第15話 ブルマーにお着替え

「行進開始っー! 所内グラウンドへと移動せよっー!」


『いっち、に! さん、し! ごお、ろく! しっちはっち!』


「もじもじするなー! てきぱき歩けー!」


 昼食を終えたあたしたち一同は、ふたたび長い列を組んで食堂の扉を抜けた。

 指示に従って廊下を左に曲がると、その奥にまた大きな扉が構えている。


「開錠ッー! 開錠ッー!」


 看守さんがその扉を開けると、太陽の光が入ってきた。

 ひんやりとした風がすぅーと廊下を抜けていく。

 あたしにとっては約一日ぶりの、外の空気である。


《『しらゆり刑務所』屋外グラウンド――AM12:45》


 あたしたち受刑者は扉の向こうへと解放された。

 天候は晴れ。身体がぽかぽかと温かい陽気に包まれていく。


 前に見える所内のグラウンドは、学校のグラウンドを一回り小さくした感じの広さだった。四方が高いフェンスに囲まれており、その向こうには刑務所の敷地を囲む白い大壁が立ちはだかっている。しかも正門とは反対側の敷地らしく、出入り口は見当たらない。いくら外とは言えど、こんな環境では誰も逃げ出そうとは思わないだろう。


 しかし、運動日和ではある。


「ただいまより〝お着替えタイム〟に突入する! 制限時間は五分! 着替え終わった者は速やかにフェンス内へ移動! いいな? わかったな?」


 列の最前にいた看守のお姉さんが、大きな声で指示を飛ばした。

 身体を横にずらして見てみると、他の看守さんたちが前の受刑者たちに体操着のようなものを配り始めている。

 その先のフェンスの手前の脇のほうには、長方形の小屋がある。どうやらあそこが更衣室のようだ。服を手に持った受刑者が次々とそこへ入っていく。

『わいわい……がやがや……』


 やがて、先輩となのらちゃんが着替えを受け取り、最後尾のあたしの番がやってきた。

 手渡されたのは、白い体操着とブルマー。体操着の両面には『49』というゼッケンまで貼られている。ついでにシューズも渡された。

 どれも洗濯されていてわりと綺麗だが、ずべてがちょっとでかめである。

(サイズ合わなさそう……)

 こうしてあたしは二人の背中に続き、更衣室へと踏み込んだ。



※※※



 あたしが更衣室へ入ると、バタンとドアが閉められた。

 中がけっこう狭いためか、看守さんたちは入ってこないらしい。


 だけど中は意外にも、プールの更衣室みたいに涼しげだった。

 先に入っていた女の子たちが、片側に並んだロッカーを前にせっせとお着替えをしている。みんな白のスポーツブラだ。かくいうあたしもそれしか貰っていないので当然ではあるが。

 それでもやっぱり、胸が大きい子は目立つ。

 ちょっぴり羨ましいけど、運動のときはいささか大変そうである。


「よし。私たちもさっそく着替えよう」

「あ、はい!」「なのら!」

 あたしたち三人も、揃って奥のほうのロッカーでお着替えを始めた。


「ふぅ……」「ああああー!」

 エリカ先輩はしとやかに、なのらちゃんはお風呂に入る子供のように刑務服を脱いでいる。第一印象の目算通り、多少の違いこそあれど二人の胸のサイズはあたしとどっこいどっこいだ。ちょっと安心しつつ、あたしもせっせと服を脱ぐ。

(よいしょっ)

 

『わいわい……きゃっきゃっ』

 みんな看守さんがいないのをいいことに、お着替えが終わってもお喋りを続けている。室内はたしかに狭いけど、ここはあたしたちだけの空間だ。

 エリカ先輩いわく、球技大会の進行もあたしたちの「完全自主制」で行われているらしい。催し物というだけあって、大会の進行に関しては、看守さんたちがほとんど介入してこないらしいのだ。怒号が飛んでこないだけかなり気が楽である。

 正直、運動はめちゃくちゃ苦手だけど、わきあいあいとしたこの雰囲気ならあたしでもなんとかがんばれそうだ。

(せっかくのイベントだし、このさい、思いきって楽しもう!)


 しかし、あたしがブルマーを履きかけた、その刹那だった。



 ――ガチャッ。


「受刑番号10番! きさまもさっさとお着替えを済ませろ!」

「ちっ、うるせぇなあ……」


 一人の女の子が、更衣室の入り口から突き飛ばされてきた。

 真っ赤なショートのツーブロックヘアー、両耳にピアス。

 怪しいキツネ目、茶色いお肌に薄い唇……にやけた表情が顔を上げ、一瞬こちらと目が合った。さっきまでは食堂にいなかった子だ。


 ――バタン。


 その子が入ってきた瞬間、室内の空気が凍り付いた。

 手前にいる女の子たちがその通り道を避けている。

 

「へっへっへ……」

 女の子はにやけ顔で、唇を舐めながらこちらに近づいてきている。


(ひいいいっ!?)

 空いているロッカーはあたしの奥だけなので、当然の結果ではあった。


(くっ……ついに朝寝坊から目覚めてしまったか……最悪のタイミングだ)

 あたしの表情を受け、手前にいたエリカ先輩がロッカーに手を付いた。

 そして顔をこちらに向け、ひそひそとあたしに警告する。

(彼女の名は、『鹿忍かしのぶ 杏里あんり』17歳――言わずもがな独房の住人だ。気を付けろ、早川)


「ひゃ、ひゃい……」

 あたしはとりあえず、履きかけのブルマーをゆっくりと腰まで上げた。

 これでお着替え完了だけど、心の準備はまだ整いそうにない。

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