王とは……胸とは……

【宰相ガト】


 なぜか、巨将ギルガンに気に入られたマリアに驚きが止まらない。こんな小娘のどこがいいのだろうか。


「でも、ギルガンさんが本当に優しい巨人でよかったぁ」


 玉座の端にちょこんと座っていたマリアが満面の笑みを浮かべる。


「しかし、魔王様。嘘はよくないですな」


「嘘? なんのことですか」


「俺は『優しい』などとは一言も言っていません」


 ギルガンに取り入ろうとする方便だろうが、そんな浅はかな行動はすぐにばれるものだ。魔王たる者行動には責任を持たなければ。


「えっ? 言いましたよ」


「いや、言ってませんよ。本人の俺が言っているのですから間違いないです」


「言いましたよ。わたし、確かに聞きましたよ」


 な、なんて頑固な小娘なんだ。俺は言っていないと言っているのに。

 ……しかし、なにか誤解させるような発言をしていたのだろうか?


「ティナシー、先ほどの出来事覚えているか?」


 そう呼びかけると、突然彼女は出現した。


「ふふふ……こんなこともあろうかと議事録を取っておりました」


 どうやってこの事態を想定していたんだ貴様は。有能すぎるこの使い魔には別の意味で大きなため息が漏れる。


                        *


 議事録

 玉座の間にて


 宰相ガト

『ギルガンは非常に礼儀正しい巨人です。暴力的な真似は決して致しません。大きな巨体ではありますが、その外見だけで恐れてしまっては、あまりにも可哀想ではありませんか?』


                        *


「以上が先ほどの会話で出てきた言葉です」


 ティナシーが報告書を読み上げた瞬間、自身の記憶が間違いなくホッとした。


「だから、言ったでしょ。いいですか? これからは軽はずみな言葉は謹んでください。別に怒っている訳じゃなく、これから直してもらいたいといってるだけですから」


「言いましたよ、ガトさん。わたし、聞きました」


 ……ええええええええっ!?


「ちょ、見ました? ティナシーの報告聞いたでしょ? ほらっ、書いてあるでしょここに。『礼儀正しい』、『暴力的な真似はしない』。これは『優しい』という意味じゃありませんよね」


「ええ。でも、聞きましたもん」


 ああ……そうか、言葉が通じないんだったな貴様は。


「もういいです。それより、巨将ギルガンに魔王と認められたことは大きいです」


 というより、なんだってあいつらは次々とこの小娘魔王を認めていくのだろうか。認めてないの、俺だけじゃないか。


「この調子で他の五覇将さんとも仲良くしなきゃですね」


 マリアはそう言って両手でガッツポーズを決める……違う……何かが違う。


 その時、突然玉座の間の扉が開いた。現れたのは漆黒の髪、少し尖った八重歯を持った女……かつて魔王の第一候補だったヴィヴィアンだった。


 ダークエルフ族、竜族、デーモン族の三種の血を受け継ぐ彼女だが、比較的ダークエルフの血が強いため、風貌はそれに近い。しかし、戦闘では漆黒の翼で縦横無尽に飛び回り、竜族顔負けのブレスを吐く。


「何の用だヴィヴィアン? 今日は貴様の訪問は予定していないが」


「その玉座を奪った奴の顔を拝みにね。へぇー、こんな顔してるんだ」


 そう言って彼女はマリアの顔をジロジロ眺める。


「あ、あのぉ。初めまして」


 そう言ってマリアは深々とお辞儀をする。


「……どうも」


 ヴィヴィアンはぶっきら棒に答えて、突然マリアの胸を鷲掴みにした。


「ひ……ひぅっ! な、なにを」


「むーっ! 胸は……私より遥かに大きいわね……これでガトを誘惑したの?」


「そ、そんな誘惑だなんて……は、はなしてぇ」


 はぁ、何をやってるんだこの小娘どもは。


「いい加減に放してやれ。もう、気が済んだだろ」


 そうヴィヴィアンの腕をとって引き剥がそうとすると、なぜか涙目でこちらを睨んできた。


「なんで!? なんで私じゃ駄目なの?」


「……貴様が駄目なわけではない」


 本心でそう言った。彼女は、常に努力し続けていた。魔王に子ができなかった時のための予備。幼少からそんな立場に身を置いて、やさぐれても不思議ではなかった。しかし、そんな境遇にも屈せず魔王たる教育をよく受けきったと思う。


「……私が欲しいのは、そんな慰めの言葉じゃない! ねぇ、なんで!? なんでこの子なの」


 その瞳を潤ませて俺に迫ってくるが、俺にはどうしようもない。


「理由は一つ。このマリア様が魔王レジストリア様の子だからだ。それ以外にはない」


「そんな理由で――」


「阿呆か、貴様は。それこそが唯一重要なことなのだ。それ以外には必要ない。貴様が魔王第一候補だったのも、その血筋のおかげだ。レジストリア様に最も近い血族の者だから。貴様が魔族一努力したからでもなく、魔族一聡明だったからでも、魔族一強かったからでもない。受け入れろ、俺に言えるのはそれだけだ」


「ガトさん! そんな言い方ないでしょう」


 マリアが俺とヴィヴィアンの間に入る。


「事実です。誰しもが自分の『血』を選べない。だからこそ、授けられた者の中で精一杯生きていくしかないのだ、ヴィヴィアン、貴様の無念に免じて一度はマリア様に無礼を許した。しかし、次にそのような態度をとろうものなら宰相として対処させてもらう」


 そう言って剣を抜いてヴィヴィアンにかざした。彼女は、顔を青ざめさせながら二、三歩後ずさった。


 ここで、主従関係をはっきりさせておいた方がいい。それで、余計な反心を抱くようならば他勢力の旗として使われる前に始末しなければいけない。


「やめてくださいガトさん! ねぇ、ヴィヴィアンさん。私、同い年くらいの友達がいないんです。私と、友達になってくださいませんか?」


 こっちはいろいろとわきまえさせようとしてるんでしょうが!

 怒鳴りたい、怒りたい、やめたい、逃げたい……あ、頭痛い。

 マリアがヴィヴィアンに近づいて、ニコッと笑顔を向けて握手を求める。


「友達……ねっ」


「……」


 ヴィヴィアンはしばらく黙ってマリアの様子をうかがっていたが、やがてマリアの胸を鷲掴みにした。


「は、はにゃ!?」


「このこのこのこのっ! いい子ぶっちゃって、嫌いよ。大っ嫌い!」


「い、いや……ちょ……・まっ……・ひぅう」


 く、くだらない。


「ヴィヴィアン……退場」


 スケルトン族の親衛隊に指示して強引に彼女の両手を掴んでひきずりだす。


「くっそぉ巨乳魔王、バカ冷酷宰相覚えてなさいよいつかその座から――」


 その罵倒を言い終わる前に扉が閉まった。


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