#4


【ペッチペチ親子】



 古い民家があった。

木造で、立派な造りではあるが、充分に手入れされているとは言い難く、時間というものが如何に上手く風化や荒廃というものをもたらすのかを証明していた。

 古い民家には、小さな庭があった。地面を覆いつくすように雑草が生えている。雑草は逞しく根を張っているのに対し、アマリリスは僅かに咲いた花を茶色く枯らし、古い栗の木は夏の台風で重傷を負っていた。その下で、いきり立つ革命軍のような雑草は群がっていた。

 夕日はその物語を演出して、今日の夜を迎える準備をしていた。


 あるオンボロの民家に女が侵入した。いや、帰ってきた。俄かには信じ難いが、そのボロ家には住人がいたのだ。証拠に、家の中は、その外観ほどには荒れ果てていなかった。

 昼には掃除機の音が聞こえ、夜にはテレビの光が淡く窓に映った。

 秋は過ぎ、冬になろうとしていた。雨の無い時期だった。風は乾き、雨戸を揺らした。雨戸を揺らした風は、年月がこじ開けた壁の隙間から屋内に割って入り、仏壇に供えてある数輪の仏花を揺らした。

 仏花は頭を垂れ、茶色く枯れていて、その仏花が見つめる先では、家主である老婆がキッチンでおたまを手にしながら死んでいた。

 死というもの。

 死というものに、何通りの表現方法があることだろう。

 死ぬ、果てる、絶命する、昇天する、臨終する、逝く、他界する、息を引き取る……。

 ところで、そんな死とは縁遠い存在がいた。妖怪だ。長くこの家に住み着いていた妖怪がいた。ペッチペチ親子という、親子でワンセットの妖怪だった。ペッチペチ親子は夜中、人が寝静まった頃に現れて、ペチペチと音を鳴らす妖怪だった。母親が鳴らしたときは大きめのペチペチ。娘が鳴らすときは、可愛らしい音でペチペチと鳴った。

 ここら辺で一番古い民家だった。柱のいくつかはシロアリにやられていたし、大黒柱が数ミリ傾いているために、全体のバランスが崩れ、この先誰かが住み続けるには危険すぎる状態となっていた。耐震も何もあったものじゃない。

 親族と不動産屋とが話し合い、取り壊しが決定した。土地は売却。半年の内に買い手が無ければ駐車場となる予定だった。

 ペッチペチ母さんは悩みを抱えることとなった。一介の妖怪といえども、自分の住処が無くなることに鈍感ではいられない。

 一方で、娘は今日も、庭で元気に遊んでいる。ケンケンパに手まり歌。娘の笑い声が聞こえる。ペッチペチ母さんの胸は痛んだ。昔は良く、娘も近所の子供たちと遊んでいたものだ。今は過疎化に高齢化、物騒な外来妖怪も蔓延っている。あの子にとっての環境は、年々悪くなっている。そこの追い打ちとして、家の取り壊しが決まったのだ。

 悲しみに苦しみ。先の見通しが立たない不安。その渦中で、このまま取り壊しを待っている手は無かった。


行動しなければ。


外は暗くなり、娘も家に帰ってきた。

夜が来た。

空っぽの家、静寂の夜。数時間に一度、ペチペチという音だけが、不気味な廃屋に響いた。

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