タマタマ祭り

【勇者 アルター】


 幼少から『勇者の才能がある』と言われていた。もちろん、村の中では常にトップの運動能力、魔力を備えていた。そして、何より俺は優秀だったことは強い者が勝ち、弱い者が負ける。この理屈をわかっていたことだった。


 いくら村長や他の村人におだてられても、勝てない戦には出ることはなかった。目標としている頂がそこにあったから、凡戦で死ぬことなど許されざることだった。


 『七英雄』。現在、五覇将と壮絶なる争いを繰り広げている人類の希望。そこに辿り着くまでに、どうあっても倒れる訳にはいかない。


 だから、弱小魔族が集う西北の地、中でも比較的レベルの低い魔族が出現する地を決起の場と選んだ。そして、ここカンタルオ村のゴブリン族に目をつけた。


 争いは領土の境で起きているよくある話だ。村はかねてから凶作が続いており、森林を含んだゴブリンの領土に侵攻したかった。しかし、領土には凶悪なゴブリンたちがはびこっている。


 やることは簡単だった。勇者アルターの名のもとに仲間を集め、凶作に苦しむ村人を救うこと。善行と利益は共存する。それも俺の持論だ。


 森林にはびこっている凶悪なゴブリンたちを追い出し、この村を救う。そして、自らも勇者としての名声を高めて報酬をもらう。


 それは、簡単な仕事だった。俺たちのレベルはゴブリンたちを遥かに凌駕するレベルであったから。たちまち村民たちから感謝され、西の勇者としてもてはやされた。勇者という仕事も、有名にならなければ仕事にならない。ただ、『勇者』と名乗る事など誰だってできる。必要なのは実績と評判。継続してそれをあげることが肝心。それを理解しているのが七英雄であり俺なのだ。奴らが有名なのは強いからではない。勇敢だからではない。ましてや弱気者たちを助ける正義の味方だからではない。


 弱い者を確実にしとめ、着実に目標に突き進むこと。


 まずは、このままゴブリン族を撃退。人々の支援を受けながら、七英雄の一角を担い、やがて五覇将を討伐……七英雄アルターか。悪くない。


「ねぇ、なにを笑ってるの?」


 隣に寝ているのは、酒場で釣った女だ。まあ、勇者という名で勝手に釣れたと言う方が正しいか。名前を聞く気もない、これも数多い勇者の特権だろう。


「ちょっと、今までのこと、そしてこれからのことを考えてな」


「それは……私も入っているのかしら」


 そうやって身を寄せてくる女に、心の中でため息が漏れる。


「もちろんだよ」


 彼女と唇を重ねながら、次はどこの村の女を抱こうか……そんなことを考えていた時、


「魔族だぁ! 魔族の襲来だぁ!」


 外から村人が恐れおののいた声で叫んでいた。

 しかし、俺に焦りはなかった。このあたりの魔族に自分たちより強い者はいない。ゴブリン、もしくは近隣の魔族が攻めて来たのか。

 またしても、武名をあげる機会が来たか……この勇者という仕事はボロすぎる。


 外へ出ると、怯えて座り込む村人はいたが、近くに魔物の姿はなかった。

 まだ遠いか……視線を森林の方に移すが、そこにもいない。大方、なにか大型動物と見間違えたんじゃないか。愚鈍な奴というのは本当にどうしようもないな。ため息をついて村人の方を見ると視線は上を向いていた。


 まさか……有翼系魔族か? 一瞬、そう頭によぎって空を見上げるが、何もない。ホッと胸を撫でおろした。有翼系魔族は強力な者が多いと聞く。まあ、この地方には出没するという話など聞いたこともないが。


「大丈夫ですか? 魔族もいないのにいったいどうしたと言うのです」


 この礼儀正しさも、勇者たるにふさわしい行動。このような振る舞いは後々語り継がれるものだ。


「あ……あ……あれ」

 村人が震える指先でさした方向を見ると、幾人もの巨人がこの村を目指して歩いてきていた。それは、紛れもなくギガース族の大群だった。


「あが……あががががっ」


 気がつけば、顎が外れそうになるほど呻いていた。

 なぜ……五覇将直属の部族がこんな所に……


「勇者アルター様―! 我らを、どうかお助け下さい」


 村人たちがこちらに気づき、一瞬にして群がってきた。

 ふざけるな……な、なんとかできる訳ないだろ。五覇将直属の部族が全軍を持って攻めてきているのだ。カンタルオ村どころか、この国自体が存亡できるかどうかすら怪しいものだ。


「と、とにかく海へっ!」


 そう言って海へ向かって走った。

 船で逃げれば、取りあえずは退路は確保できる。奴らも、海を渡っては追っては来られないだろう。


「はぁ……はぁ……あった。いいか、みんなー! この船に――」


 ドッカ―――ン!

 その時、船が一瞬にして全壊した。


「我の兇刃は全てを斬り裂く」

 俺たちの前に立っていたのは、スケルトン族の戦士だった。

 ば、バカな!魔王直下の親衛隊であるスケルトン族がなぜ、こんな所に!?しかも……あの黒曜石の剣は……あの魔王親衛隊隊長『兇刃ゼルカス』の剣!? い、いやまさかそんなはずは……そんなはずはない……そんなはずは……


 そのスケルトン族の戦士はこちらに気づいたのか、俺たちの方へ歩み寄ってくる。

 一瞬でわかった。この相手には勝てない、と。俺が一生剣技に打ち込んでも、どんな修羅場をくぐろうとも勝てない。そのあまりの迫力で、もはや立つこともままならず、その場にへたり込んだ。


「……勇者アルターとやらはどこにいる」


 ええええっ!? な、名指しで俺っ!

 そして、そこにいた村人たちは全員俺の方を指差した。

 こ、このクソ裏切者村人がぁ!


「貴様か……俺は魔王親衛隊隊長ゼルカス」


 やはり、間違いじゃないのねぇ!


「な、な、な、何が目的だ!?」


 もはや逃げることは不可能だ。背を向ければ、一瞬にして斬られる。なんとか、立ち上がって震える手で剣を構えた。

 もはや、命がないことはわかりきっている。だが、ここで逃げ出せば末代までの恥だ……そう、俺は勇者アルターーー


 キ――ン!


 剣が瞬時に飛ばされた。


「ひ、ひいいいいいっ命だけは! 命だけは」


 何度も何度も頭を地面に擦り付けた。


「……何しに来た? ギルガン」


「ひっ……ごめんなさいごめんなさい、もうここには二度と来ません! 来ません! 来ませんからぁ……へっ、ギル……ガン?」


 後ろを見ると、大きな足が目の前にあった。見上げると、そこには巨将ギルガンが神妙な面持ちをして立っていた。


 死ん……だっ。もう、圧倒的に……死んだ。


「ゼルカス……貴様こそ……何をしに来た?」


 巨将ギルガンもまた忌々しそうに吐く。


「……たまたま、だ」


 魔王親衛隊隊長ゼルカスはバツの悪そうに答えた。

 たま……たま……? ははっ、そうか。人生なんてそんなものなのかもしれない。いくら強い者を避けて生きていたとしても、たまたま、強い者と遭遇し死んでいく……そんなものなのかもしれない。


「俺も……たまたまだ」


 ……ははっ巨将ギルガンもたまたま……か。こんなにたまたまってのはよくあることなのか……たまたま……たまたま……たまたま祭りだ。


「……ふふっ」


「「何がおかしい」」


 ゼルカスとギルガンから壮絶な激が飛んだ。


「ひいいいいいっ、ごめんなさ――――いっ!」


 最早、俺の命はこの魔族たちの掌の内にある。


「たまたま……か。たまたまギガース族を全軍動員して、たまたまマリア様が来訪なさるこのカンタルオ村の地にたまたま進撃したと言うのか」


 ゼルカスはその頭蓋骨を揺らしながら言う。


「くっ……貴様こそ、たまたま一二〇年ぶりに有給を取って、たまたま南東にあるスケルトン族とは真逆にあるこのカンタルオ村の地を訪れ、たまたまマリア様と交渉する勇者アルターと一騎討ちを試みたと言うのか?」


 ギルガンは蒸気を吹き出しながら言いかえす。


「……」


「……」


 しばらく、沈黙が流れた。


「「……ふふふふふ……ふははははははは、ふはははははははは」」


 そして、突然互いに笑い出すギルガンとゼルカス。い……意味がわからん。

 所詮、五覇将、魔王親衛隊隊長を計れる器では無かったということか。七英雄……俺などが夢をみれるものでは無かった。


「……ふふっ」


「「何がおかしい!」」


 またしても、ゼルカスとギルガンから壮絶な激が飛んだ。


「ひいいいいいっ、命だけは――――っ!」


 最早、命乞いすることしか自分にできることはなかった。


「おい……勇者アルターとか言ったか?」


「は、はいっ! どうか命だけは――」


 そう言ったつもりだが、最早その声すら出ず、すでに生きた心地はしなかった。


「言うことを聞かなければ、殺す。我らの言う通りにできなかったら、殺す。理解できるか?」


 そうゼルカスに剣を突き立てられる。もう黙って、頷くほか選択肢はなかった。


「……では、やるか。立て、村人たちよっ!」


 ギルガンは大声で村人たちに向かって叫んだ。


「……あの……何をすれば?」


 村長がかろうじて息を吐くように尋ねた。


「……予行演習だ」


「えっ……予行演習?」


                   ・・・


 それから、不眠不休で魔王を出迎えるためリハーサルが始まった。どうやら、魔王がここに来るらしい……どれほど、俺を絶望の底に叩き落とせば気が済むんだろうか。


「貴様らっ、ここは、魔王様が通ると言っておるだろうが! ここにゴミが残っているではないか! きちんと、掃除をせんか掃除を。村ごと踏み潰すぞ!」


 巨将ギルガンが怒鳴る。


「ひっ。ひいいいいいいっ!」


 村人たちは必死になって道の掃除を始める。


「おい! お前もう一回、さっきのセリフ話してみろ」


 当然のように俺の背中に蹴りを入れるゼルカス。


「は、はい! ようこそいらっしゃいました魔王様。こちらへいらっしゃってください。さあ、交渉を始めましょう。本日はお日柄もよく――」


「……ゼルカス! お前その台詞なんとかならんのか!? 硬すぎるだろう! まるで貴様の骨のようだ。これではあまりにも演技臭すぎるぞ」


「なんだと! 貴様こそ、そんなに掃除してどうする気だ!? 貴様が几帳面すぎるだけであって、お優しいマリア様その煙突の裏のスス一つであーだこーだ言わんのだ!」


 はわわわっ……猛っている……御二方、猛っていらっしゃる。


「なんだとっ! お前は血の通っていない骨だからあの方の心がわからんのだ。あのお方はお前の骨のように形式ばった言葉じゃなくて、もっと柔らかくて小さくてモフモフした暖かい歓迎をだなぁ……」


「……確かに、その意見には全面的に賛成するが。貴様―! 貴様の演技に根性が入ってないからだ! 死ぬほど必死にやらんとみじん斬りにするぞ!」


「ごめんなさーい! 命だけは―!」


 そう言いながら何度も土下座する。


「……ゼルカスよ。ミュジカールなるものを知っているか?」


「ミュ、ミュジカ……なんだそれは?」


「人間たちの伝統的な管楽劇らしい。歌を歌いながら、話を進めていく手法のことだ。今回の出迎えでそれを試してみてはどうか?」


 な、何を言っているんだろうかこの巨人は。


「……悪くない。おい、貴様。ちょっとそのミュジカなるものをやってみろ」


 ええええええええっ!


「は、はい。よ、よ、よ、よ、よ、よ・う・こ・そっ♪」


 破れかぶれ、全力で歌って踊った。恥も外聞もなく。


「貴様ー! なんだそのふざけた物言いはぁ!」


 背中をガンガン蹴りを入れられる……ひ、酷すぎる。


「やめてぇ。蹴るのやめてぇ」


「……ゼルカスよ。どうやら、それでいいそうだぞ」


「む……そ、そうなのか。では、続けろ」


 神様……俺、誓います。もし、仮に生き残ることができれば、勇者やめます。




    

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