第6話 鬼神丸1

深川から八丁堀に向かって、永代橋を渡る

一人の浪人がいた。

時はの四の刻。すでに人通りは無く、辺りはしんとしている。

橋を渡りきる直前、その浪人は殺気を感じた。

彼の視線の先に一人の人影が見える。

その姿は侍のようだが、顔は見えない。

今宵こよいは半月。かすかにも人相は浮かぼうというもの。

しかしその人影の人物は、頭巾づきんをがぶり、目元しか見えない。

その人影が先に言葉を出した。その声は頭巾にさえぎられて

くぐもっている。


「そのほう、風間真道流師範かざましんどうりゅうしはん松本佐平殿まつもとさへいどのとお見受け申す」


「おぬしか。昨今、世を騒がせている辻斬つじぎりは」

松本佐平は問いただした。


「いかにも。だがただの辻斬りではない。そのほうのような

 剣客しか斬らぬ」


「剣の斬り合いなら、名ぐらい名乗れ」

松本佐平の両眼が細くぎらついた。


「拙者の名は、鬼神丸」


「鬼神丸だと!その名は・・・」

松本佐平の言葉も終わらぬうちに、

鬼神丸と名乗る男は、鞘から刀を抜き、

下段に構えた。


松本佐平も反射的に抜刀する。

その勢いで鬼神丸に斬りかかった。


「風間真道流の太刀をかわせるか!」

松本佐平の怒号が闇夜に鳴り響く。

その必殺の上段の刃は、鬼神丸を的確に捉えた。

鬼神丸も微動だにしない。

松本佐平の剣が、鬼神丸の頭を断ち斬ったかと見えた

その刹那せつな、鬼神丸の刀が動いた。


下段からすくい上げるように剣を斬り上げる。

松本佐平の剣と鬼神丸の剣が火花を散らして、

十字に交差した。

次の瞬間、鬼神丸の返す刀が、松本佐平の上段に

振り降ろされる。

松本佐平の左肩から胸部に渡って、斬り裂けられた。

血しぶきが夜空に浮かぶ半月を赤く染める。


「おのれッ・・・!」


松本佐平は歯を食いしばりつつ、その場に倒れた。

そのむくろそばには、松本佐平の剣が先端から一尺半ほど

断ち折られ、永代橋の橋板に突き刺さっていた。


鬼神丸は、ふところから紙を出すと、刀から血のりを拭き

その場に捨てた。そして刀をさやに収めると闇の町に

姿を消した・・・。

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