4. 久手、詰問する

 混乱した写真部を尻目に、僕は自分のクラス――一年三組に逃げ込んだ。しゃがんで机の陰に身を隠し、じっと息を潜める。


 と、クラスに居残っていた女子二人が僕に声をかけてきた。


「五十猛君、どがぁしたん?」


 僕は人差し指を口元にやって、しいっと合図する。当の女子生徒は「んー?」と何事が起きているか理解していない。してないのが当たり前といえば当たり前だけど。 と、しばらくして写真部の一人がクラスに入ってきた。静間という二年生だ。


 来た、僕は更に縮こまる。


 そして頃合いを計ってバッと立ち上がりざま、写撃を加える。


「!」


 速射三連発だったけれど、ミスショット。散り散りとなったのは静間の袖だけだった。


 互いに立ったまま対峙する。


「……」


 相手は一眼レフだ。位相差オートフォーカスはZX300より高速レスポンスを誇る。どうやって対処すればいい?


 だけど、すぐに対応策は見つかった。


 相手がファインダーを覗いた瞬間を狙い撃ちすればいいんだ。


 僕のZX300は基本コンデジと一緒だから、ライブビューで確認しながらシャッターを切ればいい。


 一眼レフのオートフォーカスは高速だけど、ライブビューを見ながら撮影するのには不向きな仕組みでもある。


 よし、そうくれば――。


 相手が動くその直前を読み、レンズを向ける。


 速射三発が今度は確実に静間の身体を捉えた。


 プラス補正でジャージの上着が――


 補正ゼロでTシャツが――


 マイナス補正でジャージズボンが散り散りとなった。


「…………」


 恥辱に耐えながら半裸で立ち尽くす静間。どんなもんだ!


 ビキニパンツを目の当たりとした女子たちの黄色い悲鳴が心地よい。


「五十猛君、水泳部水泳部!」


 うちの水泳部ってイケメン揃いだったか?


 それはともかく、この上ない辱めに打ち震える静間を独り残して僕はカメラを女子二人に向ける。


「きゃ――――――――――っ」


 今度は女子たちの悲鳴が教室にこだました。


     ※


 一眼レフもライブビュー撮影はできる。ただし、それはミラーアップした状態で撮影することになるため、撮像面で測距可能なコントラスト・オートフォーカスが用いられることが多い。


 大抵のレンズは位相差オートフォーカスに特化したもので、コントラスト・オートフォーカス特有のウォブリング――レンズを前後に動かしてピントの山を探ること――ではレスポンスが著しく悪化してしまう。


 撮像面で測距する像面位相差オートフォーカスという新技術もあるけれど、それは生憎と写真部の部員たちのカメラには未搭載だった。


     ※


 戦いは隣のクラスへと移った。


 今度は二年生の鎌手という部員を相手に戦う。


 何の用事か、隣の四組にはまだ生徒たちが大分居残っていて、彼らを巻き添えにしつつ戦うこととなった。


 一方の男子は的から写撃を逸らす障害物扱いで、僕も鎌手も互いに身を隠し合いながら撃ち合った。


 突然着衣が消し飛んで男子たちは混乱していたが、中には冷静な奴もいた。


「伏せろ! みんな床に伏せろ!」


 そう警告した彼自体は自分が的となってしまい、上半身が丸裸となってしまった。


 女子たちは壁際に寄って震えながら写撃合戦を見守っている。


 そうやって撃ち合っていると、ガラリと扉を開けて久手さんが入ってきた。


 どうして補習科の久手さんがここに?


 補習科は校舎とは離れた建物――白いのでホワイトハウスと呼ばれている――で授業を受けているはずだった。とすると、騒ぎを聞きつけてここまでやってきたのか?


 見ると、多伎さんもドアの外側からこちらを覗いている。


「タケ――」


 鎌手という写真部員の前に進み出た久手さんは周囲の混乱には一切気を留めず、こちらに寄ってきた。


 既にかなりの数の男子が犠牲となっている。


「邪魔だ、どけっ」


 そう鎌手が避けんだが、久手さんは耳を貸さない。


 やむを得ず鎌手はこちらを撃った。ちょうど僕らの間に挟まるかたちとなったので、久手さんは背後から狙い撃ちされる形となってしまった。


 一撃で上半身の上着が――


 二の撃でズボンが――


 三の撃でボクサーパンツまで消し飛んでしまった。


 全裸となった久手さんだが、いっさい構わずに僕の許へと歩み寄って来る。


 元陸上部で体脂肪率の低い久手さん。腹筋が見事に割れている。謎のフレア光が久手さんの股間を隠す。


「???」


 全く動じない久手さんにあっけにとられたか、鎌手は思わず写撃を止めてしまった。


 その間にズイとにじり寄る久手さん。


「……タケ、貴様なぜ女子を狙わん?」


 あんたが言いたいのはそういうことかッ?


 確かにポートレート写真こそが写撃の本懐と言えよう。だが――


 ならば答えよう。僕は天井を指さした。


「天が……俺を見てる」


 久手さんも天を見上げた。二人の視線が上を覗く。え? こっち見るな?


 しばらくして、こくりと頷く。


「分かった、。好きにしろ」


 そう言って久手さんは全裸のままスタスタと来た道を引き返していった。慌てて多伎さんが上着を脱いで久手さんの腰を覆う。


 女子たちは一同、固まった表情のままである。


 その間にバトル再開、一瞬の虚をついて写撃が鎌手に命中した。


 写撃を受けた鎌手は身体をくの字に折り曲げながら吹き飛ばされた。白ブリーフ一丁となった姿で机と椅子をなぎ倒しながら壁際まで後ずさる。


「くそっ、正確に股間を狙ってきやがる!」


 そう喚き散らす鎌手を後に、僕は教室の窓を開けると、サッシを飛び越えて中庭に躍り出た。

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