春 ~ 頭も心も軽い日々~

エターナルフォース魔王さま

 花が咲いていた。

 というのは、割とありきたりな話である。買い出しにスーパーに行った帰り道、よくとおる遊歩道わきに白い小さな花が咲いていた。この世界の花には詳しくはないから、それがどんな名前をしていているのか、どんな願いが込められているのか。そんなことは分からなかったが、無邪気な花弁は、季節の移ろいを俺に感じさせる。少なくとも、冬は遠ざかったのだ。花は、そんな季節の変化を祝福しているように感じる。

 花でも買って帰るか。

 珍しくそんな気持ちになったのは、小春日和の陽気に少し浮かれたせいでもあり、……最近少し落ち込み気味な魔王さま(レイラ)を元気づけたいと思ったからだった。

 いったん家に帰り、荷物を置いて。自転車にまたがり、近所の商店街へ。すれ違う人にあいさつしながら、日常会話をしながら。……たどり着いた花屋では、俺が想像していた以上にいろんな花があり、俺はすこし辟易してしまう。元居た世界には、こんなにいろんな種類の花を見たことがなかった。



「プレゼントですか?」

 エプロンをして、手袋もつけたままの女性が、俺に問いかけた。俺はうなずいて、迷っている旨を伝える。花の良しあしも、価値も、俺には分からない。こんなに種類があると、いったい何を基準に選べばいいのだろうか。


「相手のことを思うんです。そして、相手の方が喜ぶ姿を想像して。

 かわいらしい方ですか? それとも、元気な方ですか?」


 俺はレイラのことを考えて。


 両方です、と答えた。


「ふふ、そうですね」


 花屋の女性は笑って、俺に花をいくつか見繕ってくれた。




 


 休日のレイラの起床は遅い。というのも仕事が長引くからで(この世界の人間は約束の時間をよく破るみたいだ)、もともと低血圧な彼女は、朝はゆっくりしていたいらしい。その上この時期になると「送別会」とやらが開かれるから、レイラは昨夜、遅くまでお酒を飲んできたみたいだった。

 寝室の襖をあけると、ほんのりと酒臭い。……けれどそれを口にすると、レイラが急いで風呂にかけこむから、できるだけ顔に出さないようにして――、布団でも干そうかと思って掛布団をめくると、そこには居るはずの彼女が居なかった。それに触ると敷布団は冷たく、酒のにおいが微かに残されている程度。珍しいレイラが、こんなに朝早くから――。

 と思うと、彼女は寝間着のままベランダに居た。腕の上に体重をかけ、ぼんやりとどこか遠くを見つめている。2時の方向に寝ぐせはついているし、どこか具合が悪そうだ。二日酔いなのかもしれない。治癒魔法でもかけましょうか、と俺が近寄ろうとすると。

「エターナルフォースブリザード!(永久凍土呪文)

 効果、空気中の温度を絶対零度まで下げることで、生物はすべて死ぬ」


 まおーさまが、左手を顔面にあて、何事やらをつぶやいていた。


「……何やってるんですか。

 あなたが言うと冗談にならないんだから、やめてくださいよ」


 永久とまではいかなくても、絶対零度に下げる魔法ぐらいは、使えたかもしれない。なにせ一国の魔王さま。世界を陥れる魔法は朝飯前である。

「私は手に入れたのだ」

「何をです?」

「永遠の美しさ」



 ……。

 あと、1000年ぐらいは老けないでしょうけど。


「いいですか。この世界にはやっかいな病が流行っていて、成人する前に必ず一度はむしばまれるそうです。そしてその病が完治せずに大人になってしまうと……命を落とすと言われています」

「おそろしいな。魔法も発展していない世界では、そんなことが起きるのか……」

「その名をチュウニビョーというらしいです。

 思春期特有の、「ちょっと背伸びした言動」を後々引きずってしまうそうですよ」

「ふむ」

 レイラは座椅子に座り、ふんぞり返って、

「ま、私には関係ない話だ」

 と言って哄笑した。

「……違いますよ、そのままでしたよ」

「ん? 何がだ」

「さっきのレイラの言動が。チューニビョー患者の言動とぴったり一致してましたよ」

「そ、そんなわけないだろう。

 さっきのは素だぞ! 確かに氷結属性は得意じゃないが、凍死魔法(デスブリザード)ぐらいなら私にだって扱えるぞ! それに元は魔王なんだから、何もおかしいことはないはずだ!」

「そりゃそうですけど」


 そりゃそうですけど魔王さま。

 素なら素で痛々しいし。

 使える魔法も、「そのもの」過ぎて痛々しいし。


「それにしたって魔王さまだって思春期は終わったんでしょう?」

「思春期というのがないからよくわからないが。

 肉体的な成長期、という意味なら今だぞ」

「え!」

「何を驚いている。魔族の寿命はだいたい3000年ぐらいだからな。それ以上長く生きるやつも居るが、大抵は飽きて死ぬ」

「飽きる?」

「魔王になってみたり、勇者と戦ったり。だいたいその辺までやると、次になすべきことを見つけられなくなって、気が付いたらぽっくり、と。うちのじい様もそうだった。私が独り立ちしたのを見届けてからすぐだったな」

「魔王さま、思春期だったのか」


 するとレイラは少し、不機嫌そうな顔をして、

「だからいっただろう。魔族的には結婚適齢期だと」


 そりゃあ言いましたけど。


 「魔族的に」とか言われても、分からないじゃないですか、そういうの。そもそも魔族の知り合いなんか居ないわけですし。まさかトップといきなり知り合うとも思いませんでしたし。

「それじゃバリバリの思春期じゃないですか」

「ふむ。うちの父親も昔は「生ける屍沼」というよくわからん土地を作ったりしていた。

 たどり着いた人間を食べる沼のモンスターで、食べられた人間の魂もモンスター化して、最終的に呪いの土地となった場所だ。「あの頃は若かったなあ」と私に語っていたが、そのようなことか?

「そのようなことです。魔王さまだって、エターナルフォースブリザードを唱えてたじゃないですか」

「ああ、あれは違う」

「違う?」



 と、彼女の話を聞くに。


 ……どうやら今度の新入社員歓迎会のネタを考えていただけのようだった。


「部長に言われてな。「レイラちゃんはカッコいいから、ギャグでもやったらどうかな」と。

 そこで後輩がさきほどの技を教えてくれたわけだ」

「よかった。人間界を滅ぼすつもりじゃなかったんですね」

「今のところはな」

 ククク、と喉の底で笑う魔王さま。

 ……。

 冗談ですよね?


「なんだ。それじゃあ、意味なくなっちゃいましたね」

 言って俺は、レイラに、買ってきた花束を渡した。

「元気出してもらおうと思って、買ってみました。

 魔王カラーってやつですよ。赤と紅と緋。レイラの好きな色でしょう?」


 すると彼女は。

 ぼっ、と瞬間的に顔を赤くして。


「あ、あ、あ、ありがとう」

「いいえ、どういたしまして」

「大事にする!」

「大事にしてください」

「ずっと持ってる。死ぬまで離さない!」

「……枯れちゃいますよ」


 すると彼女は。


「エターナルフォースブリザード」


 とつぶやいた。

 次の瞬間。

 すさまじい勢いで風が、「何か(魔力)」が魔王さまの掌に凝集され、そして花束から命と「時間」を奪って消えていく。


 そしてレイラはにこっ、と笑って。


「これでずっと綺麗なままだ!」




 魔王さま。

 その魔法、どうかこっちに向けないでくださいよ?

 さ、今日は山菜でも天ぷらにしましょうか。

 ほろ苦いけど健康にいい、春の味ですよ。

 ごはんですよ、魔王さま。




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