第32話 すれ違い、そして……

その後も、彼女を待ち続けたが現れない。広場の時計は、9時45分を指していた。雪が降るだけあって、気温がだいぶ下がってきた。


買った缶コ-ヒ-は、とっくに冷めて、握る手に伝わるのは硬質な冷たさだけだ。


(少しだけ温まりたい)


どこか店に入ろうと、駅前を歩いてみたが、イブということもあり、どこも一杯だった。仕方なく、駅前を離れて、薄暗い細道に入っていく。


5分程歩くと、レトロな外観の小さなケーキ店があった。店頭の硝子ケースには、カットされたものやホールのケーキが並んでいる。店内は喫茶店になっているようで、窓から中を覗くと、空席が見えた。


ドアを開けると、照明を押さえた店内に入りる。窓際の席に案内され座ると、茶色の革製のメニュ-を広げた。


店頭でケーキを売っているだけあって、様々なケーキが載っている。


瑠実が見たら、喜びそうだな……。


ふと、そんなことを思いながらも、ホットコ-ヒ-だけを注文した。


テーブルに置かれたキャンドルに淡く照らされた窓の向こうには、闇に降る雪が見える。


スマホを見ると、もう10時30分になっていた。追加で頼んだ二杯目のコ-ヒ-も、カップにほとんど残っていない。


(瑠実……)


何度目か分からないスマホの確認。


電話もラインも入っていない。


昨年のクリスマスイブから、俺はスマホを何度も見る癖がついた。瑠実からの連絡をずっと待っていたからだ。以前の俺には考えられない行動だった。


自業自得だ。


あの日の瑠実の気持ちが、今ならよく分かる。


さすがに三杯目のコ-ヒ-を頼むのはと思い、また時の広場に戻って、瑠実を待とうと決めた。俺は伝票をつかむと、店のレジへと向かう。会計を待っている時、ふと窓の外に視線を移すと、店頭のケーキを買っている親子連れが見えた。


店の外に出ると、相変わらず雪が降っていて、電灯の光に淡く照らされている。


先程の親子がケーキを買ったようで、赤いマフラーを巻いた小さな女の子が、白い箱を持っていた。


「真紀ちゃん。ケーキが崩れちゃうから、ゆっくり歩きなさいよ」


女の子に注意する母親。


でも、女の子はケーキを買ってもらったのが嬉しいらしく、はしゃいでいる。


「もう、真紀ちゃん。ゆっくり、ゆっくりよ」


母親がもう一度そう言った時。


道路の向こうから、一台の乗用車が走ってくるのが見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る