六千

【宰相ガト】


 ひとりでに足はそこに向いていた。ノックをするが、相変わらず返事はない。ドアを開けると、魔王レジストリアがベッドの上で横になっていた。

 大陸で暴れまわっていた時の頃とは違い、随分痩せて朗らかになったお姿。

「どうだ、新しい魔王は?」

 レジストリア様がそう尋ねた。

 本当は臣下として、王を不安にさせることはできない。だが、すでに俺は我慢できなくなっていた。

「……最悪です。何なんですかアレは」

「ハハハハハ……貴様にそう吐かせるとは、よほどのもんだな」

――笑いごとじゃないぞ、この親ばかが! と心の中で毒づく。

「彼女は人間ですよ。しかも、俺が大嫌いな種類の人間です。そして彼女はあなたがこれまで築いてきたやり方を真っ向からの否定する者です」

 武力と恐怖で大陸統一を目指したレジストリア様。マリアの行動は根底からそれを否定する。武力ではない。恐怖ではない。彼女はそう語りかける。

 それは、偽善めいた平和主義などではなく、凛と佇んだもっと得体の知れぬもの。魔王レジストリア様に俺が見出したものを、あのゴブリン達はマリアに見出していた。

 器がある……そう確信した瞬間だった。カリスマと置き換えた方がいいだろうか。独善的で、自らの主張を曲げない。たとえ、それが命を捨てる選択であっても。

「……なあ、ガト。マリアを……魔王にしたのはなぜかわかるか?」

 なにをいまさら…… 

「そりゃ、あなたの娘だからでしょう?」

「いや、惚れた女の娘だからさ」

「……のろけですか?」

 まともに聞いて損した。

「悪いか? なあ、ガト。娘が……マリアを見放しても構わん」

 レジストリア様はそう吐いた。あくまでその朗らかな様子で。冷静に。

「……いいのですか? 俺は割合斬り捨てるの早い方ですが」

 と言うかその許可さえ出れば、すぐにでもそうしたい。

 あの小娘は毒だ。それも、とびきり強い猛毒。それは、大陸を破滅に導くほどの。

「構わん。貴様は我が育てた唯一の息子だ。そんな貴様がそう断じたのなら、それでいい」

 レジストリア様の答えに、思わず胸が熱くなる。

「……魔族たらしもいい加減にしてください。俺は容赦しませんよ」

 照れ隠しにそう言い捨てて、寝室を後にした。


 そのまま、城の庭園に向かって夏にレシウスの花を眺める。

 さて、あの小娘魔王をどうするか……そんなことを考えながら歩いていると、目の前には魔将シルヴァが立っていた。

「どうですか今の魔王は?」

「……王を評価するような権限はありませんから」

「もったいないですな。あなたほどの者があのような無能な偽善者に従うなど」

「……」

 すべてを知ったか。もはや、彼女が無能であることも。

「あなたはどちらかと言えば巨将ギルガン、海将リヴァイアでなく、私側でしょう? 聡明なあなたがなぜあのような者につき従うのですか?」

「……」

 いちいち正論すぎて反論の余地もない。

「私はあなたを買っているのです。レジストリア様の懐刀であるあなたが魔王ならば、私も納得ができる。しかし、あのような無能な――」

 振り向いて饒舌に話すシルヴァの様子を眺めた。

 魔王レジストリア様と会って話した後だ。どうしても、あの方と比べてしまい、改めてシルヴァを評すれば……器ではない。その言葉に重みはなく、他者を批評し、貶める。『あなたを買っている』……その発言がどの位置から放たれているかを顧みたこともないのだろう。

「器じゃありませんよ……俺も……あなたもね」

 言い捨てた。

 そう。俺も……シルヴァも……そして、魔王候補であったヴィヴィアンすらも器ではない。ならば、どうするのか? その答えを見いだせぬまま、ふと浮かぶあの忌々しい小娘の顔を思い浮かびながら額を掌で覆った。

 ああ、頭痛い……

「……残念です。ならば、殺すしかないようですね。マルフォ、セモーゼ」

 シルヴァはそう言うと、二人のダークエルフが庭園に入ってきた。

「刺客か……」

 身のこなしでわかる。特殊な訓練を受けたシルヴァの懐刀と言ったところだろうか。二人ともダークエルフで女と言う特性から魔法タイプと目をつけた。

「あなたのこれまでの功績に免じて選ばせてあげます。魔王を守れなかったという汚名を被って処刑されるか、人間の二人に殺されて名誉の死を遂げるか」

 そうシルヴァは低く笑って庭園を後にした。

「「……魔将シルヴァ様のために死んでもらう」」

 マルフォとセモーゼは二人同時に口にした。

 連携技を得意とする双子か……厄介だな。

「まぁ……ここまで見事に引っかかってくれるとは」

「「……どういう意味だ?」」

 どうやら言葉なく襲ってくる刺客ではないらしい。即座に実戦経験は割合浅いと推測した。

「なんでお前たちの上司であるシルヴァはこの時を……決行の時に選んだと思う?」

「「……」」

 黙るか……しかし、聞いている。とにかく、二人の呼吸を乱さなければ短時間で勝利することはできないだろう。

「ゼルカスだろう? 魔王親衛隊隊長であり、五覇将に匹敵する実力を持つゼルカスが突如として休暇をとった。その機会を逃すはずはないと思っていたよ」

「「……」」

 二人に動揺は見られない。さすがの教育に頭がさがる。

「しかし、しかしだ。魔将シルヴァは疑問に思わなかったのかな? なぜ、ゼルカスがこの時期に休暇を取ったのか。魔王親衛隊隊長が仮にだが魔王が変わった時にだ」

 一方の肩がぴくりと揺れた。

 よしっ、少しだが一方を揺らがせた。刺客と言えど、感情の揺らぎはある。考える。迷う。別の個体で全く同じ思考の生物など、ある訳はない。

「もう答えはわかっているだろう? 間抜けな魔将に罠を張った訳だ」

「……何がいいたいっ!?」

 揺れているのはマルフォの方か。

「なぜシルヴァがそんなミエミエの罠にひっかかったのか。それは、マリア様が魔王代行だから。正式に魔王になれば、その名だけでつき従う者もでてくる。そして、突如としたゼルカスの不在。多少のリスクがあったとしても飛びつかざるを得なかっただろうな。ワザとゼルカスに休暇をとらせて俺は、その限られた選択肢を間抜けな魔将に提示してやったわけだが」

 そう言うと、マルフォの表情が怒りで歪んだ。

 やはり、こちらの方が動揺が大きい。少なからず、シルヴァに特別な感情を抱いているのか。

 今、話している真相は少し違う。ゼルカスが有給を取りたいと言ってきたので死ぬほど取り乱して、死ぬほど止めた。

 今、この時期になにを言っているんだ!? あの小娘死んじゃうよ。いいの!? あんたこの魔王親衛隊隊長だろう? 俺だって休みてぇよ! お前だけか!?

 そんな風に追い詰めたが、「……すまん、訳は聞かないでくれ」とゼルカスは男前な文句を浮かべてただ一度頭を下げた。

 すべての重大性を理解しつつ、それでもなお休暇を取ろうとするこのスケルトンを止めることはできなかった。

 だから、その予防策を施した。それが結果として罠になったのは偶然の産物だと言える。シルヴァが俺の性格を熟知していることが仇となったのだろう。『魔王の命は他のすべてのモノよりも優先される』。そんな俺の行動指針と真逆な方法だ。通常、魔王の命を餌にする策など取らない。

「……シルヴァ様を愚弄するな!? 許さんぞ」

「まあ、聞け。そして、お前たちはまんまとその作戦にはまった訳だ。先ほどのシルヴァの台詞は笑えたよ。そうは思わんか?」

 いい加減気づけ。俺が、なぜこのようにペラペラと話しているのか。なぜ、敢えてシルヴァの思惑である時間稼ぎを許しているのか。

「マルフォ……落ち着け」

 セモーゼが静かに制止する。こちらは、冷静な性格のようだ。俺の行動の矛盾を分析しているところか。

「そして、お前らが俺を倒せると思っている根拠。それは、魔力羅針盤だろう?」

 そう言うと、セモーゼの表情に恐れが垣間見えた。

「俺も君らと同じく優秀な部下を持ってるんだ。まあ、あくまで情報特化の者だが。シルヴァが魔力羅針盤を開発しようとしているのは随分前から知ったよ。それで、これだ」

 二人に指輪を見せた。

「これは、魔力制御指輪と言う。効果はその名の通り、魔力を普段制御する指輪だ。こちらは宰相と言う立場だからな。大陸一の研究機関で極秘に開発することができたよ。一部族長であるシルヴァの私研究機関とどちらの開発が早かったのかはわかるだろう?」

そう言いながら、指輪を外す。

「……マルフォ! すぐに奴を倒すぞ」

 セモーゼは魔法を唱え始めた。一気に極大魔法でケリをつける気か。

 やはりまだ……若い。

 セモーゼが灼熱呪文メギドフレイム……マルフォが氷絶乱舞ブリザードグラウスか。二属性呪文で一気に片づける気だ。

 俺の言った魔力制御指輪の開発を『嘘』と判断したらしい。

「未熟だな……その程度の呪文でなんとかなると思ってるのか?」

「うるさい! 貴様の戯言は聞き飽きた」

「灼熱呪文メギドフレイム」「氷絶乱舞ブリザードグラウス」

 ほぼ同時に二つの極大呪文が放たれた。

「やはり……若い!」

 瞬時に、片腕でメギドフレイムを受け、ブリザードグラウスを相殺。返す刀で、極大灼熱魔法サウザントフレアを放った。

「「きゃあああああああああああ」」

 二人は業火の渦に巻き込まれた。

 やがて、炎は止み倒れている二人の前に立った。さすがの魔法力だ。息はある。

「覚えておけ。敵に策を施すときは、敵の意図に自ら乗ることだ」

今回は『時間稼ぎ』だ。敢えてそれにのることで、相手を油断させる。そして、その思惑をすべて看破したかのように語る。そうすれば、敵はこう思うはずだ。思うように操られているのは、こちらだと。あとは、話の中に餌を巻いてやればいい。

餌とは、魔力制御指輪だった。

セモーゼはこう思っただろう。敢えてこの情報を晒すのは勝負を長引かせたいからだ。しかし、俺がセモーゼたちより強いのならば普通に二人を倒せばいい。そうしないのは、なぜか。

それは、魔力制御指輪が嘘だから。本当はそんなものはなく、二人の実力に対して劣っていることを隠している。まんまとセモーゼはそう結論づけた。

あとは、奴らの最強魔法を破り返す刀でこちらが極大魔法を浴びせるだけだ。

二人の息を乱していたことも大きかった。本来、二属性呪文は片腕で破れる呪文ではない。しかし、逆上していたマルフォが一瞬早く放ちセモーゼが遅れた。結果として、炎と氷の極大呪文が二つ。片腕で炎を一瞬止めれば氷で相殺される。

最初から何も話さずに連携技で攻めてこられれば負けはしなかったものの、見事足止めはできたに違いない。

それほどの相手だったと二人をあらためて眺めた。

「こ、殺せ……」

 マルフォが息絶え絶えにつぶやく。

「……魔王軍の貴重な戦力をそう簡単に殺せるか。ティナシー!」

そう呼ぶと使い魔はすぐに出現した。

「はっ!」

「魔法医カーラの元へ連れていけ。期待の新人だ。で、シルヴァの動向は?」

「はっ!すでに親衛隊たちを魔法で眠らせ、マリア様の寝室へ入りました。不在を確認し、部下に居所を探させております。

ここまでは、まさに予測通り。シルヴァは、危険を察知し逃げたとでも思っただろう。あとは、マリアのもとに俺が先に到着すればいいだけだ。そして、その場所はすでに把握していて、シルヴァが決して知るはずのない場所だ。

魔王城の建築を任された時、極秘に作った部屋。設計図にも載っていない部屋。そこは、レジストリア様と俺しか知らない部屋で部下の裏切りにあった時に隠れる部屋だ。そしてこの部屋には強力な結界を張り巡らせている。その結界は大陸でも有数の強度を誇り、たとえ魔将シルヴァが知っていたとしても、破壊にはかなりの時間を要する。レジストリア様は決して使うことがなくほぼ忘れかけていたが、まさかこんな形で役にたつとは

一階にあるその部屋の前に立って「アンテ」と暗号をつぶやく。ドアを開いて、ベッドのマリアを確認……いない。えっ……い……な……い?

ええええっ!?どこ行ったのあの小娘は!

「マリア様!?えっ……うそマジで!」

ベッドにもいない……椅子の下にも……クローゼットの中にもいない。

「あっあのー、これ」

『ちょっと外に出てきます。すぐに戻ります』

綺麗な字で書かれていた書き置きが、机の上に置いてあるのを発見した。

あんの……大バカ魔王。

 ううっ……頭痛い。

「ど、どこいったあのおバカ魔王様はっ!」

「恐らく、外に……でも、どこに行ったのかは検討も」

 さすがにティナシーも取り乱している……あのおバカ魔王の行動以外は計算通りだったのに……再び顔を掌で抱えながら大きくため息が出た。


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