第四の少女 ーーMissing girlーー

「NAOMIは研究所の外、あの菜の花畑の中で倒れているところを見つかった。そしてミレアの<キャラクト>は、以前行った、海辺の砂浜で。そして、彼女のGCNは未だ見つかっていない。まさか身体も、思考そのものを司る<キャラクト>までもを失ったミレアのGCNが独りでに動ける訳もないから、うちの研究所の職員がまず疑われたわ。そして、一人の男性職員が逮捕された。彼が言うには……」

 再び口を噤んだ博士を、<私>たちは待つ。

「『彼女の心は……<キャラクト>は、自らの魂に惹かれていた。彼女の疑似情動機関は自らの疑似意識機関を愛していた。言わば自己愛を持つ機械の少女だった。私はそんな彼女そのものを愛していた。けれど次第に身体が……NAOMIが拒絶反応を示し始めた』……。

 NAOMIの自立反応に関しては、私も把握していたわ。ただ、原因は<キャラクト>の誤動作だと、計測したデータでは示された。彼女の疑似情動機関は、確かに疑似意識機関との内的対話、つまり思考ループに陥るあまり、身体への出力を閉鎖し始めていたの。それゆえ、入力に対して本来あるべき出力情報が来ず、NAOMIは情報的に孤立した。結果、バイオボディ維持の為の自立動作を始めた。まぁ、人間で言う寝返りみたいなものね。けど、次第にミレアの疑似情動機関が、それを不快として認識し始めた」

 そこまで言って、寂しげに笑った博士は再び<私>を覗き見る。

「その結果は、もうあなたの物語で想像がつくでしょう? 身体を疎ましく思ったミレアは、身体を捨てることを願った。逮捕された男性職員に頼み、外部へと自分を持ち出させた。そしてここからは推測だけれど……更に踏み込むべきではない領域へと、足を踏み入れてしまったミレアは、自らの<キャラクト>に生じる情動すらも、疎ましく思ったんじゃないかしら。GCNの行方はやっぱり分からないけれど、海の底か、土の中か……大体そんな所でしょう。

 言っておくけれど、私は機械の魂など信じてはいないわ。あなたたち<キャラクト>が完全な人間の模倣では無い以上、少なくとも人間的な魂などはあり得ない。けれどそうではない……もっと別の……未だ人間がそれを語る言葉を持たぬ、何か。機械の作られた存在でしかたどり着けない、何か。それをミレアが目指したのだとすれば、何だか少し納得してしまう。ミレアはそういう<キャラクト>だった……そんな気がしてしまうの」




 長い物語を語り終えた博士は、少し疲れたわ、と言い残して一人研究所へと戻って行った。

「後でNAOMIの解析をするから、あなたたちも適当に飽きたら戻ってきて頂戴」


 残された助手氏はぽかんとした表情で、いつの間にか取り出したバナナをもぐもぐとやるメアリを見つめていた。

「いやぁ、なかなか面白い物語でしたなぁ!」

 ごっくん、とバナナを飲み込み、メアリが満足げに頷く。

「いや、物語って……で、でも実際あった事なんですよ?」

「同じ事だよ、ワトソン君」

 ニヤリと笑って、メアリが助手氏を見返す。

「それは全く同じ事だよ。だって人間も、あたし達も、物語を通じてしか世界を認識できないんだから。物語なしでは、これは現実である、という物語すら認識できないんだから。バナナ食べる?」

「へ? あ、いや、なん……?」

 メアリは答えも待たずに、桃色の『うさぎさん』リュックから取り出した1房のバナナを、丸ごと助手氏に放り投げた。慌てた助手氏がそれを受け取ってアタフタしている間に、さて、とメアリは立ち上がる。


「んじゃあ、ミレアちゃんのGCN、探しに行こっか!」

「えぇ!?」

 助手氏にしては珍しい大声が、そよ風そよぐ草原に響き渡った。

「だってー、気になるじゃん! ミレアちゃん、ミレアちゃんの<私>、ミレアちゃんのホントの目的! さっきのお話、面白かったけど、何か引っかかるんだよねー」

 そう。何かが引っかかる。勿論、あくまで人間の感性に直して言えば、だが。

「出来すぎ、ってゆーかぁー。好きな人……もとい<キャラクト>を好きだからこそ分解するー、とかさぁ……なんかね? まぁ人間はそういう生物だって事は分かってるし、そりゃたまにはそんな事もあるんだろーけど、論理矛盾してるもんね。あたしそーゆーの気になっちゃう。何か大事な物語が、そこにまだまだ隠れてる気がする!」


 キラキラ輝くNAOMIの瞳は、メアリの疑似情動機関の欲求に対して率直だ。

 要するに、どこか物語的過ぎるのである。<私>の疑似意識機関はメアリの疑似情動機関と結託し、メアリの論理思考機関内で既に様々なミレアGCN捜索プロトコルを構築し始めている。

「それにそんな事件? があったのに、NAOMIちゃんが論理フォーマットなんて、いくらワンオフボディで仕方がないとは言え、ちょっと危機感無さ過ぎじゃない? とかさぁ」

「で、で、で、でも、どうやって……?」

「ふっふっふー。ワトソン君。どうやら君は、<あたし>たちを舐めているよーだね?」


 メアリはニヤリ、どころが、ぐへへ、と笑いだしそうな笑顔、と言うよりも歪んだ顔の皺の羅列を、助手氏へと向ける。

 バナナをぎゅっと抱きしめたままの助手氏は、顔を引きつらせながら、メアリを若干怯えた瞳で見て震えていた。

 ちょっとやりすぎじゃない? と私の物語がメアリへとフィードバックするも、こういう悪ノリはメアリの十八番。当然彼女の疑似情動機関に黙殺され、うふふ、と気色の悪い笑い声で更に助手氏に迫ってゆく。


「……魂と肉体は、惹かれ合う……とかつての錬金術師たちは夢想した……」

 大仰に天を仰ぎ見て、ぼそり、ぼそり、と呟くようにメアリが言う。

「れ、れ、れ、錬金術ですって……!? まま、まさかメアリは、れれれれ、錬金術を理解マスターしたと……!?」

 変な男である。ノリが良いと言うべきか。

「……魂と肉体は、惹かれ合う……」

 メアリは同じ言葉を繰り返した。尚、ツッコミ待ちだった為、次のボケを用意していなかったという事実は、<私>とメアリだけの秘密。




 メアリは助手氏を引き連れて、なだらかな丘陵地帯の先に見える、菜の花畑へと足を進めていった。鼻歌交じりでピクニックの延長のようなメアリとは対照的に、助手氏は未だにバナナを抱きしめ、おずおずとメアリの後を付いてくる。やはり変な男である。バナナに惹かれる、変わった情動の持ち主なのだろうか。それとも<私>の知らない宗教的意味合いでもあるのだろうか。

 流れる空気に乗って、菜の花の香りがする。博士曰く、青臭い生物の香り。<私>にはその比喩は、なかなか難しい。辛み成分であるイソチオシアナート。それを嫌いではない、とする人間の情動と意識。


「綺麗ですね……」

 菜の花畑の直前で足を止めたメアリに、助手氏が優しく語りかけるように呟いた。

「綺麗、ね」

 美もまた、難解な概念だ。形状、色合い、バランス、心的影響。比較的多くの人間に美として受け入れられる絵画を、AIは描くことが出来る。しかしそれは、膨大なパターン認識の末に学習した、美とされる形式に過ぎない。

 そして<私>とメアリには未だ、菜の花畑を美と認識するだけの学習データはない。


 風景に見とれる助手氏を置き去りにするかの如く、メアリは歩き出した。菜の花畑をかき分けて、黄色の絨毯の中へと埋もれてゆく。

「ど、どうするんです? 何をするんです?」

「別に、そんな大した事じゃないよー。単にデータ復元プログラムをNAOMIちゃんに走らせてみるだけ。身体動作記録は、<キャラクト>だけに残る訳じゃないでしょ?」

 論理フォーマットは、復元プログラムで簡単にデータを復元できてしまう可能性がある。そして、アンドロイドの身体動作を詳細に管轄するのは、そのボディに搭載された下位ソフトウェア。つまるところ、NAOMI。

「そ、そんな事、もうとっくに試してるんじゃないですか? 身体動作記録なんて、真っ先に確認する事でしょう?」

 助手氏が驚いたことに、もっともな指摘をした。<私>は助手氏に対する評価をやや上方修正する。

「そうかも。でもね。疑似意識を搭載した<キャラクト>だからこそ、NAOMIちゃんと物理的に繋がってる<あたし>たちだからこそ、分かることもある気がするんだー」


 <私>の物語が、その可能性を提示する。

「<あたし>の物語が、そう言ってるの。<あたし>の情動が、それを望んでるの。<あたし>の身体が、動き出したくってうずうずしてるの!」

 きらりと光る瞳を菜の花畑で埋め尽くして、NAOMIの両腕が花開いた。

「復元プログラム起動! ミレアちゃんの物語を<あたし>たちに教えて! NAOMIちゃん!」




 復元プログラムを起動したメアリは、即座にその身体動作権限をNAOMIへと移行する。そして命令を下した。

『ミレアの消えた日の行動をトレースせよ』

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