どきどき! おさいほうタイム!

第24話 洋裁業務と不埒な女の子

「行進開始っー! てきぱき歩けっー!」


『いっち、に! さん、し! ごお、ろく! しっちはっち!』


 再び刑務服に着替えたあたしたち一同は、また一列となって建物の中へと向かっていた。

 最後に小屋を出たあたしたち三人は相変わらず最後尾。だけど、その前に小屋を出たはずの杏里ちゃんの姿は、既に列の中には見当たらない。

 どうやら本当に、おまたのケガを理由に独房へ戻ることが許されたようだ。さすがの看守さんたちも、女の子のデリケートな問題を受け入れざるを得なかったのだろう。


「もじもじするなー! てきぱき歩けー!」


 建物の中へと戻されたあたしたち一同は、午前中に左に曲がった廊下を右に曲がって引き返し、またしても食堂の扉を抜けて左に曲がっていく。

 つまり、昼食後に歩いてきた道をそのまま戻ってきたのである。

 指示に従ってあたしたちが入れられた先は、またしても『刑務作業室』だった。



《『しらゆり刑務所』一階・刑務作業室――PM15:00》


 午前中はメロンパンだらけだったその部屋の風景は、がらりと変貌を遂げていた。

 縦四列・横三列の作業テーブルの上に、各四台の白いミシンと、大量に積まれたピンク色の布が用意されている。何かの作り方が書かれた型紙も置いてある。

 相変わらず家庭室のような佇まいというか、部屋が本来の機能を取り戻しているかのようだった。


「前から順番に席に着けー! もじもじしている時間はないぞー!」


 看守さんたちの命令に従い、前の子たちがてきぱきと、前のテーブルから順番に席に着いていく。

 最後尾のあたしたち三人は、午前中のメロンパンのときと同様、一番後ろの右端のテーブルになった。なのらちゃんが奥に座り、先輩が続いて、最後にあたしが座る。


「よし、全員席に着いたな」

 あたしたちの大移動が終わると、部屋の最前――ホワイトボードの前に立っている細長い看守さんが、大きな声で説明を始めた。

「ただいまより午後の刑務作業『洋裁業務』をおこなう! 今日おまえたちに作ってもらうのは、某有名下着メーカーの新商品『フレキシブル・パンティ』だ!」


(ぱ、ぱんてぃ……?)


「各自、テーブルの上に置いてあるマニュアルに従い、午後六時までの三時間、可能な限りパンティを縫いあげろ! 何かわからないことがあったら最寄りの刑務官に尋ねるように! 説明は以上!」


「……やれやれ。また下着メーカーの外注業務か」

 呟いた先輩がこちらを向いた。

「早川、この刑務作業は比較的楽な部類に入る。安心してくれたまえ」


「あ、はい!」

 言われたあたしはとりあえず、目の前に置いてあった型紙マニュアルを手に取った。

 読んで確認してみると、たしかに単純だ。

 あらかじめ砂時計型に裁断されてあるピンクの布を、ちょっと折りたたんで一部を縫うだけの作業のようである。

 ミシンの扱いもそれほど苦手ではない。パンティを作るのは初めてだけど、これならあたしでも簡単にできそうだ。


「それでは、作業開始っ!」


 

 ――ダダダダダダダダダダッ!


 看守さんが合図を告げると、室内がミシンの音で溢れかえった。

 前のテーブルの子たちが物凄い勢いでパンティの紐の部分を縫い合わせている。


『わいわい……がやがや……』

 みんなお裁縫が好きなのか、わりと楽しそうに作業に取り組んでいる。

 エリカ先輩の言った通り、この『洋裁業務』は比較的人気な作業のようだ。


「よし、私たちも始めよう!」

 華麗に布を手に取ったエリカ先輩が言った。

「まずは私がお手本を見せてやる!」

 そのまま手際よくミシンに布を置き、滑らかに手の平を進めていく。


 ――ダダダダダダダダダダッ!


「おお~」

「なのらあ~」

 釘付けになるあたしたち。


「どうだい? すごいだろ~?」

 先輩は作業を進めながらも、なんだか引きつった笑顔をしている。

(キミたちも、今夜の作戦ことがばれないように平静を装いながら作業を進めるんだ。なるべく体力を消耗しないように気を付けてくれたまえよ)

 小声でコツを伝授された。


「は、はい!」

「なのら!」

 大声で頷くあたしたち。


「やれやれ……キミたちってやつは」

 先輩は言いながらも嬉しそうに作業を進めている。


「じゃあ、あたしたちもやろっか」

「うん!」

 あたしとなのらちゃんも、お手本に準じて作業に取り掛かった。

 あらかじめ象られたピンクの布を一枚手に取り、紐となる部分をミシンで縫い合わせる。


 ――ズダダダダダダダダッ!


 ――ダダダダッ!


 ――ダダダダダダダダダッ!


 なるほど、これは快感だ。

 ちょっと手を動かしただけでみるみるとパンティが仕上がっていく。


 ――ダララララランッ!


 あっという間に一枚が出来上がった。本当に簡単だ。

 やっぱりお裁縫は楽しいな。今すぐこの気持ちを誰かに伝えたい。


「楽しいね、なのらちゃん!」

「うん! 楽しいのら!」


 作業を進めながらも、なのらちゃんが笑顔で応じてくれた。

 騒がしい音のおかげで、多少の密談も看守さんには届かない。

 こんなふうに楽しく作業を進めていれば、あたしたちの秘密さくせんがばれることもないだろう――



『きさまは一体何を考えているんだ!?』



(びくっ!)

 突然、後ろのほうから怒鳴り声が響いた。

 この声は、看守のお姉さん――有亜堂刑務官の声だ。


(ば、ばれた……?)


 おそるおそる振り向いてみると、怒られたのはあたしじゃなかった。

 扉のあいた出入り口の壁際で、看守のお姉さんと金髪の女の子がなにやら揉めている。


「こんな時間までお昼寝しているなんて、きさまは一体何を考えているんだ!?」


「あらまあ? べつに何も考えておりませんことよ」


 金色の長い巻き髪の女の子が、お姉さんからお叱りを受けている。

 桃色の刑務服を着ているので、あたしたちと同じ「受刑者」なんだろうけど、その態度はかなり好戦的だ。


「わたくしがいつ起きていつ何をするのかは、すべてわたくしの自由ですのよ? 有亜堂さん?」


「きさま!!!! ふざけるな!!!! きさまは受刑者だぞ!!!! きさまに自由はない!!!! 大人しく私たちの指示に従え!!!!」


 話がこじれたのか、看守のお姉さんが激しく怒り始めた。

 腰から警棒を取り出し、あろうことか女の子に向かってそれを振り上げている。


 しかし、その瞬間――

 


 ――ドン!



 金髪の女の子が、勢いよく壁に手を付いた。

 お姉さんを壁に追い詰め、顔をぐぐっと近付けている。

「何をおっしゃられているのかさっぱりわかりませんわ」


 対するお姉さんは、頬を赤らめ、動きを止めている。

「け、刑務官を誘惑するのはやめろ! きさま、独房の分際でこれ以上問題を起こすなんてまったくもってありえんぞ! 果ては四階にぶち込まれたいのか?」

 

「それは御免ですわね……」

 言いながら女の子は、ゆっくりと壁から手を離した。


「も、もういい! さっさと席に着け、受刑番号37番!」

 お姉さんも警棒をしまい込み、頬をなぞって赤みを消そうとしている。


 女の子はこちらに振り返り、あたしのほうへと歩き始めた。

「やれやれ、また罪を犯してしまいましたわ……」

 

(はっ!)

 その瞬間、あたしの頬もおそらく赤らんだ。

 だって、歩いてくる女の子が、とても綺麗なんだもん。


「……?」


 切れ長の大きな瞳に、シャープな鼻筋、ふっくら唇……総じて妖艶なお顔立ち。

 長身でスレンダーな体躯に、あたしの三倍はあるであろう大きなお胸。

 ……モデルさんですか?


「あら? あなたどちらさま? 見ないお顔ですわね」


「は、早川素真穂……16歳の49番です!」

 焦って自己紹介をするあたし。


「ふうん。可愛らしい新人さんね。よろしく」

 艶のある声を出しながら、金髪の女の子が、あたしの隣の席に着いた。


「よ、よろしくおねがます」

 噛んだ。


「キミ……まさか、今起きてきたのか?」

 あたしの右にいるエリカ先輩が話しかける。


「ええ。そうですわよ」

 左にいる女の子が答えた。

 一体どこで手に入れたのだろうか、お化粧はばっちりで、香水の匂いもきつい。


「さっきの自由わがままな立ち振る舞い……キミが独房の三人目、蝶野ちょうの 愛美まなみだな?」

 エリカ先輩が鋭く聞いた。


(この子が、杏里ちゃんの言っていた、『壁ドン』使いの愛美ちゃん……?)


「いかにもそうですわよ」

 愛美ちゃんはそう言って、髪を大きく整えた。

「わたくしに何か御用かしら? 雑居房の宝条院おませさん?」

 不埒な笑顔で。



☆登場人物ファイル⑩

 受刑番号37:蝶野愛美(18)

 罪状:『れさせざい』、『みつがせざい』、『誘惑罪』

(※すべて詐欺罪の一種。他人の恋心を弄んで生活苦に陥れたりする罪)

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