第2話 異世界での生活基盤

 騎士が教えてくれた道を辿ると、冒険者ギルドはすぐに見つかった。

 なにせ一番大きな通りに、他の建物よりもデカデカと建っているのだ。そりゃ目立つ。

 それでも三階建てなのだが、高層ビルのある地球と比べてはいけないよな?


「冒険者登録をお願いします」

「かしこまりました。コチラの用紙に記入をお願いします」


 ここには身分証になる冒険者カードを作りに来たわけだが、俺は無一文なので早急に金を作らなければ飢え死が待っている。

 なので空いていた受付で冒険者登録をちゃちゃっと済ませ、危険度の低そうな依頼を受注しようと考えていた。


「えーっと、ツクバ様ですね。名前以外の欄が空欄になってますけど、これでよろしいですか?」

「何か問題でも?」

「登録上の問題はありませんが、技能にあったクエストの紹介や、パーティーを組む上で不利になります」

「命の危険がありそうなクエストを受注するつもりはない。それでいい」

「かしこまりました。冒険者ランクについての詳細は?」

「必要になったら聞きに来る」

「ではコレにて登録は終了になります。良き冒険者ライフが待っていることを」


 どうやらこれで終了らしい。

 冒険者カードを受け取り、俺はすぐさま依頼が張り出されている掲示板へと向かった。

 選んだのは薬草の採取。

 報酬が多いのか少ないのかは正直わからない。


「これお願いします」

「はい。クゥーエ草はご存知ですか?」

「ご存じないです」

「そうですか、少々お待ち下さい」


 親切な受付嬢に差し出されたのはワラ半紙。

 そこには葉っぱのイラストが書かれ、余白には特徴が書かれていた。


「コチラがクゥーエ草ですね」

「なるほど。これ借りてっていいですか?」

「はい?」

「ですから、これ借りていいですか? あったほうが助かるんで」

「…………コチラの資料は持ち出し不可です。もし失くした場合どうするおつもりですか?」


 呆れたって態度をする受付嬢。そこまで呆れられること言ったっけ?

 ……あぁ、そうか。手書きだもんな。

 コピー機があるわけでもないだろうし複製も大変なんだろう。


「考えが至りませんでした」

「はぁ……。基本的にギルドにある資料は全て持ち出し不可になりますのでご注意ください」


 ということは全て覚える必要があるのか……。

 俺はクゥーエ草の資料を一言一句覚えるつもりで隅々まで見回す。

 特にイラスト部分は念入りだ。


「行ってきます」

「はい。持ち帰ったクゥーエ草は受付までお持ちください」


 俺は右手を上げてそれに応える。

 ぶっちゃけ楽勝だろう。

 危険な生物も近場には生息していないようだし、依頼の難度も最低ランク。

 これで失敗するようなら、この世界で生きて行くのは難しいだろう。


 冒険者ギルドに戻ってきたのは、それから七時間後のことだった……。




     ♪     ♪     ♪




「た、ただいま戻りました……」


 俺は採取してきたクゥーエ草を受付嬢に渡す。

 予想通り楽勝だった。

 なにせ最低ランクの依頼。子供でもできる失敗するほうが難しい内容。

 ただ一点、計算違いがあるとすれば……


「お疲れ様でした」

「ありがとうございます……」


 想像以上に疲れることだ。

 なにせ日本のように整備された綺麗な道ではない。

 そりゃもう歩きづらく、そんな道を片道三時間以上も歩くとなれば足にくる。

 しかも、だ。


「腹減った……」


 朝から何も食べていないのだ。

 そんな状態で歩きまくればどうなるかなんて明白だろう。


「報酬は現金でよろしいですか?」

「……現金以外に何かあるんですか?」

「カジノチップでのお渡しもございますよ。その場合は一割乗せになります」


 なん、だと……!?

 俺は受付嬢の言葉に耳を疑った。

 この世界にもカジノがあるのか! しかも報酬が一割乗せ!?


「一割も多く報酬がもらえるならカジノチップでもらうに決まってるじゃないですか!!」

「……えぇ、まあ、それでよろしいのでしたらカジノチップでお渡ししますが、その場合すぐにはカジノチップを現金に交換することはできませんのでご了承ください」

「……ん?」


 すぐに現金に交換できない?

 まさかあるのか……? 最低賭け条件が……ッ!


「もしかして、最低いくら以上賭けないと現金に変えられないとか……?」

「ご明察の通り、最低でも報酬の100倍を賭けていただかないと現金への交換ができません。もっとも、この条件は累積されるものではなく、カジノチップがゼロになった時点で条件は無くなります。それと、カジノへの入場料が数日間は無料になる特典がこざいますね」

「カジノに入場料!?」

「はい。カジノ内では通常よりも安くお酒を提供しておりますので、お酒だけを飲みに来てカジノをご遊戯いただかないお客様を排除する処置になります」


 なるほど……。

 納得できる理由ではあるが、21世紀のカジノプロとしてはカジノに入場料を払うのはちょっとした抵抗があるな……。無料が当たり前だっただけに。

 お酒に関してはタダでも飲まなかったので、有料になっていようがどうでもいい。


「確認いたしますが、カジノチップでのお支払いでよろしいですか?」

「いや、やっぱり現金でお願いします」

「かしこまりました」


 しかし、とりあえず今は現金だ。

 なにせ無一文だからな。カジノチップじゃお腹は満たされない。

 それに俺の知ってるカジノと別物の可能性もある。


「コチラが報酬になります」

「ありがとう」


 受付嬢から報酬の現金を受け取り、冒険者ギルドを後にする。

 いい加減に空腹が限界だった。




     ♪     ♪     ♪




 おはようございます。

 俺はいま、ワラの上にいます。

 なぜかといえば馬小屋だからです。決して人が一夜を過ごす場所じゃありません。

 察してください。


「ミジメだ……」


 健康で文化的な最低限度の生活を営む権利はどこいった!

 日本か……。異世界で通じるはずもないか……。

 それでも馬小屋は酷いと思う。

 しかも馬小屋だからか、となりの馬がデカイ顔してるのが気に食わない。

 まるでコイツの方が格上のようだ。


「今日もクエストを受けるしかないか……」


 残りの残金を考えたら今日も依頼を受けておかないと、どんなに節約しても明日の昼にはスカンピン。無一文に逆戻りだ。

 それはいただけない。

 意味不明なまま異世界で飢え死にとか冗談じゃない!


「おはようございます、ツクバ様」

「おはようございます。早速だけどこのクエストよろしく」


 今日も同じ受付嬢が健在だった。

 ついでに俺も、昨日と同じ依頼を受注した。

 どうやらこのクゥーエ草という薬草の採取依頼は常時発行されてるらしい。


「はい、今日も同じクエストをお受けになるのですね」

「まあ要領もわかったし」

「そうですか。あまり人気のないクエストなので、定期的にやっていただけると助かります」


 これハズレクエストなのかよ……!

 ということは、もっと割のいいクエストがあるってことか?


「へぇ……ちなみに人気のクエストは?」

「ツクバ様のランクですとゴブリンの討伐でしょうか」


 おぉ、ゲームでもお馴染みのゴブリンか!

 緑色の小人で、雑魚キャラとしても有名だな!


「と言っても、上のランクに行くと見向きもされなくなるクエストですが」


 そりゃそうだろうなぁ……。

 もっといい獲物が上に行けばいるだろうし。

 しかしゴブリンの討伐か……異世界に来たことだし、いつか挑戦してみたいところだな。


「ありがとう。とりあえず今日もクゥーエ草採りに行ってくる!」

「はい。お気をつけて」


 受付嬢に手を振って冒険者ギルドを後にする。

 それから向かう先は道具屋だ。

 昨日はお金が無かったので立ち寄らなかったが、せめてクゥーエ草を入れる袋がほしいと思っていたのだ。

 適当な麻袋を見繕い、その足でパン屋で黒パンを買うと所持金がゼロになった。


「大丈夫……ちゃんとクエストを達成すれば……」


 所持金ゼロの不安を抑え込んで出発する。

 あるのは麻袋に入れた黒パンが一つだけ。なので朝ごはんは無しだ。


 昨日は道に迷いながらで時間もかかったが、今日は道も覚えていたので昨日よりも時間がかからずに済んだ。

 黒パンを食べてからクゥーエ草の採取を開始する。パンはただただ硬かった。

 ほどなくして十分な量を収穫できたので冒険者ギルドへと戻る。


「ただいま戻りました。クゥーエ草です」

「お疲れ様です。確認しますね」


 ギルドに着いたのは日が沈みかけてきた頃だ。

 出発が遅く、道にも迷った昨日は完全に日が沈んだ後の帰還だったので、今日は余裕があったと言える。


「今日も現金でお願いします」

「かしこまりました。ツクバ様はカジノはやらないのですか?」

「うーん、興味はあるんだけどねぇ……」

「でしたら一度は見学してみてください。冒険者は一回だけ入場料が免除されますので」

「そうなの?」

「えぇ。その場合は一度ギルドに寄ってくださいね。無料券を発行しますので」


 ふむ……。

 お世話になるかもしれないし、早めにカジノは見ておくか……。


「だったら今すぐお願いします。ご飯食べた後に行ってくるので」

「かしこまりました。少々お待ち下さい」


 しばらくして渡されたのは、冒険者カードと同じ何かの金属で出来たカードだ。

 これをカジノ場に入る前に受付へ渡せばいいらしい。


「カジノはギルドを出て左手に行きますと、大きな建物がございますのですぐにわかるかと思います」

「わかった」


 さて、異世界のカジノはどんなものかねぇ?

 屋台で串焼きを数本と、焼きそばっぽい何かで腹を満たしてからカジノ場へと向かう。

 若干の期待と、自分の知識が通用するかの不安を背負って。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る