ばらばら

 妹が死んだ。

 自殺だった。


 私と違って明るい娘で、学校でも人気があって、友達も多くて、彼氏だっていた。

 どうして自殺したのかがわからないくらい、いつだって楽しそうだった。


 でも彼女は11月19日午後5時の学校帰り、下がった踏切をまたいで電車に飛び込み、全部で100と19の肉片になって、隣にたまたま立っていた知らないおばさんをひとりPTSDにしてから線路にぶち撒けられた。

 その内の56は比較的大きなパーツだったのですぐ見付かったけれど、残りの63は列車に衝突した衝撃で飛散してしまい、未だにどこへ行ってしまったのかわからない。


 遺書はなかった。

 線路に置かれた鞄の中にもだ。


 ノートには、明日の日課表と授業に必要なものをきちんと書き記していた。

 食べ残したと思われる給食のパンもビニール袋で包まれて持ち帰っていた。

 まるで、家に帰ってから犬のブチにあげようとしていたみたいに。

 警察は最初、事件や事故を疑ったけれど、どんなに探してもそれらしい証拠のひとつもないことから発作的な自殺と断定し、捜査を終了した。


 父と母は神経を病んだ。

 友達たちは大泣きしていた。未だに立ち直れない子もいるらしい。

 彼氏は憔悴していたが、三カ月後には別の女の子と付き合い始めたそうだ。

 いろいろな人がいるのだな、と私は思う。


 私はと言えば、時々夢を見る。

 見付からなかった妹の身体の一部が野良犬に食べられている夢だ。

 それを見ると決まって魘され、悲鳴を上げることさえできずに眼を醒ます。

 居間、夜の12時。喉が異常に渇いているから水を飲もうと首を台所へ向けると、薄明かりの点いたそこでは母が誰も食べるあてのないお弁当を幾つも幾つも作っていて更に気が滅入る。

 父はそんな母をぼうっと見ながら、何本も何本も煙草を吸っている。

 そんな両親に水が飲みたいとも言えないので、私は諦め、眠った振りをして目を閉じる。


 だけど。


 私は夢を見る。でもそれは逆に言えば、夢しか見ないということだ。

 姉として妹をそれなりに愛していたし大事に思ってもいた。

 だけど私は父のようにひっきりなしに煙草を吸ったり、母のようにお弁当を作り続けもしない。

 妹の友達たちのように大泣きもしなかったし、妹の彼氏のように悲しみを忘れようとして代替品を探したりもしない。

 ただ、夢しか見ない。それはどんなに酷い仕打ちなのだろう。

 わからない。

 よくわからない。

 でも、私はたぶん、そういうふうに感情を処理するのが、とてつもなく下手なのだろう。


 だから、家に来てくれるヘルパーのサクライさんに、その話をしてみた。

 私は酷い人間なのだろうか、と。

 サクライさんは笑って、私の質問には答えなかった。

 代わりに言った。

「あんたみたいな化け物が家族にいちゃ、そりゃ自殺したくもなるわね」

 私の、両腕と両足のない身体と、火傷の痕が引き攣った顔を見詰めながら。


「仕方ないじゃない」私は答える。

「私はあの子みたいに、線路に飛び込める足もないんだから」

 サクライさんはいつものように、そんな私の言葉を鼻で笑った。

 かもね、と。そう面倒そうに呟いて、私の傍から立ち上がると、歩いてソファまで行き座り、置いてあったタオルで汗ばんだ自分の額を拭く。

「……あんたが事故にあった十年前は、あんたの父さんと母さんはあそこまで憔悴しなかったよ」

「うん、知ってる」


 サクライさんの苛立たしげな言葉に頷きながら私は、犬が妹の手足を食べる光景はたぶん、私にとって恐いことなんじゃなくて惜しいことなんだ、と。そう思った。

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