第6話  もう逃げられない


「まあまあ、聞けって」

「やだ!!!!」


 駄々をこねる子供のように、僕は耳を塞いだ。


「絶対に! ダンジョンには行かない!」

「おいおい……」


 ラッセルは肩をすくめて、エルシィの方に視線をやった。

 なんだその目線は。エルシィに説得でもさせようってのか。

 誰に言われようが僕は冒険には行かないぞ。


 怯えるようにエルシィを見ると、エルシィは僕をちらりと見やって、困ったように笑った。


「ま、アシタがどうするかはさておき。どういった用件なの」


 エルシィは珍しく俺をダンジョンへ連れて行こうという強引さを見せずに、ラッセルの方へ向き直った。一体どうしたのだろう。


 ラッセルは頷いて、口を開いた。


「どうもよく分からん現象が起こっててな。冒険者が皆困惑してる」

「なにそれ。どういうこと?」


 エルシィが首を傾げる。

 ウーナも横目でじっとラッセルを見ていた。


 ラッセルはううん、と唸って、言葉を続ける。


「にわかには信じがたい話なんだが……」


 そう前置きして、ラッセルがゆっくりと言った。


「各地のダンジョンで、『エルフを見た』って情報が相次いでる」


 その声で、ウーナの肩がぴくりと動いた。

 先ほどのウーナの話を聞いてからの、ラッセルのこの報告である。僕も耳を塞いだフリを続けながら、ラッセルの話に耳を傾ける。


「しかもどの現場でも、『さっきまでいたのに、消えた』っていう話なんだ。どうも、檻に入ったエルフがダンジョンの中にいたんだかなんだか」


 ラッセルはいまいち状況が分からない、というように首を傾げながらそう言った。

 彼の言葉に、いよいよ他三人は顔を見合わせた。


「各地っていうけど、どれくらいの件数なんだ?」


 耳を塞ぐふりもすっかりやめて、僕はつい訊いてしまった。

 ラッセルがにやりと口角を上げたが、この際気にしない。向こうのペースに乗っかってやってでも、この疑問は解消したかったのだ。


「今日の時点で集まって来てるのは5件だ。ここ数日で一気に本部に情報が集まってきた」

「待て、本部ってなんのことだ?」


 僕の問いに、ラッセルは首を傾げた。


「何って、冒険者ギルドの本部だよ」

「なんでお前がそんな情報を?」


 僕のその言葉にエルシィが失笑した。

 ラッセルは困惑したようにエルシィの方に視線をやった。


「お前、アシタに教えてなかったのか?」

「いや、別に教える必要ないかなと思って」

「まあ確かにそうかもしれねぇが……」


 ラッセルは軽くため息をついて、僕を正面から見据えた。


「改めて言うが、俺はラッセル・ノイマン」

「それは知ってる」

「冒険者ギルドの、元締めをやってる」


 目玉が飛び出そうになった。


「冒……なんだって?」

「冒険者ギルドの元締め。リーダーだよ、リーダー」

「そういうのは早く言えよ!!」


 こういうやりとり、どこかでしたことがある気がする。

 脳内で、一人の聖魔術師が思い浮かべられる。

 そうだ。アルマが賢者だと告白された時の、あれと同じだ。

 とんでもない人物と共にダンジョンに潜っていたのだ、僕は。

 と、いうより。


「賢者と冒険者の元締めをサラッと連れてくるお前はなんなんだよ」


 エルシィに人差し指を立ててみせると、彼女はきょとんとした表情で首を傾げた。


「ふつうに冒険してたら知り合っただけだよ?」

「そうですか……」


 そう言われてしまえばそこまでである。

 そういう『縁』があったということなのだろう。


「話、続けていいか」

「どうぞ……」


 ラッセルの問いに、僕はこくりこくりと頷いた。

 一気にいろいろと新しい情報が入ってきすぎて、身体の力が抜けてしまった。

 ラッセルはとんとんとカウンターを叩いた。


「どうも、情報を整理すると、山岳地帯のダンジョンでばかりエルフが目撃されているらしい。最初の目撃は、西のエルグランデ山脈、次が北西のメルフラ山脈、その次が北東のルフラム山脈、そして、東のフジヤマ山脈、南東のブーネライト山脈……という動きだ」

「西から順番に、北回りに動いているってことか」


 俺の言葉に、ラッセルは首を縦に振る。


「北だけ綺麗に抜かされてるのが気にはなるが……」

「北にも、エルフはいた」


 ラッセルの言葉を遮って、そこまで黙ったままでいたウーナがはっきりと言った。


「私が、見た」

「北ってのは、エルノスあたりの山のことか?」

「そう。エルノス地方のヴァリガル山」

「なるほどな。それは何日くらい前のことだ?」

「大体、十二日ほど前」


 ウーナの言葉に、ラッセルは顎に手を当てて、何度か頷いた。


「タイミング的にもちょうどだな。やっぱり、北回りに少しずつ移動している線で間違いない。それと……」


 ラッセルがごそごそと腰につけた麻袋に手を突っ込んだ。

 そして、中から何かを取りだした。


「エルフが『消えた』後には、どの現場にも必ずこいつが残っていたらしい」


 ラッセルが差し出したものを見て、僕は目を見開いた。


「それは……!」

「知ってるのか?」

「いや、それが何なのかは分からない。ただ……」


 僕は、それを見たことがあった。


『“賢者”が一人、忽然と姿を消しました』


 アルマの言葉が、脳内ではっきりと再生された。


 ハマグリを迎えに行った時にアルマが僕に見せた、あの『黒い結晶』が、ラッセルの掌の上にのせられていたのだ。


「黒い結晶……そして、忽然と消える『何か』」


 僕はつぶやく。


 消えた“賢者”。

 檻ごと姿を消す“エルフ”。

 決して、無関係とは思えなかった。


 何か、臓器をひやりと撫でられるような感覚。

『不気味さ』に不安を駆り立てられるような、そんな感覚を覚えた。

 そして、同時に。


「その結晶は、なんだ……」


 欲だ。

 目の前の正体不明の何かを『暴いて』やりたいという、欲。

 胸の中でそれが暴れて、心拍数を無理やり上昇させてくる。


「アシタ、頼む」


 ラッセルがカウンターに手をついて、僕の目を見つめた。


「報酬はたんまりと支払う。だから、状況を調べるのを手伝ってくれないか。このままじゃ多くの冒険者が身動きとれなくなっちまう」


 ラッセルの目は、真剣だった。


 ふと、本棚に寄りかかったままで話を聞いているエルシィに視線をやると、エルシィも無言で僕を見つめていた。

 まるで、「どうするのか」と問うているような表情。首を縦に振ることを望んでいるでも、その逆を望んでいるでもなく、ただ『観察』しているような顔をしていた。


 次に、ウーナを見る。

 彼女は分かりやすかった。

 表情はぴくりとも動いていないが、目が語っていた。

「行ってくれ」と。


 僕はぽりぽりと首の後ろを掻く。

 参った。

 もう完全に逃げ道がないじゃないか。

 それに、僕の中の“好奇心”も、限界までに膨れ上がっていた。


「わかったよ……」


 僕は、首を縦に振った。


「行ってやるよ」

「アシタ!」


 ラッセルががしりと僕の手を掴んだ。そしてぶんぶんと縦に振った。


「お前ならそう言ってくれると思ってたぜ!」

「やめろやめろ腕が千切れる!!」


 僕が叫ぶと、ラッセルはしまった、とばかりに手をパッと離した。


「そういえばそうだったな」


 ごまかす様に笑うラッセル。

 僕は腕を縦にゆっくり回して、ため息をついた。


「ちょっと小突いたら背骨にヒビが入る男だぞ、僕は」


 エルシィが失笑した。

 そこ。笑ってるんじゃない。


「ただし、条件付きだ」


 僕は、人差し指を立てて、ラッセルに言った。


「僕に対する報酬の何割かを……」


 僕はそこで言葉を区切って、指でエルシィを指した。


「エルシィに渡してくれ」


 指さされたエルシィはきょとんとして、自分に指を向けて首を傾げた。


「え、あたし? なんで?」


 愚問だ。

 僕は眉を寄せて、言った。


「お前が守ってくれないと、俺が死ぬだろ。言われなくても分かれよそれくらい」


 僕がそう言うと。

 エルシィは目を丸くして、それから頬を赤くして、それから、すぐに咳払いをした。


「そ、そういうことね……はいはい。分かった、引き受けてあげる!」


 エルシィが頷くのを見て、ラッセルも首を縦に振った。


「決まりだな。それで……」


 ラッセルはウーナを横目で見る。


「嬢ちゃんも、見たところ冒険者だが……」

「行く」

「お?」

「私も、行く」


 ウーナは力強く頷いた。


「エルフは絶対にいた。それを確かめる」


 ウーナの返事に、ラッセルはにやりと笑う。


「いい返事だ。じゃあそういうことで、出発は悪いが明日だ」

「随分早いんだな」

「そりゃそうだろ」


 ラッセルは肩をすくめて、言った。


「急いだって十日間かかるところに行くんだからな」


 その言葉で、僕は我に返る。

 十日間?

 片道十日間ってことは、滞在時間を一切考えないとしても二十日間はこの本屋に返ってこられないことになる。

 本はホコリをかぶるし、ハマグリは飢えてしまう。

 それに、死ぬ思いで手に入れた古代エルフ文化史書も読み終わっていない。二十日間もお預けを食らえというのか。


 僕はスゥ……と鼻から息を吸った。



「やっぱやめていいかな」


 もちろん、良いと言われるはずがなかった。

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