3. 五十猛、蛇に遭遇する
更に進み、茂みの脇を通っていく。途中、茂みの中に入る小さな坂がある。そこを上がると、木立に囲まれた中に閻魔大王の
「ここが
ってことは昼でもなお薄暗いここが境界なんだ。目には見えないけれど、あっちとこっちを分かつ境界線があることになるんだ。
由佳ちゃんが十王堂に入った。十王堂自体は簡素な建物で、壁は錆びたトタンが使われている。
「閻魔さま」
そう由佳ちゃんがつぶやく。どれが閻魔さまなのだろう?
僕はZX300の内蔵フラッシュをポップアップさせて写真を撮りはじめた。
閻魔大王たちの眷属たちを描いた仏像。といっても外見はお地蔵さんと左程違ったところがあるようには見えない。
どうぜなら一つ一つの仏像を撮っておこう。
純さんも由佳ちゃんも自分のカメラを取り出した。純さんのはGPS付きのコンデジで、由佳ちゃんのは何と3Dカメラだった。驚いた僕はちょっとのけぞる。
そうだ、ついでに純さんと由佳ちゃんの写真も撮っておこう。僕は声をかける。
彼女たちは快く応じてくれた。
十王堂から外に出ると、純さんが奥を指差した。
「あれが塞の神さま」
そこはこちらより一段高い位置にあり、木が茂った向こうに小さな祠が姿を覗かせていて。向こうに行くには茂みの生い茂った中を上がらないとならず、ちょっと骨が折れそうな印象だ。
僕は再びZX300を取り出し、レンズをズームさせて再び写真を撮り始めた。
フラッシュの電源をチャージするのに少しだけ時間がかかる。
振り返ると、由佳ちゃんは市の教育委員会が建てた標識に書かれた解説を読んでいた。
「あ、塞の神さまは神道で、十王堂は仏教なんだ」
由佳ちゃんの言葉に耳を傾ける。この場では仏教と神道が共存していることになる訳だ。
「へえ、知らなかったよ」
「私も」
由佳ちゃんはそう言って、白い標識の写真を撮っている。3Dで撮っていいことがあるのだろうか?
純さんは、塞の神の祠に近づけないか茂みをかき分け悪戦苦闘している。
その純さんがキャッと声を上げた。
「どうしたんです?」
「あそこ、ほら」
純の指差した方を見やると、茂みの向こうで一匹の蛇がこちらを向いていた。だけど、蛇はこちらに気づいても逃げようとしていない。むしろこちらを威嚇している。
「人を恐れない。マムシだよ」
純さんが言った。マムシなら余計に気をつけなくてはいけない。刺激して咬まれでもしたら一大事だ。
僕はそのえんえんとうねった胴体を写真に収めようとしてカメラを向けた。けれど、なんとなく気圧されている気がして、構えをすっと解いてしまった。
「ここの主かもしれないですね。退散しましょうか」
「そうしましょ」
それで才ヶ峠訪問は終わりとなった。
帰りは来た道をひたすら西へと歩き続ける。残暑の厳しい折、むんむんと熱気の立ち込める中を引き返していく。
車たちが僕らをどんどん追い越していく。
「それにしても蚊が酷かったですね」
腕のあちこちを咬まれている。
「うーん……夏は避けないと駄目か」
純さんが唸った。
「それはそうですよ」
由佳ちゃんが応える。一応虫除けのスプレーは用意してあったけれど、それでは追いつかなかった。
「ま、休日はこうやって歩いてる訳」
純さんが僕に向かって言う。
「それで歩く文芸部ですか」
地道な活動だな。部室に籠ってただひたすらに本を読んでいればいいと思っていたけれど、案外ポジティブな部活動だった。
純さんが瞳を輝かせた。
「だって、ほら自分たちのすぐ傍にファンタジー空間があるんだよ? 体感しない手はないでしょ」
「ファンタジー?」
「塞の神さまは境界を守る神さまでしょ。あそこは日常と非日常が交差する空間なんだ」
「それで……、それが文芸の何の役に立つんです?」
純さんが書きたいのは和風ファンタジーだろうか?
すると純さんはギョッとして視線を逸らせた。
「い、いや……。別にファンタジー書きたい訳じゃないし……」
いや、書きたいんでしょと突っ込みたくなる。
「題材はあるんだよ。万葉集とか神楽とか」
由佳ちゃんがすかさずフォローする。そう、石見地方は神楽が盛んだし、万葉集の舞台でもある。
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