40:少しずつの勇気

 経営学演習の時間になった。自分の発表は終わったから、後は見物するだけである。司会役と質問役にもあたっていない。

 今日の服装は、水色のTシャツに黒のデニムである。そろそろ、新しい服も買いたいが、LLOの浴衣も欲しいし悩むところだ。


「えっ、あれ鈴原?」

「マジ?なんか服装変わってるくない?」


 教室に入った途端、ギャルたちの視線と言葉が突き刺さってくる。すっかり忘れていたが、この服装で彼女たちと出くわすのは今日が初めてだ。あたしはなるべく気にしていないフリをしながら、自分の席へ向かう。


「あのさ、先週、ラナちぃと一緒にいたよね?」


 一人のギャルがそう話しかけてくる。そういえば、ラナちゃんと焼肉に行く前に、このギャルにその現場を見られたのだった。


「うん、そうだよ」


 あたしはしっかりと、彼女の顔を見てそう言う。


「一体どういう関係なわけ?ラナちぃがジュリスタの人気モデルだって知ってるよね?」


 彼女の背後に、何人かのギャルが控えている。あたしを散々ブサイクだと罵ったあの連中だ。あの時は何も言えなかったけど、今日は違う。


「ラナちゃんとは、友達だよ」


 あたしは大きく口を開き、そう言い放つ。ラナちゃんが、あたしのことを友達だと思っているかは知らないが、あたしは――そう思っているのだ。


「そ、そうなんだ。ふうん……」


 ギャルは踵を返し、軍団の元へ戻って行く。あたしも自分の席に着き、ペットボトルの水をごくごくと飲み干す。


(い、言えた!ちゃんと立ち向かうことができた!)


 冷や汗が背中を伝う。ここまでしっかり喋ることができるなんて、自分でも思わなかったのだ。そして、あたしはラナちゃんを助けたときのことを思い出す。あのときも、あたしは大声を出すことができた。そうだ、あたしは元々、しっかり声を張れるのだ。


「よっ!雪奈ちゃん、土曜日は観にきてくれてありがとうな!」

「相沢くん!そうだ、昨日はどうだった?」

「満員御礼、無事終了!それで夜中まで打ち上げ!おかげで寝不足なんだよなあ」


 相沢くんはそう言ってあくびをする。白崎くんが後ろからやってきて、相沢くんの頭にチョップを入れる。


「いてっ!何すんだよ!」

「あ、男に戻ってる~」

「当たり前だろ!もう衣装も化粧もしてねえんだから!」


 LLOでは、相沢くんが女性キャラを使っていることを知っているだけに、その発言が意味深に思えてしまう。そして、槙田くんも教室に入ってくる。


「雪奈ちゃん。例のことなんだけど、ちゃんとできたよ。ありがとう」

「そっか、よかったね!」


 槙田くんに、ナオトがあたしだとばれている場合、この言葉は嫌味か皮肉なのだろうか。大丈夫、ばれてないはず、と暗示をかけ、平常心を取り戻す。


「何か、雪奈ちゃん一気に明るくなった気がするんだけど。槙田もなんとなく感じ違うし。お前ら、何かあったの?」


 相沢くんが訝しげにあたしたちを見てくる。こんな一瞬の会話で、何かを見抜いたというのだろうか。ただ、二人でコーヒーを飲んだと言うのも恥ずかしい。


「バカ、何もねえよ。それより相沢、お前次のグループの司会役だろ?」

「やっべ、忘れてた!」


 そんなわけで、グループ発表が始まる。あたしはぼうっと眺めているだけだ。発表している人たちには申し訳ないが、あたしは槙田くんにばれていないかどうか、そのことばかりを考えてしまっていた。

 授業が終わってすぐ、ラナちゃんからメールが来る。暇なら今日も夕飯を食べないか、ということだった。毎度のことながら、両親は遅いだろうし、あたしは了解する。


「おっ、ちゃんと自分でメイクしてるね!」

「まだまだ下手くそなんですけど……」

「メイクは慣れだからね、すぐには上手くならないよ~」


 この日は定食屋さんに入る。このところ、外食にお金を使いすぎているのはラナちゃんも同じとのことで。あたしはサバの味噌煮定食を、ラナちゃんはサケの塩焼き定食を注文する。


「雪奈に一つ、報告があるんだ。アタシ、あのアルバイト、辞めることにしたから」

「えっ、そうなんですか?」


 ラナちゃんはふうっと息をつく。


「モデルの仕事、真剣に考えようかなって思ってるんだ。今までは、本当に趣味感覚だったし、雑誌のスナップに載せてもらうだけで、充分楽しかったんだけどさ。雑誌の人に、本気でやらないかって真剣に説得されて。もちろん、大学は卒業してからになるんだけど、プロを目指すのもアリかなって」


 あたしには、モデル界のことなんて全くわからない。彼女が、どんな大きな決断をしたのか、それがどれだけ難しいことなのか、ちゃんとは把握できていない。だから、安易な言葉をかけるのもいけないとは思ったが、素直に応援することにした。


「頑張って下さい。あたし、ラナちゃんならプロになれるって、思ってます」

「えへへ、ありがと。言葉だけでもそう言ってもらえると、嬉しいよ」


 こうして二人でご飯まで食べに行けるようになったのに、アルバイト先で会えなくなるのは寂しいと思った。けれど、大丈夫だ。今度はあたしから、ご飯に誘えばいい。


「どう、この一週間、いいことあった?見た目を変えると、周りも色んな反応してくれるでしょう?」

「えっと……そうですね、割とハキハキ、喋れるようになった気がします。その、友達も、できましたし」

「ほう、アタシ以外で?」

「はい」


 ラナちゃんは、あっさりとあたしのことを友達だと認めてくれた。とてもむず痒いけれど、胸がぽっと温かくなる。しかし、槙田くんとのLLO絡みの問題を思いだし、喉の奥が詰まる。VRゲームの説明もしなくちゃならないし、ラナちゃんに相談するのは無理な気がする。


「ちょっとちょっと、表情が地味子に戻ってるよ!」

「あ、はい、ごめんなさい!」

「何か話したいことがあるんでしょう?ちょっと、お茶でも飲みに行こうか。ここは長居できないからね」


 ここまで気遣ってもらっておいて、話さないわけにはいかない。あたしたちは夕飯を間食し、コーヒー・チェーンへ向かった。

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