満月の夢
夢か……また、この夢。久しく見なかった夢だがどうしたことか。決して忘れることはできない、忘れちゃいけない、そして忘れたい夢。もはや、あの時の感情を思い出すこともままならない。ただ、淡々と走馬灯のように映像が流れ、愚かで弱い自分を見つめ続けるだけの夢。
*
父さんは人間、母さんはデーモン族と竜族、ダークエルフの混在種だった。二人がどうやって出会い、俺を産んだかは知らない。しかし、今にして思えば、壮絶な大恋愛であったことは間違いないだろう。血筋から行けば、母さんは上位魔族の中でも稀有な血族の持ち主だ。それが人間と交わるということは、魔族にとって脅威となりうる敵を作り出す可能性があるからだ。
当然、家族は魔族の中で生きていくことなどできない。五歳の頃までは人間の村で育てられた。母さんは自身と俺が魔族であることを巧妙に隠し暮らしていた。
が、六歳の頃だったか。俺の魔力が発現し、漆黒の翼が、額の角が飛び出し、村の人間たちに魔族であることが知られた。
その時の人間の変わりようは今でも忘れることができない。今まで、優しく話しかけてくれた村人たちが、目を血走らせながら武器を持ち襲ってくるのだ。六歳のガキである俺を見て狂ったように命乞いするのだ。
母さんと命からがら人間の元から逃げ出した。父さんとはそれ以来会っていない。そして、母さんといる時は決して父さんの話はしなかった。
それから、罪悪感を抱えながら過ごしていた。
俺のせいで、母さんは父さんと暮らせなくなった……俺のせいで……それでも母さんは、俺を責めることは一度としてなかった。
母さんと共にデーモン族の里へと帰った。デーモン族の血が濃い俺に少しでもいい環境で過ごしてやりたいとした母の愛であったが、そこでも人間と交わりを持った魔族として迫害を受け、里から少し離れた場所で隠れ住むことになった。いじめられて、泣いて帰ってくる俺に、母さんは『決して恨んでは駄目』、そういつも優しく抱きしめてくれた。
すべてが変わったのは、八歳になった満月の夜だった。その日は俺の誕生日だった。
「今日は美味しい料理を作るわね」
外へ出れなくてブー垂れる俺に、母さんは優しく抱き寄せ、外へ出ていった。
運が悪かった。
後に何回この言葉を心で唱えただろう。
大勇者として名を馳せたゼノバースが突如としてデーモン族の里を侵略してきたのだ。里から爆炎が巻き上がり、俺は部屋で震えていた。
きっと、母さんはあそこにはいない。いつものように母さんは笑顔で帰ってきて、俺を優しく抱き寄せてくれるはずだ。
でも、
扉が開いて入って来たのは大勇者ゼノバースだった。
「人間の子ども……か? なぜ、こんな所に……」
「ゼノ! こっちにもいたぞっ!」
「ちっ……早く逃げろっ!」
そう言って、奴に見逃された。俺が最も憎む人間に、俺が最も憎む人間であると言う理由で、俺は奴に見逃された。
母さんは、家から里へと行く道の途中で殺されていた。炎が上がっていた時にはすでに殺されていたのか、奴が家にきた時にはまだ生きていたのか。そんな不毛なことが時々頭に浮かぶ。しかしわかっていることは、俺は最も愛した人を、愛してくれた人を、守ることも、戦うこともしなかったこと。隠れ、逃げ、殺されなかったことに安堵し、己は悪くないと言い聞かせたこと。
「……それはもう死体だ。死体と共にするか?」
途方に暮れていたところに、魔王レジストリアと出会った。あの方が俺に放った最初の言葉だ。
俺の髪がすべて白髪に染まってしまったことを知ったのは、息のしない母さんを抱きかかえながら、湖のそばを通った時。以降満月の時、成長が止まってしまったことを知るのは数年ほど後になる。その後、人間の歴史書を確認する機会があったが、ゼノバースの英雄的な行動が謳われており、里のデーモンは残らず殲滅させられたとのこと。ただ、一匹。人間でもなくデーモンでもない中途半端な子どもが残っていたことは俺とレジストリア様しか知らぬことだ。
*
気づいたら、すでに夜が明けていた。魔力が戻り、身体が元の魔族の身体に戻っていた。目をあけると、そこには柔らかく懐かしい感触があった。
ちっ……こんなものがあるから幼い頃の夢など……ん? こんなもの……えっ……
恐る恐る見上げると、そこには目を開けて顔を真っ赤にしているマリアが。
「いや……ちょ……まっ……」
「きゃあああああああああああああっ!」
魔王城にマリアの大きな叫び声が響き渡った。
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