第5話 おやすみなさい

「ま、まずい!! みんな、布団を敷いて隠れるんだ!」

「了解のらあっ!」


 エリカ先輩の号令により、あたしたち三人は抱擁を解いた。

 部屋の外からは、怒鳴り声とともにティラノサウルスのような足音が近付いてきている。


「うおおおおっー!」

 なのらちゃんが、部屋の奥に積まれたお布団を次々と中央へ投げ飛ばした。

「あああああっー!」

 受け取ったエリカ先輩が、それらを乱雑に畳へと広げている。


『静かにしろおおおおおおおっーーーーーー!』

 廊下側の小窓に、青い帽子が映り込んだ。

 据わった目が水平に移動している。

「ひいいいいっ!」


「なのらあああっ!」

 なのらちゃんが、「ばっ」とお布団の中へ潜り込んだ。

 お布団をシェルター代わりにして全身を丸めている。


「ああああああっ!」

 エリカ先輩も、「ばっ」とお布団の中へ潜り込んだ。

「早川! キミも身を隠して『これから寝ようとしてました感』を全力で演出アピールするんだ! できるだけ時間を稼げ!」

(え? え? え? どういうことですか?)

 初夜のあたしは混乱し、ただただその場で目を回す。


 ――バアアアアアン!


 小窓のガラスが割れんばかりの開閉音。

 看守のお姉さんが、迫真の表情で部屋の中へと飛び込んできた。

「ハアッ! ハアッ! ハアッ! ハアッ!」


 しかも、右手にムチ、左手に警棒を持っている。


「ひいいいいいっ!?」

 隅っこへ避難するあたし。


「ハアッ、ハアッ、ハアッ……こらあああああああっ!!」

 呼吸を整えたお姉さんが怒号を上げた。鬼の形相をしている。

「きさまら!! 何時だと思ってるんだ!? きさまらが騒ぎを起こしたら私が責任を問われるということになっていると散々言ってきただろうがああああ!!」

 あろうことか、畳にムチを何度も叩きつけている。

「なぜわからないんだ!? わがままな受刑者は独房にぶちこまれるという決まりなっているっていうことも散々教えてきただろうがちくしょうがああああっ!」 

 ついには警棒で雑貨を殴り始めた。お姉さんは完全に我を失い、発狂している。

 あたしはここで死ぬかもしれない。

 

「ごめんなさい……! ごめんなさい……!」

 後ろを振り向いても、そこに逃げ場はなかった。

 無機質な壁と、格子の付いた狭い窓。

 なのちゃんとエリカ先輩も、お布団にくるまってぷるぷると震えている。


「耐えろ早川ッ!! あと三秒で平穏が訪れるッ!!」

 布団の中からエリカ先輩に言われた。

 ……どうゆうことですか?



――タリラリラン……、タリラリラン……。



(……!)

 廊下のスピーカーから、何やらロマンティックな音楽が流れ始めた。

 それに伴い、看守のお姉さんの顔色が平静を取り戻していく。


「ちっ、消灯の音楽が鳴ったか……」

 お姉さんが警棒を腰にしまった。

「受刑番号47から49番! 今日のところは大目に見てやるが、明日からは絶対に許さんぞ! 覚悟しておけ! いいな!? わかったな!?」

 言いながらお姉さんはドアを閉め、せかせかと廊下を駆けていく。

「消灯ッー! 消灯ッー!」

 なにやら他の看守さんたちと連携を取っている。


(……!)

 そのあとフッと電気が消え、部屋の中は真っ暗になった。

 どこかにある主電源スイッチによって消されたのだろうか。


「……ふう」

 何はともあれ、一旦は事なきを得たようだ。

 幸いなことに、お姉さんにはあたしたちの会話の内容だつごくけいかくは知られていないようだった。

 もしかすると、廊下の最奥――看守室から一番離れたこの部屋は、他のとこよりちょっと安全なのかもしれない。



「…………」


 さっきまでドタバタしていた部屋の中は、嵐が去ったように静まり返っていた。

 二人は布団にくるまったまま、ぴくりとも動かない。


(なのらちゃん、もう大丈夫だよ……)


 あたしは小声でなのらちゃんに話しかけた。

 しかし応答がないので、布団をふぁさっと剥いでみる。


「ぐううううううううううっ!」


 寝ている……。

 なんという早さだろうか、大口を開けてよだれまで垂らしている。


(エリカ先輩……! エリカ先輩……!)


 エリカ先輩にも同じアクションを取ったが、結果は同じだった。


「があああああああああああっ!」


 しかも、ものすごい寝相だった……。

 まるで40代のおじさんのようである。



「むにゃあ……むにゃあ……」

「があああああ……があああああ……」


 

(くすっ)

 なんだか大変なところに来てしまったけれど、二人に出会えてよかった。

 二人の寝顔を見ていると、あたしもなんだか眠くなってくる。


 真っ暗な部屋の中、あたしもお布団に潜り込んだ。

 お布団は、おばさんのお洋服みたいな花柄だけど、ふかふかしていて心地が良い。


 明日からは、まったく未知の生活が始まる。

 頭は不安でがちがちだけど、心はなんだかふわふわしている。


 こまかいことは、明日また考えよう。

 わからないことは、明日また聞こう。

 今日はもう、疲れました。


 おやすみなさい――。

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