追記

 いくつか疑問を自己解決したので、追記する。

 前提として、この物語では、地球から転移・転生してくることも、この世界の住人が他へ行くこともない、閉じた世界を想定している。登場人物たちは、比較対象を持たない。

 ストーリー上、世界の仕組みは非常に重要だが、指の本数は全く意味がない。むしろ、読者の注目が変なところに集まると困るので、無難に両手10指にしたいんだ……。


■余談6

 数年前に例の一文を考えた際、私の脳内に浮かんだ映像は、〈青空の下、緩やかな緑の丘を登っていく少女〉である。

 「本文」「余談」を書くに当たり、久々にその映像を思い出した私は、不安に駆られた。


 ……この世界、空の色が青くなかったら、どうしよう。


 地球で空が青く見える理由は、太陽光のうち青いほうの光が、大気の大部分を占める酸素と窒素の分子に当たって散乱されるからである。

(紫の光も散乱されているが、人間の目は紫を感じにくいらしい)

 恒星の光の色や、惑星の大気の成分が地球の場合と異なっていたら、もしや空の色も違ってしまうのではないか?


 また、地球でも夕方の空は、成分は変わらないのに赤い。夕陽は上ではなく横から射すので、光が通過する大気の距離が長くなり、青い光が散乱され切ってしまうため。惑星の大気の厚さも関係する?

(大気の厚さは、どれだけ宇宙空間に逃げ出さないよう惑星表面に引き止めておけるか、という話なので、惑星の重力の強さが関わってくる)


■余談6-1

 恒星の色は、表面温度によって異なる。例えば、オリオン座のベテルギウスは赤、リゲルは青白であり、太陽は遠くからだと黄色に見えると言われている。異世界の恒星が、太陽とは違う色をしている可能性はある。

 地球人の視覚は、太陽光の下で物を見易いように進化してきたという。ならば、異世界の恒星の光の下で暮らす住人たちは、その光に適応した視覚を持っているはずだ。


■余談6-2

 もし、大気中の成分が異なっていたら。

 その場合、マリーは酸素を呼吸する生物ではない、ということになる……。


 ここで、大気について考える。

 物質には固体・液体・気体の三つの状態があり、地球の大気の大部分を占める酸素と窒素は、普通の気温の下で、気体の状態にある分子である。

 もし気温が違ったら、気体の状態でいられる分子の顔触れも変わってしまうのでは? と思って、元素の沸点をちょっと調べてみた。

 ……酸素と窒素の沸点は-183℃と-195.8℃なので、これが液体になるような気温だったら、水も全部凍りついてるよ……。

 地球で生命が誕生・進化できたのは、表面に液体の水が存在したからである。

 水が凍りつくような環境でも、水じゃない液体の海に適合した生命ならば誕生可能かもしれないが、そこまで面倒臭いもの考えたくない。マリーには、普通に水(H2O)を飲んでてほしい。


 というわけで、惑星の気温は、水が液体として存在できる温度の範囲内、要するに、地球の気温と大して変わらないと仮定する。ならば、気体として大気中に存在できる分子の顔触れも、ほぼ同じであろうと期待する。

 ――が、ふと、以前読んだ本の内容を思い出し、もう一度借りてきた。


W.S.ブロッカー=著 齋藤馨児=訳

『なぜ地球は人が住める星になったか? 現代宇宙科学への招待』

講談社ブルーバックス 1988年


 この本の「大気中の酸素」の節を、超大雑把に要約すると、


・地球の内部には、大量の鉄でできた核がある。

・鉄は、非常に酸素と結びつき易い物質で、大気に触れると酸化鉄になる。

・核の鉄と大気中の酸素では、圧倒的に鉄の量のほうが多い。

 もし混ぜ合わせたら、酸素分子は全部なくなる。


 ……らしい。

 もし、惑星の表面に出ている鉄の量が多かったら、大気中に存在している酸素分子の量は少ないか、ゼロかもしれない。


 しかし、私が漠然と想像するこの世界の科学レベルは、恐らく原子も分子も知らないので、誰も化学分析して「この惑星の大気はX素とY素でできている」とか言わない。

 地球人が転移することもないので、我々が吸ったら死ぬような成分だったとしても、問題は生じない。


■余談6-3

 そして。

 ――異世界の空が、地球人が見たら絶対「青い」と言わない色をしていたとしても。

 ことにしてしまえば、「青空」と表現しても良いのではなかろうか。誰も比較しないもん。


 というわけでめでたく、「空は青く、丘は緑である」ということに落着した。

 したことにする。


■余談7

 惑星の重さが異なると重力の強さが変わるので、その環境に適応できる生物の大きさも変わる。

 ――マリーが、見たところ地球人と全く変わらない姿形だったとしても、サイズはもしかしたら違うかもしれないよね。巨人や小人の可能性も。

 と思ったが、他の世界との行き来が皆無で比較対象がないので、別にどんな身長でもいいじゃん。と、割り切った。


 長さや距離の単位は、英語のフィート(踵から爪先まで)や古代エジプトのキュビット(肘から中指の先)のように、その世界における人体を基準にすれば、物語内での齟齬は生じないはず。何メートル相当、みたいに地球の単位に換算することはできないけど。


■余談8

 「本文」に「恒星の寿命の範囲内で、惑星に生命が誕生し、ある程度のスピードで進化しないといけない」と書いたとき、数年前には思いつかなかった疑問が生じた。


 ……恒星が、もし太陽よりも非常に重い星だった場合、星の寿命が短くなるから、進化も急がないといけない?

(太陽の寿命は100億年程度。太陽の約20倍の重さのベテルギウスの寿命は1000万年程度)


 しかし、その後に気づく。

 例えば旧約聖書の「神は六日目に人を作った」みたいな設定にしてしまえば、ウン億年かけて真面目に生物が進化する必要性、ないのではなかろうか。

 ついでに言うと、「マリーの指は10本だろうか」とか、「生物が二足歩行する方向に進化してなかったらどうしよう」という疑問も、神がそういう風に人を作ったことにしてしまえば、概ね何とかなるような気がする。

(注:「神はなぜ、そういう風に作ったか」を追求し始めると、振出しに戻る)



 地球の物理法則から類推しても、不自然でないような世界を考えるか。

 それとも、全てを神や神話で説明してしまうか。

 どちらでもいいけど、どっちかに絞らないと自分が果てしなく混乱するだけだ。と思う、今日この頃である。

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