心配しないで


 玉座の間に座っているのも飽きてきたのか、それとも緊張が解けてきたのか、マリアは手を挙げて俺に発言のアピールをしてきている。


「……別に手を挙げなくても自由にご発言なさって構いませんが」


 冷静にため息が出るとはこんな感じなのか。

 

「一度、リアルイン修道院へ帰りたいんです」


 また唐突にこの娘は。大人しく座っておいてもらえませんかねぇ。


「駄目に決まっているでしょう。一度覚悟を決めたんですから、きちんと魔王の職務をまっとうしてください」


「魔王にはなります。約束破ったら、魔王になっちゃいますから」


 もはや、この小娘の言動は理解不能だ。


「……帰らないということでよろしいんですか?」


「いえ! 帰りたいんです。一度だけ。お世話になったシスターや神父様に『わたしが元気に魔王を頑張っています』と伝えたいんです」


 神に仕える者にそんな宣言するのもどうかと思うが、ほんの一部気持ちがわからんこともない。


「要するにお世話になった人に、心配させないようにしたいと?」


 そう尋ねるとマリアは嬉しそうにうんうんうなずく。なんと伝わりにくい言葉だろうか。


「手紙にしたらどうです? 要件ならそれで伝えられますし」


 その提案を首をイヤイヤと振って拒絶する。


「あんなさらわれかたしたんですよ? 実際に会わないと安心できないに決まってます」


 確かに、手紙は強引に書かせることもできる。この小娘のいうことも道理である。後々忙しくなって来る前に、マリアに関係する人間たちとのいざこざを解決するのもいいか。


「わかりました。すぐに手配しましょう」


「本当ですか? ありがとうございます。ガトさんてすぐにダメって言う嫌な宰相で嫌いでしたけどいいところもあるんですね」


 ……褒めているつもりなのだろうか。それに、こんなにも頑張って尽くしている俺に対して面と向かって『嫌い』とは、よく吐けたもんだ。このど天然小娘を育てた奴がなんぼのもんか、少し興味が湧いてきた。


                     ・・・


 と思いたったのが何時間前のことだろうか。


 旅路へ発つ前に、いろいろ前準備を行うのは魔王レジストリア様の時代から変わっていない。宰相とは君主の政務を補佐する役職でそんな雑務をやってやる筋合いはないのだが、いつのまにかいろいろあれこれ苦言を出してしまうのは性分なのかもしれない。自分でも少し……少しだけ口うるさいと思っている。


 現に、マリアが出発時間二時間を過ぎているのに一向に部屋から出てこないことに凄く苦言を呈したくなっているのもその性分だからだろう――ってかいつまで時間かかってんだよ!


「マリア様! 遅すぎませんか!? なにやってんですか!?」


 魔王の部屋の扉をドンドン叩くのもどうかとは思うが、すでに二時間予定より過ぎているのだから、この際不問としていただきたい。


「ご……ごめんなさい。なかなか……その……決まらなくて」


「なにがですか!? 俺にできることでしたら、なんでも仰ってください」


 そう言うと、なぜか慌ててバタバタし出す小娘。


「い、いいえ! 全然お構いなく」


 そっちが構わなくても出発時間二時間過ぎてるんですけど!


「入りますよ! いいですね!?」


「あっ、ちょ……まっ……」


 彼女が言い終わる前に扉を開けた。

 そこには、紅の下着姿の魔王がいた。頬は紅潮した半泣き顔で、必死にいろいろ隠そうとしているがその細い両腕と小さな掌ではなにも隠せてはいなかった。


「……なにをやってるんですか?」


「えっと……その……何色の下着がいいか……な……って」


 気づけば足元から崩れ落ちていた。


「何色でもいいでしょうが!? 別に見せるもんじゃないでしょう!」


 そんな心底くだらない問題に何時間要しているんだこのバカ小娘魔王。


「だって! だってだって! 可愛い下着がいっぱい置いてあるんですもの。ここには、いっぱい可愛い下着が二十四色。しかも全部可愛いデザインばっかり!」


 知らん! 超絶知ったことか!


「そうですよ、ガト様」


 突然、ティナシーが出現した。


「な、なんだ貴様は! いったいどこに同意の余地が――」


「女の子は可愛い下着があればつい迷ってしまうものなのです。それに、女の子の部屋に許可なく入るなんてデリカシーなさすぎ!」


 き、貴様……上司に向かって何たる口ぶり。


「早くしないと陽が暮れるぞ! なら、ティナシー。貴様が手伝ってやれ」


 そう言って扉を強く締めた。


                   ・・・


 のが、一時間前。なぜか一向に出てこない二人。


「マリア様! いいかげんにしてくださいよ! ティナシー、貴様がついていながらこのザマはなんだ!?」


 魔王の部屋の扉をドンドン蹴飛ばすのはどうかとは思うが、すでに俺の堪忍袋の緒はキレまくっているので、この際不問としていただきたい。


「も、もうちょっとだけですから! もうちょっとだけ」


 それ言ってから何時間たってると思ってんだこの小娘魔王。


「ティナシー! どうなってる? 開けるぞ!?」


「あっ、ちょ……まっ……」


 マリアの制止を聞く余地もなく扉を開けた。

 そこには、黒の下着姿のティナシーがいた。少しの恥じらいを見せることもなく、俺の表情をうかがいながら満面の笑みでターンして見せた。


「フフッ……似合いますか?」


 あ、頭痛いっ。


「じゃねぇよ! 貴様まで一緒になって何をやっとるんだ!?」


「そんなにティナシーさんを責めないでください! 全部わたしが悪いんです……つい、ティナシーさんに可愛い下着を着させたくなったわたしが……」


 そうだよ全部貴様が悪いんだこの小娘バカ魔王が――なんてことは俺の心の中になんとか押しとどめた。


「いえ! マリア様は悪くありません。悪いのは全部この下着です。この凶悪的に可愛いこの下着が。そしてそんな下着を準備してしまった私が」


 そうだよその貴様の性根がねじ曲がってるのが悪いんだよ何時間イライラしてると思ってんだってかなんで貴様のサイズの下着がこの部屋においてあるんだこのクソ使い魔が――と言うのは差し控えた。後から、数百倍の報復がくるのがわかっているのは長年の付き合いからだ。


「そんな! ティナシーさんは何も悪くありません……悪いのは……ガトさんです!」


 ビシッ! まるで音がしたかのようにこちらを指差すマリア。


「な、なんで俺が!? 俺がなにしたって言うんですか!」


 この小娘は脳みそ腐ってんじゃないか。


「せっかくティナシーさんが可愛い下着をつけてるのに! 一言もないなんて! あんまりです」


 この娘の脳みそは腐っている、俺はハッキリそう自覚した。


「いいから! 早くしてください早くしてください早くしてください!」


「いえ、わたしは行きません。ティナシーさんの下着の感想を聞くまで、わたしはここを動きません」


 そう言って藍色の下着を着たまま背中を向ける小娘。そうか、貴様が『行きたい』と言った提案を渋々受け入れた俺に対して、『行かない』と駄々をこねるわけだな。


 正直、ティナシーの下着姿などどうでもいい。幼い頃からの付き合いで、互いにすべてをわかっている間柄だ。かと言って、この小娘魔王の下着姿など超絶どうでもいい。


 総評として、どうでもいいと脳内で結論を出したところでこの場が最もまるく収まるような方法を探しはじめた。


「……綺麗だと思うよ。お前のシックな雰囲気によくあっている下着だと思う。これ……」


 これでいいか、と言いかけてすぐに思い留まった。


「フフッ、ありがとうございます……まあ、これぐらいで許してあげませんかマリア様?」


 誰が何を許すのか、非常に気になるところではあるがティナシーの悪戯が終わったということだろう。マリアの機嫌もやっと直ったようで満面の笑みを浮かべてこちらを向く。


「許すもなにも……わたし怒ってませんから」


 あ、頭痛いっ!


「もう、いいですから。早くしてくださいね」


 そう言って扉を閉めた。


 結局、出発はその二時間後だった。


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