということは、今から受けるクエストも薬草採取ですか?」
「そうだ」
俺が肯定すると、ホロは意外そうな顔を作った。
「冒険者って言うから、てっきりツクバもモンスターの討伐をするのかと思ってました」
「俺は死ぬ可能性のある仕事なんてゴメンだよ。安全に、効率的に、毎日しっかりとやることがある仕事でいいんだ」
「だから、カジノでリスクを楽しんでるんですね」
「は?」
「え?」
俺とホロは、互いに顔を見合わせた。
カジノでリスクを楽しむ……? あぁ、ホロはとんでもない思い違いをしているな。
「よく聞け、ホロ。いまさらお前に否定するつもりはないから言っておくが、俺はカジノプロであってギャンブラーじゃない。この違いがわかるか?」
「……いえ、わかりません」
「カジノプロってのは、数学を駆使して戦う者のことだ。緻密な計算のもと、攻め方・引き方・リスク管理までを行う頭脳派。対してギャンブラーってのは、確固たる勝利のビジョンを持たずに駆け引きを楽しむ狂人のことだ」
意外に思うかもしれないが、カジノプロはリスクを嫌う。
しかし考えてみれば当然のことなのだ。
貯金が無くなって嬉しい人間なんているはずもないし、まして生活もかかっている。
もし、一か八かの勝負に持ち込まれたら、カジノプロの選択肢は
「じゃあ、ツクバはなんでカジノをやるんですか?」
「チップを増やす快感が、堪らないからだよ」
俺は過去の思い出をホロに語った。
「初めて遊びでカジノに行ったときだ。
しかし、所詮はビギナーズラック。
そのことに、当時の俺は気づいていなかった。
「同じ戦術で挑んだ二回目……。前回勝てたのだから、今回も上手くいくと信じていた俺を待ってたのは、厳しい現実だった」
当たらないルーレット。
片寄るバカラ。
ディーラー無双のブラックジャック。
何をやっても勝てず、資金が尽きるのは一瞬だった。
「悔しかったねー、カジノがイカサマしてることを疑ったくらいには……。だけどそれで俺の心に火が付いた。チップを増やす快感は好きだったし、このまま負けたまま終わらせたくもなかった。死ぬ気で攻略して、カジノで飯を喰ってやる!……そう決意して、カジノに関係する全ての勉強に取り組んだ」
その結果が今の俺だ。
安定した収入とも、充実した福利とも無縁。
とても人にオススメできる生き方だとは思えない。
「でもな、楽しいんだよ。好きな時に好きなだけ、好きなカジノをやってられる。オフの日は確率の勉強。その成果をもとに、また少しづつ改良を重ねていくのが……」
「それが、カジノをやる理由ですか?」
「そうだ。この道を極めるのが楽しいから、俺はカジノプロを続けている」
と、そこで俺は閃いた。
俺とホロがカジノで出会ったのも、きっと何かの縁だ。
だからこそ……
「なぁ、ホロ。俺がお前に話しかけた時のことを覚えてるか?」
「もちろんです!」
「あの時のホロは、カジノを楽しめていたか?」
「それは……」
「ないだろうな。ホロは必死だったんだろうが、俺には死に急いでるように見えたくらいだ。だから声をかけずにはいられなかったんだし」
ホロは耳を赤くしながら聞いていた。
あの取り乱しは、ホロにとって恥ずかしい過去なのだろう。
「カジノってのは勝ったときはもちろん、負けたときも楽しめなくちゃダメなんだ。あの時の言葉をもう一度いうぞ?『カジノってのは娯楽だ、身を削ってまでやるものじゃない』」
「……大丈夫です、わかってます」
「本当か? なら、さっき閃いた目標を発表しよう」
「目標、ですか?」
「あぁ、目標だ」
俺たちは立ち止まり、面と向かいあった。
薄汚れた出で立ちとは対照的に、宝石のように綺麗なスカイブルーの瞳。そこから目を離さずシッカリと宣言する。
「ホロの価値観を変えてやるッ! お前はカジノを
新しく見つけた楽しみを……。
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