第18話 はくねつ! 球技大会!

「それでは試合開始でーす! はい! よーい、すたーと!」

 審判役らしき女の子が、右手を挙げて大きな声を出した。

 いまの合図により、どうやら試合が始まったようだ。


『いけええええっー! がんばれええええっー! 負けるなああああっー!』

 相手チームのベンチの子が、いきなりの盛り上がりを見せた。

 景品のお菓子が懸かっているためか、その表情は〝ガチ〟である。


『素真穂ちゃーん! がんばってー! ふぁいとっ! ふぁいとっ!』

 一方でこちらのベンチからも、猫川さんたちの声援が聞こえる。

『素真穂さあーん! がんばってくださあーい!』 

 出会ったばかりの人たちが、全力であたしを応援してくれている。

 サッカーなんてほとんどできないけれど、とにかく期待に応えなくては。


「素真穂、がんばります!」

『きゃああああああっー! がんばってええええっー!』 

 ……ちょっと答えただけで物凄い歓声が返ってきた。

 まるでスターになった気分である。


(えへへ……)


「早川素真穂――背番号49番っ! がんばりまあーす!」

『きゃああああああっ! がんばってええええええ!』


「早川さん、前を向くんだ! 試合はもう始まっているぞ!」

「すっ、すみません!」

 ゴールキーパーの犬山さんにさっそく注意を受けた。

 焦って前のほうを窺ってみると、そこではたしかに、熾烈な争いが始まろうとしている。


「いくぞおらあああああああっ!」

 ボールをもった杏里ちゃんが、獰猛なドリブルをしながらこちらのコートに迫って来ている。まるで狩場に出てきたトラのような顔つきだ。


「フフ……相変わらず野蛮だな、キミって奴は」

 それを最初に迎え撃つのは、われらがキャプテン、エリカ先輩である。

「いいだろう、受けて立とうじゃないか――」

 先輩はなにやら呟きながら、ゆっくりと杏里ちゃんの前へ立ち塞がった。サッカーには相当な自信があるのか、その一挙手一投足はかなり落ち着いて見える。

「ここは決して通さない! 宝条院エリカの名に懸けて!」

 台詞を叫んでポーズを決めている。なんて頼もしいのだろうか。

 その逞しい背中は、どんな難敵がこようとも、きっと跳ね返してくれるはず――


「どけどけー!」

「きゃああああっー! お代官様あああっー!」


「エリカ先輩!?」

 悲鳴を上げたエリカ先輩が、タックルを避けて尻もちをついた。

 そのお姿はどう見ても、運動が苦手な女の子そのものである……。

「だっ、大丈夫ですかあー?」

 後方から声を掛けるあたし。


「私にかまうな! 私のことはいいから、早く彼女を止めるんだ!」

 お尻をつきながらも、先輩は平静を取り戻していた。衝突を避けたのでケガはしていないようだ。


「へっへっへえ! ざまあねえなエリカ!」

 第一関門を突破した杏里ちゃんは、倒れた先輩を見下しながらドリブルを続けている。スピードもだんだん上がってきている。


 しかしその前方では、先輩の転倒を目の当たりにした二番手が、全身を震わせながら迎撃の姿勢を整えていた。

「なのらああああああああああああっ! エリカせんぱいになんてことするんだのらああああああああああっ!」

 なのらちゃんである。

 なのらちゃんが、ドリブル中の杏里ちゃんに、果敢に突っ込んでいったのだ。

「あああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


「じゃまだおらあっ!」

「ぬわああああああああああああっ!?」

 しかしなのらちゃんは、杏里ちゃんの粗暴なタックルに、いとも簡単に跳ね飛ばされた。

「い、いたいのらああああああっ!」

 コートの横のほうへすっ転がってお砂まみれになっている。


「なのらちゃんっ!!」

 その瞬間、あたしは現場に急行した。

 途中で杏里ちゃんとすれ違ったが、今はそれどころではない。

 

「なのらちゃん! しっかりして! なのらちゃんっ!」

 現場に駆け付けたあたしは、すぐさまその華奢な身体を抱き上げた。

「素……素真穂ちゃん……」

 腕の中のなのらちゃんは、戦いに敗れた勇者のようなお顔をしている。

「な、なのらのことはいいから……ゴールの前を、守っておくれなのら……」


「そんなことできないよ!」

 あたしは首を横に振った。

 目の前で倒れた友達を無視してまで、守るべきなんてどこにもない。

 ボールよりも、ゴールよりも、大切なものがあるんです。

 それがあたしの、サッカーなんです。


「ば、ばかをゆっちゃあいけないのら……」

 だけど、なのらちゃんは反論した。

「ボクたちがゴールを守らなかったら、いったい誰がエリカせんぱいを守るんだのら……」


(はっ!)

 言われた瞬間、あたしはこの試合の目的を思い出した。

 杏里ちゃんの暴走を止めなければ、エリカ先輩が独房へ連れ去られてしまう。

 今のあたしが成すべきことは、仲間の介抱ではなく、相手との対話――目の前のなのらちゃんも、その為にぶつかっていったんだ。


「素真穂ちゃん……杏里ちゃんから、逃げちゃだめなんだのら……」

 膝の砂を払いのけながら、なのらちゃんは言った。

「素真穂ちゃんは『でぃふぇんだー』……ごーるきーぱーと力を合わせてゴールをお守りすることが、素真穂ちゃんの役割ぽじしょん……」

 あたしの手をほどき、なのらちゃんは立ち上がった。

「ボクをお助けするのは、素真穂ちゃんの役割ぽじしょんじゃないんだのら! ボクたちがやるべきなのは、杏里ちゃんのボールを奪うことなんだのら!」


「な、なのらちゃん……!」

 なのらちゃんは教えてくれた。

『でぃふぇんだー』とは、誰かを介助するポジションではなく、迫り来る敵からボールを奪い、ゴールを守るポジション――それが仲間を助けるために、成すべき行為であることを。

 

「ありがとう、なのらちゃん……!」

 どうやらあたしは、間違っていたようだ。

「あたし、サッカーのことが、少しわかった気がするよ……」


「どういたしましてなのら! 一緒にがんばろうぜなのらっ!」

「うん!」

 なのらちゃんは、あたしに元気と勇気をくれた。

 そのまま手を取り合ったあたしたちは、ぐっとお顔を近づけ合った。

「素真穂ちゃん……」

「なのらちゃん……」

 激しく見つめ合う今の二人を、遮るものは何もない――

(きゅんっ!)

(きゅんっ!)


「何をやっているんだ二人とも!? 試合はまだ始まったばかりだぞ!?」

 ……と思ったら、エリカ先輩が入ってきた。

「ディフェンスラインががら空きじゃないか! このままだと鹿忍が『ペナルティ・エリア』に突入してしまう――!」


(し、しまった……!)

 はっとして振り返ると、事態は既に手遅れだった。

 ボールをもった杏里ちゃんが、あたしたちのゴールのすぐ手前――『ぺなるてぃ・えりあ』の内部にまで到達している。


「へっへっへ……」

 しかし杏里ちゃんは、そのままシュートを撃つかと思いきや、ピタッとボールを止めて立ち止まった。


「ひさしぶりだなあ? 犬山アッ!」


 その目の前に立ちはだかるのは、お隣の部屋のチームメイト――〝犬山さん〟ただ一人である。


「久しぶりだな。鹿忍杏里……」


 試合中に対峙した二人が、ゴールの前で会話を始めた。

 試合開始からわずかに数分――あたしたちのコートの中は、なんだか異様な雰囲気ムードに包まれ始めていた。

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