第30話 生活

 働いていた十年間はあまり自炊をしなかった。プライベートの時間まで料理をしたくなかったのだ。その代わり少ない給料をやりくりして有名飲食店に出向きメニューや味、接客の勉強をした。

 毎日の仕事のストレスと、夜寝る前のスタッフとの宴会による暴飲暴食で生活は荒れていた。三十を過ぎてからは新陳代謝が減って痩せにくくなった。それでも食べる量は減らないのでぶくぶく太っていった。

「お前、太ったな。仕事してないんじゃないの? 」

 二軒目で働いていた大将に言われ、怒りと危機感を抱いてダイエットに励んだ。三ヶ月で十キロ痩せることに成功したが、無理な減量で体力も落ちていたのだろう。色々な事が重なり過ぎていたのだ。今となってはどうでもいいことだが......


 家族の夕食を作ることになった。久しぶりにスーパーに行くとあまりの情報量に目がチカチカする。鶏白湯とりぱいたんの鍋に決めた。土鍋に材料とスープを放り込んで煮るだけなので簡単だ。たらの白子は直前に入れて火が通りすぎないようにする。「家族と鍋をつつく」数日前までは考えられなかった。修行時代の悪癖で早食いだったがこの機会に改めるようにしたい。ゆっくりと咀嚼して味わう。しかし長年の習慣はなかなか治らない。


 料理、洗濯、掃除と主夫をしている。少しでも身体を動かすようにしたい。


 役所で転入届を出して十年ぶりに地元市民に戻った。住民基本台帳カードを持っていたので手続きに使ったが、二年後には廃止してマイナンバーカードに統一するらしい。そのせいかやたら処理に手間取ったのでいらいらする。


 今回の失踪で使ったお金が約七〇万円。家賃、電話代その他諸々合わせると約百万円だった。将来に備えて死に物狂いで貯めたお金だ。馬鹿すぎる。


 一月二十五日、早朝に家の前の雪かきをした。四ヶ月ぶりの運動で心地よいが二日後に筋肉痛になった。


 一月二十七日、上京する前夜。父親が言う。

「心配ないとは思うけど東京で人に会って、深刻な話になって落ち込まないようにしろよ」

「......夜に連絡するよ」

 素っ気なく返した。明日再び東京へ。

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