第11話 あたし燃えてます

「手加減はなしだ――本気でいくぞ」

 目の色を変えた若菜ちゃんが、ついに本腰を入れ始めた。

 おかわりのメロンパンに手を伸ばしたかと思いきや、次の瞬間にはもう空き袋を重ねている。身体の動作はゆったりだけど、開封から完食までの時間が異様に早い。すべての所作に無駄がないというか、美しさすら垣間見える。

(この人……凄い……!)

 あたしは目を疑った。その姿は哀れな犯罪者などではなく、食を愛する強かなフードファイターだ。


「まずい、このままだと負けてしまう!」

 焦ったエリカ先輩が、ぎこちない手つきで二個目のメロンパンと格闘を始めた。

 丁寧に袋を開け、ちょびっとかじっては水を飲み、お口の中でよく噛んだあと、目を瞑りながらゆっくりとごっくんする。

 汚れたお手ては、ハンカチでごしごし。

(これぞまさに、〝THEお嬢様スタイル〟――!)


「なのらああああっ!」

 左隣では、なのらちゃんが負けじと応戦を開始した。

「ああああああっ! やってやるのらああああっ!」

 まるでバーゲンセール開催と同時にワゴンに突っ込んできたオバチャンのようにメロンパンの山へ手を突っ込んで引っこ抜くやいなや、ポテトチップスに飢えた小学生ばりに「ばりっ」と袋を開け、飛び出てきた中身を野生のオオカミの如く食いちぎっている。

「んがあああああっ!」

 口の中をぱんぱんにし、喉が詰まればピッチャーから水を注いで全てを飲み込む。

「ぷはあああああっ!」

 荒々しいその食べっぷりにはマナーの欠片も見当たらない。

 さっきまで嬉しそうにメロンパンを頬張っていた少女の姿は、そこにはない。

 今のなのらちゃんは、戦場に身を預けた勇者そのものである。

「負けてたまるかっー!」


(なのらちゃん……!)

 その姿を目の当たりにしたあたしは、胸が熱くなっていた。

 そう、手を止めている場合じゃない。

 あたしも彼女を、見習わなくてはならない。

『できる』『できない』ではなく、『やる』――彼女はそれを、あたしに教えてくれたのだ。


「あっあーん!」

 あたしも変な声を出しながら、目の前のメロンパンにかじりついた。

 ――がぶっ!

 もはや味などどうでもよい。おでぶになることも恐れない。いまのあたしには、『勝ちたい』という気持ちを前面に押し出す以外にやるべきことはないのだ。

 

(もぐもぐ……)


 かつてこれほどに、あたしが闘志を燃やしたことがあったであろうか。

 いや、ない。


 中学の部活は文芸部、高校は帰宅部だ。

 委員会は常に図書委員会に所属していたが、委員長などの特別な役職に就いたことはない。つまり、ただ淡々と本を読んでいるだけの日常であった。勉強の成績はいつも中の下で、誰かに怒られさえしなければ特にこだわりはなかった。テレビのニュースも、先生の言うことも、あんまりよく聞いてなかった。ただ毎日を、なんとなく過ごせればそれでよかった。それでいいと思ってた。


 その結果が、塀の中に入れられた今のあたしなのである。


 黙っていては、だめなのだ。

 戦わなくては、だめなのだ。


 抜け出さなければならない。

 この窮地から、あたし自身の気持ちで。


「早川っ!?」

「素真穂ちゃん!」


 大口を開けてメロンパンに食らいつくあたしを見た二人が、ただでさえぱっちりとしたお目めをさらに大きく見開いた。

 そうこなくっちゃと言わんばかりに、すぐに二人もメロンパンへと立ち向かう。


「ほう……やるじゃねぇか、お嬢ちゃん」

 勢いを強めたあたしたちの様子に、若菜ちゃんも一目を置いた。

 しかしその脇には、既にたくさんの空き袋が積まれている。


(ごくん)


 若菜ちゃんは強い。

 でもだからこそ、彼女に勝てば、あたしはもっと強くなれるはず。


 ――がぶっ!



 かくしてあたしたちは、目の前のメロンパンをただひたすらにかじり続けた。

 最低ノルマとして課された50個はやがてなくなり、「ぱっ!」と手を挙げて追加の50個を呼び寄せたあと、また食べた。とにかく食べた。

 そのかんに会話はなかった。

 会話はないが、あたしたち三人は見えないタスキでつながっている。チーム一丸となって戦うこの感じは、文化祭や体育祭で常にはじっこのほうにいたあたしにとっては味わったことのない団結力だった。

 それはたぶん、ここが刑務所で、あたしたちが〝刑務メイト〟であるからだ。

 あたしたち三人が力を合わせれば、どんな壁でも乗り越えられる!


 ……しかし、作業開始からちょうど一時間くらいが経過した、その辺りだった。


「ごふっ!?」


「エリカ先輩!?」


 エリカ先輩が、メロンパンのかけらをちょっと噴き出した。


「はあ……はあ……私にかまうな! 心配は無用だ!」


 エリカ先輩は、恥じらうことなく戦いを続けた。

 口周りは汚れ、髪の毛も乱れている。

 お嬢様としてのプライドは、とうに捨て去っているようだ。

「こ、こっちを見るな! 私たちはただ、前だけを見ていればいいんだ! げほっ! げほっ! げほっ!」


「エリカ先輩!?」


 だけどやはり、その胃袋の中身までは、捨て去ることができないようだ。


「ハハ……キミたちに『無理をするな』と言っておきながら、一番無理をしていたのは、どうやら私だったようだな…………げふっ!?」


「エリカ先輩!?」


 ――がたっ!


 エリカ先輩が、倒れた。




☆ただいまの記録


 あたし:14個

 なのらちゃん:18個

 エリカ先輩:6個

(合計:38個)


 若菜ちゃん:43個

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