笑え


 医務室。ベッドで横になったまま黙っているゼルカス。沈黙の音が……いやにうるさい。心配になって様子を見に来たが、理由が理由だけに(恋の病)励ましづらい。いや、むしろ一〇〇歳越えの骨武者が一四歳の少女に恋をしたと言う状況に正直に言うと引きまくっている。


「……ははっ! 笑ってくれ」


 自嘲気味に卑下するゼルカス。

 わ、笑えない。可哀想すぎて全然笑えない。


「仕方ないことだろう? 自我のコントロールの聞かない現象と聞くし」


 自分自身体験したことがないからよくわからないが、多くの人間や魔族が恋と言う現象で人生を惑わされ狂わされているところをよく見ている。端から見ればおかしいような行動だが、まあ仕方ないことだと納得するしかない。


「……一心不乱に剣の道を究めようと志して一二〇年余り。寝ても覚めても剣のことのみ考えていた。それが……一四歳の女の子に……滑稽だ。滑稽だろう……骨だけに」


 すまないゼルカス……鉄板の骨ギャグも笑えない。


 クスクス……


 遠くから魔法医カーラの笑い声が聞こえる。恐らくゼルカスの骨ギャグが面白いから笑っているのではない。女って奴はなんて残酷な生き物なのだろうか。


「だ、だいたいそんな容姿がかけ離れているのに、ホレただなんだのって……なにかの間違いじゃないか?」


 元々、異種族間で恋愛が成立するのは割合外見が近い者同士が圧倒的に多い。ルックスから足の先まで全て骨が剥き出しのスケルトン族に、ほぼ人間の姿であるマリアになぜ惚れるのか。その理由がまったくわからなかった。


「……俺にもわからん。恋とはそういうものだろう?」


 ゼルカスは辛そうにつぶやく。


 知らん! と突き放したいが、そう言う訳にもいかない。


「その……ほらっ、同族にはいい人がいないのか? 異種族の恋はハードルが高いぞぉ」


 それとなく代案を提示した。この誠実な骨武者が傷つくのは忍びない。すでに、原因不明の恋をしてしまったゼルカスはともかく、マリアの方がゼルカスに惚れるとは思えない。


「バカね、ハードルは高いほど恋は燃えるのよ」


 外野のカーラから余計な横やりが入った。


 ど、堂々と盗み聞きしてんじゃねぇよ!


「……うむ」


 ――じゃねぇよ、納得してんじゃねぇよ。


 とは言え、ゼルカスは城の守りの要である。無下になどして登城拒否などされたら魔王の護衛に影響が出かねない。ここは仕事仲間として、仲間として、戦友としてできることのことをしてやらねばいけない。


「魔王の職務に、子作りの業務がある。とはいえ、性別は女だ。探すのは婿ということになるだろう。そこに、お前を推しておく」


 そう言い残して、医務室を出てきた。もう、これ以上ゼルカスの喜ぶ顔も喜びを隠す顔も見たくない。


しかし果たして子作り出来るのかという疑問が即座に出てきたが、深く考えないようにした。


 「どうでした? ゼルカスさんお元気でした?」


 玉座の間に入るや否や、マリアが心配そうに尋ねてきた。


「ええ、その件に関してはご心配なさらずに。それより、あなたの魔法の実力はよーくわかりました」


 そう嫌味を効かせて言うと、なぜか「エへへ」と照れ笑いを浮かべるマリア。


 なんなんだ、いったいどういう感情でそんな顔をしているのだ。


「なんとか他の仕事で頑張りますから! なんか、仕事ください」


 その宣言に思わず頭を抱えた。昨日話した『魔王の職務』に関して、なにも理解できていないことがわかって。ああ……頭痛い。


「……そうですね、じゃあ、庶民の投書にでも目を通してみますか?」


「やりますっ! なんですかそれは?」


 『庶民の』と聞いた瞬間、マリアの瞳が輝きだした。恐らく、こういう善王振舞いするような仕事が好きなんだろうなと推察する。


「まあ、言葉通り庶民の困りごとが直接魔王に来るようにするモノで各村一つに設置されています。民意を直接汲み取ることにより求心力の低下を防ぐことを目的にしています」


 もちろん、今述べたことは数ある名目の一つに過ぎない。本当の目的は部下の報告と相違を確認することにある。魔王に対し誤った報告があるのに考えられるのは二つ。自身の失敗を隠すこと、もしくは反意があること。前者に関してはよほどのことがない限り不問にするが、後者に限っては見過ごすことはできない。


 まあ、こんなことをわざわざ報告して彼女のやる気を損なってもいけない。


「ガトさん、わたし、頑張りますっ!」


 案の上、マリアはやる気満々である。


「……わかりました」


 そう言って、すぐさま持っている報告書を手に取りながら事案の確認を始めた。あの小娘魔王にこんなことをさせるのは、善行を施させて満足感を味あわせることではない。大陸の庶民に魔王代行が恐怖の対象として崇められるように仕向けることにある。


 一言で言ってしまえば印象操作である。それは、身分が離れた存在であればあるほど有効である。

 と言うか、こんなことを毎回やり続けないといけないのだろうかと言う不安から幸先まったく見えない暗闇を感じ、すぐにでも逃げ出したい想いに駆られるが、俺しかいないと自分に言い聞かせて報告書をめくる。


「西にあるガサバエ地方のゴブリン族族長ブンドドの訴えです。内容は奴から聞いてみてください」


 と詳細は伝えなかった。そして、すでにブンドドには事前に魔王代行のことを伝えておいた。


 昨日のリアルドの一件で反省した。すでに目下城内にいる者たち、すなわち側近やたまたま仕事で城に来ていた魔族たちなどには、魔王代行のことを知らせるよう指示した。万が一にも魔王に失礼がないようにするためである。また、あんまりリアルドのように気安く話しかける魔族がいれば今後威光の面でマイナスになるとも限らない。


 ゴブリン族は緑色の肌を持つ小鬼だ。魔族の中で最も数が多く、かつ広域に生息する。一般的に戦闘力は弱いとされており魔族軍の中では雑兵として編成されることが多い。また、行商なども執り行っており、他の魔族とのつながりもあり重要な魔族の一つである。思考としては単純で気弱な部族なので、ここで魔王代行の存在感を出しておけばそれが魔族間に伝わり崇高感が高まる。


 その時、ティナシーが出現し魔王と俺に対し跪いた。


「ガサバエ地方のゴブリン族族長ブンドドがいらっしゃいました」

 

「……貴様、よく何事もなかったかのように俺に報告をできるものだな」


 昨晩の件はどう申し開きをするつもりだ。


「はて? なんでございましょうか。よくお眠りになっていたかと」


 そうとぼけ顔で答えるティナシー。ティナシーは魔王マリア、そして俺が人間とのハーフであることを知る数少ない魔族であり、こちらが強く出れないことを知りつつ絶妙な距離感でいたずらを仕掛けてくる非常に厄介な存在だ。


 これ以上この性悪使い魔にからかわれるのは耐えられん。無視してさっさと話を進めるに限る。


「もういい! 通せ」


 このところ、ろくなことがない。そう思って過去の魔王レジストリア様との日々を思い返すが、それはそれでろくでもなかったと改めて額を抑えてため息をついた。


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