ロボもの世界の人々

コーキー

第1章「覚醒! その名はジェイカイザー!」

第1話「ジェイカイザー起動!」


 【プロローグ】


 それは、突然の出来事であった。

 眼下には、モヤの掛かった薄茶色の球体にも見える木星と、その周辺にいくつかのスペースコロニーが浮かぶ宇宙空間。

 いつものようにコロニー周囲を巡回警備する……それだけで終わる任務のはずだった。


 激しい光とともに、突然前方を航行していた戦艦が1隻、左舷さげんから爆発を起こし、離れていく。


「状況を報告しろ!」


 宇宙戦艦〈ジュピターイレブン〉の艦長は艦長椅子から立ち上がり、ブリッジクルーの方へと上半身ごと顔を向け、つばが飛ぶのもためらわずに叫んだ。


「〈ジュピターテン〉、大破!」

「宇宙海賊の攻撃か!?」


 木星の周回軌道よりも内側ならば、宇宙海賊の悪行などは珍しいことでもない。

 艦長は、ヤンチャを起こした海賊の流れ弾が、偶然にも〈ジュピターテン〉に直撃した……などというありふれた報告であることを祈った。

 しかし、ブリッジクルーから返ってきたのは艦長が期待していた答えとは異なる「違います!」という言葉。


「明らかに我が方へ向け放たれた攻撃です!」


 艦長はゴクリと喉を鳴らし、ブリッジクルーの報告に全神経を集中させた。


「攻撃を仕掛けた敵機体の所属は不明! 戦闘機とおぼしき敵機体の外見は、今までのどのデータにも該当しません!」


 レーダーに増えていく光点を数えながら、索敵担当のブリッジクルーが艦長に叫ぶ。


「敵の数は10……20……まだ増えていきます!」


 ジュピターイレブンの艦長は、ただ唖然としながらモニターに写った『敵』を見つめた。

 それは、横にした黒く巨大な卵状の物体から、L字に折れ曲がったような形状の機銃が装備されている……。


「未知の……敵だというのか……!?」

「艦長! 指示を!」


 見たことのない敵の姿を見つめたまま、茫然自失しかけていた艦長は、ブリッジクルーの呼びかけで我に返った。

 そして艦長は、親指が反り返るほど通信スイッチを押し込み、そして叫び気味に指示を飛ばす。


「砲撃手、対空迎撃!! キャリーフレーム全機に次ぐ! 迎撃陣形を敷け! 繰り返す! 迎撃陣形を敷くんだ!!」


 ジュピターイレブンの周辺を飛行していた10機ほどのロボット兵器──8メートルほどの大きさの人型機動兵器・キャリーフレーム〈アドラー〉──は艦長の命令を受け、瞬く間に攻めこんでくる敵を迎え撃つのに適した編隊を組み、一機一機が手に持ったビームライフルを構えた。

 レーダーの光点を見るに、ジュピターテンを攻撃した『敵』はヒット・アンド・アウェイの手本を見せるかのように再びこの宙域へと接近してきている。


 艦長の手から、じっとりと汗が滲み出た。

 額から垂れる汗を周囲に気取られることの無いよう、目だけを動かしてあたりを見回し、緊張しているのは自分だけではないことに気づく。

 なにしろ、本格的な戦闘なんて、一度も経験したことがないのだ。

 30年も前に起こった地球軍とコロニー連合軍による宇宙大戦が終わってこの方、宇宙海賊との小競り合いを除いては、まともな戦闘は一度も起こっていない。

 自分にとっても彼らにとっても未知の敵とは、今までに相手をした名の有る宇宙海賊よりもずっと、ずっと恐ろしい相手であった。


 艦長と、クルーたちの強張った顔を照らすように、ジュピターテンの対空機関砲が弾丸を発射する光だけが、艦橋の外で点滅を繰り返していた。


「うわあああ!」


 突然、編隊を組んでいた1機の〈アドラー〉のパイロットから悲痛な叫びが、通信越しに聞こえてきた。

 その〈アドラー〉は大きな爆発を右腕から起こし、編隊を離れるように後ろへと下がる。


「う、撃て! 撃ち落とせ!! 主砲一斉射!」


 〈アドラー〉隊は艦長からの号令を受け、『敵』の方向へとビームライフルを発射した。

 それに続くように、〈ジュピターイレブン〉の艦首に装備された主砲が柱のような太いビームを放ち、発射の振動が艦橋ブリッジにも伝わってくる。


 『敵』へと放たれた無数のビーム弾は、数機の『敵』を巻き込み、爆発を起こした。

 その直後、『敵』はお返しと言わんばかりに彼らへ向けて容赦なく弾幕を浴びせてくる。

 次々と〈アドラー〉に『敵』の放った弾丸が命中し、爆発を起こし、1機、また1機と戦闘不能になっていく。


 ※ ※ ※


「キャリーフレーム隊! 全滅!!」


 脂汗を垂らしながら、ブリッジクルーが叫ぶ。

 艦長は、未知の敵への苛立たしさをぶつけるがごとく艦長椅子の肘置きを殴りつけ、押し殺すように声を漏らした。


「一体……なんだというのだ……!?」


 そのとき、艦長の眼前にあるモニターが、ザザ……とノイズを発し、やがて見知らぬ男の顔を映し出した。


「我が名はヘルヴァニア銀河帝国・三軍将が一人……キーザ・ナヤッチャーである!! 辺境銀河に住む地球人よ、我々の前にひれ伏すがいい! フハハハハハ!」


 キーザ、と名乗りを終えた男の顔がモニターから消え、同時にジュピターテンのブリッジが大きな揺れを起こした。


「ヘルヴァニア……銀河帝国だと……!?」


 ジュピターテンの艦長は、航行不能になりつつある艦の中で、力なくぽつりと呟いた。


「なんで……日本語を話しているんだ……?」




 【1】


 ──それから20年の月日が流れた。


 日本のとある地下に存在する無人の研究所。

 暗く沈黙した格納庫の中で、突如警報が鳴り響いた。

 壁に張り付いたパトランプのような回転灯が、すすけたカバー越しに危機的状況を赤い光で主張する。

 格納庫を照らすように点灯した年季の入ったモニターには、住宅街の上空を横切って飛行する、黒光りしたヘルヴァニアの戦闘機が映っていた。


『警戒警報、警戒警報。ヘルヴァニア軍無人戦闘機、フラフォーを捕捉。距離5000』


 無機質な機械音声のアナウンスが格納庫の中に響き渡り、その音声に呼応して格納庫に立っていた9メートルはあろう巨大な人型ロボットの目が光る。


「デフラグ博士、私は行くぞ……!」


 あたかも感情のある人間のようにそう呟いたロボットは、生みの親であるデフラグ博士の生前の言葉を思い返していた。


(ジェイカイザーよ、この青く美しい地球を、お前がヘルヴァニア銀河帝国の手から守るのだ……!)


 巨大ロボット──否、ジェイカイザーは、覚悟を決めるかのごとく、自らの機械の拳をギュッと握りしめた。


『ドアトゥ粒子充填! ワープ座標固定完了!』


 アナウンスが淡々とジェイカイザーの発進シークエンスの状況を述べていく。

 天井の装置よりキラキラと光る粒子状の物質がジェイカイザーの頭上から振りかけられる。

 それによりジェイカイザーの身体ボディが激しく発光し始め──。


『3……2……1……ワープ開始!』


 ──アナウンスのカウントダウンが終わると同時に、ジェイカイザーは格納庫から姿を消した。




 【2】


 月と街灯に照らされた、緑と桃色の混じりあった桜の木の間を、笠元かさもと裕太ゆうた銀川ぎんかわエリィの手を引いて走っていた。

 手を引かれるエリィは、黒いカチューシャで留められた銀色の長い髪を振り乱しながら、赤いチェック柄の短いスカートがひらひらと揺れるのもいとわず必死に足を動かしている。

 普段通っている東目芽ひがしめが高校の校舎を横切り、追っ手から逃れるために右へ左へと道を曲がる。


「どっちに行きやがった!」

「兄貴ぃ、あっちみたいですよ!」


 背後から聞こえてくる追っ手の声に、とっさに物陰へと身体を隠し息を潜めるふたり。

 タイヤの代わりに2本の脚で走る2脚バイクがライトで正面を照らしながら、ガッシャガッシャと独特の走行音を鳴らしながら近づいてくる。

 2脚バイクには、ガラの悪そうな格好をした男が2人──1人はハンドルを握り、もう1人は荷台に腰掛ける形で──乗っている。


 ここまでしつこく追ってくるなんて、と裕太は小声で呟いた。

 無理やり連れて行かれそうになっていたエリィを助けるために、体当たりをかましたのがそんなに痛かったのだろうか。

 しかし、あのまま放っておけば彼女はあのガラの悪いふたり組に何をされるかわかったものではない。

 裕太は、目の前で危機にひんしている知り合いを放って置けるほど、無情ではなかった。


「銀川、グラウンドに逃げ込もう。裏門から出るぞ」

「わ、わかったわ笠元くん」


 裕太は足音を立てないよう、エリィの手を引いてグラウンドの方へと駆け出す。

 グラウンドの奥には、裏口があったはず。

 そこから抜け出せば、連中を撒くことができるかもしれない。



 ※ ※ ※



 街頭だけが照らす暗闇の中、あと一歩でグラウンドというところで裕太たちの背中をライトが照らし出した。

 広いグラウンドに自らの影が伸びると同時に、背後から聞こえる威圧的な怒声。


「見つけたぞてめえら! 待ちやがれ!」

「ちょっと、追いつかれちゃったわよぉ!」

「くそっ、しょうがねえ……!」


 バイク相手に徒歩で逃げるのは無理があると裕太は判断し、男たちの要求通りに足を止め、追っ手の男たちの方を向き睨みつけた。

 今ここで無駄に走って体力を減らすより、逃げ出せる隙が出来たときのために温存しておいた方が良いと考えていた。

 裕太の陰に隠れるように、エリィは裕太の背中をギュッと掴んで。


「しつっこいわねぇ! ……きっとアイツらあたしを暗がりに連れ込んで、この綺麗な身体をめちゃくちゃに穢すつもりなのよぉっ!」

「おい銀川、そんなこと言ってる場合かよ!」


 頬を赤らめながら素っ頓狂な被害妄想をするエリィに、裕太は思わずツッコミを入れる。


「そうッスよ! 俺たちゃそんなひどいことしねえッスよ!」


 裕太に同調するように、小太りの男がエリィの妄想に反論しつつ二脚バイクの荷台から飛び降りた。

 続けて、バイクを運転していた細身の男もバイクを降り、ポケットに手を突っ込みながら前かがみで威圧する。


「おとなしくしてりゃあケガはさせねえんだよ!」


 ガラの悪い2人の男は、ニタニタした嫌らしい笑みを浮かべながら、裕太とエリィに向かって1歩、また1歩と近づいて来た。

 男たちの表情が、この場を照らす街灯の絶妙な角度によって、悪鬼のような不気味さを醸し出している。

 裕太たちもまた、男たちとの間隔を保つようにジリジリと後ろへ下がっていった。


「!」


 そのとき、突然裕太たちの背後の校庭の地面が、淡く光りだした。

 光は円を描くように広がり、やがてその内側に六芒星ろくぼうせいえがき出す。


「笠本くん、何これ!?」

「何か出て来る……!」


 裕太とエリィ、そしておそらくは追っ手の男達も、光によって校庭に描かれた、上から見れば魔法陣のような模様になっているであろうそれに視線が釘付けになっていた。

 固唾を呑んで魔法陣を見つめていると、やがてその魔法陣の中心から、まるで地中から出てくるように何か巨大な物体がせり上がってくる。

 カクカクした人の顔のようなものがついた頭部、白い装甲に覆われた肩と腕、赤と青と黄色が織り交ざった鮮やかな色使いの胴体と脚部。


 魔法陣から出現したそれは、まるでアニメに出てくるヒーローロボットが、現実に現れたかのような物体だった。

 そのロボットは、あたかも初めからそこにあったかのように、9メートルほどの高さから裕太たちを見下ろし佇んでいる。


「きゃ、キャリーフレーム……!?」

「いえ、見たことがないマシンよぉ……!」


 見たことのないロボットを前にして、裕太とエリィは思わず狼狽した。

 何しろ、普段から工事現場や建設現場などで人型ロボットキャリーフレームは見慣れているが、そういったキャリーフレームは実用性重視の無骨な外見である。

 今、目の前に出現したような、言ってしまえば趣味に走ったようなデザインの物は、この17年弱の人生の中で、一度も見たことがなかった。


 趣味の塊のようなロボットは突然、その巨大な両足を横に開き腕を振り上げ、角ばった口を開いて叫んだ。


「ジェイッ! カイッ! ザァー!」

「喋った!?」 

「来い! ヘルヴァニア銀河帝国め! 青く美しい地球の平和はこの私が守る!!」


 勇ましく名乗りを上げたジェイカイザーは、驚く裕太のことなど気づいてないとばかりにガラの悪い男二人を指差した。

 突然現れた巨大ロボットに指さされたことで小太りの男はやや取り乱したような顔をして、細身の男の影に隠れるように後ずさる。


「あ……兄貴ぃ! 変なキャリーフレームが出てきたッス!?」

「あぁん? 何もないところからあんなデカいのが出てくるわけねえだろ! どうせ立体映像だ!」


 冷静さを失いうろたえる小太りの男に反して、細身の男は強気の姿勢を崩さず一歩踏み出した。

 細身の男の立体映像という言葉を聞いてか、ジェイカイザーは大きな頭で頷き口を開く。


「よくわかったな!」

「立体映像なのかよ!?」


 思わずジェイカイザーにツッコミを入れる裕太だが、そのやり取りを聞いて舐められたと感じたのか、細身の男は鬼の形相でナイフを取り出し裕太に向けた。


「ガキが、ふざけたマネをしやがって! もう許さねえぞ!」

「!」


 キラリと光るナイフの刃を見て恐怖を感じたのか、裕太の背中を掴むエリィの指に力が入る。

 強く掴まれた部分に少し痛みを感じるが、怯えるエリィをこれ以上不安にさせないよう、裕太はただじっと細身の男を見据えていた。


 すると突然、ジェイカイザーの両目がピピピと音を発すると同時に、キラリと光り輝いた。


「凄まじい敵意を確認……! 貴様、ヘルヴァニア軍だな! ジェイバルカンッ!」


 叫びとともにジェイカイザーの頭部両脇にあるふたつの機関砲から、乾いたような音とともに無数の弾丸が放射された。

 その弾丸はガラの悪い男たちの両隣を、弾痕で「=」イコールマークを描くように地面へと食い込んでいく。

 やがて機関砲は、男たちの後方に停まっていた2脚バイクを蜂の巣にし、一瞬にしてスクラップへと変えていった。

 そして、原型を失った2脚バイクから漏れ出した燃料に、火花が引火する形で起こる大爆発。

 かろうじて原型を保った2脚バイクの片足が、ガシャンと大きな音を立てて男たちの横に落下した。


「ほ、本物ぉ!?」


 自ら立体映像と言い放った存在が実弾を発射したのを見て、度肝を抜かれたようにエリィが叫ぶ。

 一方裕太はこのロボットが実体をもった立体映像なのか、この声の主が別の場所から発砲したのではないかと考えを巡らせつつ、無言で辺りを警戒していた。


「あなたって立体映像じゃないのぉ!?」

「私が出現する際の魔法陣が、雰囲気出しのための立体映像だと言ったのだ!」

「そっちがかよ! まぎらわしいわ!」


 ジェイカイザーは、裕太のツッコミを意に介さないで、バイクを破壊されて顔を青くしている男たちに、次はお前たちの番だと言わんばかりに顔を向けた。

 それは同時に、ジェイカイザーの顔の両脇にある機関砲を向けることを意味している。


「ヘルヴァニア軍め! 一方的な暴力を振るわれる恐ろしさを、この私が教えてやる!」


 小太りの男は、先程自分たちの乗っていた2脚バイクを破壊した武器を向けられ、情けない声を上げながら腰を抜かした。


「に、逃げるぞぉー!」

「俺ぁまだ死にたくねぇよー!」


 子分を置いて先に逃げ出す細身の男と、彼を追って四つん這いの格好で逃げていく小太りの男。

 裕太は脅威となっていた男たちが去っていったため、ため息の一つでもつきたかった。

 しかし背後に立つ巨大な脅威を考えるとまだ安心することはできない。


 巨大な脅威ことジェイカイザーは、警戒心を解かない裕太たちの方を向き、かがみ込んで腹部のコックピットハッチを開いた。


「さあ君たち、ヘルヴァニアの戦闘機が接近している! 早く私の中へ乗り込め!」

「誰も乗っていない……!?」


 裕太はてっきり、ジェイカイザーには饒舌なパイロットでも乗っていると思っていた。

 しかし目の前にある空席のコックピットは、裕太の考えが間違いであったことを証明していた。


「何をしている! 戦闘機がすぐそこまで迫っているんだぞ!」


 驚き固まっている裕太に、必死にコックピットへと入るように急かすジェイカイザー。

 埒が明かない2人のやり取りを見て、「はぁ」とエリィがため息をひとつついて、ジェイカイザーに言った。


「……あなた、いろいろ勘違いしているわよぉ」

「勘違いとは……?」


 エリィの言った言葉の意味が理解できなかったのか、ジェイカイザーは大きな首を斜めに傾げた。

 裕太はその間に、いったん目を閉じて火照った顔に夜風を感じ、頭を冷やす。

 冷静になった頭で、裕太はジェイカイザーが何を勘違いしているのか理解し、そして指摘した。


「ヘルヴァニア銀河帝国との戦争は、20年前にとっくに終わったよ」

「そうか、ヘルヴァニア帝国が……! な……なんだってぇぇぇぇ!?」


 静かな校庭に、ジェイカイザーが発した驚愕の声がこだました。


「では、あそこを飛んでいる無人戦闘機は何だ!」


 そう言いながら、ジェイカイザーはかねてより補足していたヘルヴァニア軍の無人戦闘機を指差しながら裕太たちに問いかけた。

 裕太は額に手のひらを横に立てて遠くを見渡すポーズをし、ジェイカイザーの指差したものを目を細めて確認する。


 黒く塗られた空を、のんびりと浮遊する黒い物体。

 遠すぎてよく見えないが、あの形状とかすかに見える企業のロゴマーク。


 確か2ヶ月くらい前にネットニュースで話題になったものじゃないか、と裕太は思った。


「……あれって、アワゾン通販のドローンだよな?」


 同じようなポーズで浮遊物体を見ているエリィに確認をする。


「ええ。小回りが効いて配達に便利だから、武装を外した戦闘機を使ってるのよぉ」

「深夜に注文しても数時間で届くから便利な時代になったもんだ」


 ジェイカイザーの顔つきが、徐々に無表情となってゆく。

 ドローンが飛行するなんとも言えない音が、静かに響き渡った。


「……本当に、戦争は終わったのか?」


 うんうんと頷きながらまったりと会話をする二人の様子を見て、ジェイカイザーは徐々に自信を失いつつあるようだった。


「開戦から半年で地球側が勝ったのよぉ。今はヘルヴァニア人も、多くがコロニーや地球でのんびり暮らしてるわぁ。あたしなんてぇ戦争の後に生まれた、ヘルヴァニア人と地球人のハーフだしぃ」


「ハーフ……」


 戦争の終わりを確信したジェイカイザーはがっくりと肩を落とし、頭部パーツを俯かせながら力なく呟いた。


 そうこうしているうちに、裕太の耳にパトカーのもののようなサイレン音が届いてきた。


「やばっ、警察が来ちまったか……!」


 いつもならばお巡りさんご苦労様としか感じなかったその音も、目の前に広がる惨状を見るとそう思っていられない。


「ちょうどいいじゃない。この勘違いロボットくんを保護してもらいましょうよぉ」

「バカか! さっきこいつ、バルカンぶっ放した挙句バイクを吹き飛ばしたんだぞ! 俺達が発砲の犯人にされて捕まっちまう!」

「た、たしかにロボットが勝手にやりましたって信じてもらえないかもぉ……」


 途端に冷や汗を垂らし慌てるエリィの様子を見てか、ジェイカイザーは自らのコックピットを指差し、2人に向かって叫んだ。


「捕まって困るのなら私に乗れ! ワープは今は無理だが、空を飛ぶことはできるぞ!」


 裕太は一瞬迷ったが、ここは正門か裏門から出る以外に陸路のない学校の敷地内。

 正門から出ようとすれば、まっすぐここを目指しているであろうパトカーと蜂合うのは目に見えている。

 裏門から走って逃げたとしても、このロボットが警察に向かって何を言い出すかわかったものではない。

 裕太は数秒考えて、この場所から逃げ出すにはこの珍妙で饒舌なロボットに乗る他ないと考えた。


「……しょうがない。銀川、乗るぞ」

「え、ええ」


 2人は、前方へ倒れ階段タラップとなったジェイカイザーのコックピットハッチを登り、ジェイカイザーの操縦席へと入り込んだ。

 裕太はパイロットシートへと腰を下ろし、エリィは座る場所がなかったため仕方なくシート脇の空間に立つ。


「ちょっと……狭いわねぇ……」

「1人用の席なんだから我慢しろよ」


 隣で身をよじらせながら愚痴を言うエリィにそう返しながら、裕太はシートの前に設置されている操作盤コンソールに指を乗せる。

 淡いブルーの光が操作盤コンソールのモニターいっぱいに広がり、起動のためのプロセスを進めるようボタンのようなアイコンが浮かび上がった。

 そのボタンを軽く指でタッチすると、階段タラップになっていたコックピットハッチが持ち上がるように閉じ、コックピットの内側を覆う壁面すべてが外の風景を映し出す。


「……操作系統は少し古めだがよくある国際規格か。これなら俺でも動かせそうだな」

「こんな狭い所で男と女がふたりっきり……なんにも起きないはず無く……うふふっ♥」

「何にも起きねーよ。おいロボット、早く飛んでくれ!」

『ロボットではない、私の名はジェイカイザーだ! それと、すまないがコックピットに人がいる間は私が機体を動かすことが出来ないようだ』

「なんでそんな面倒くさい仕組なんだ……」

『少年よ、そこの操縦レバーを使って私を操縦してくれないか?』


 ジェイカイザーの言葉を聞いて、エリィが心配そうに裕太の顔を覗きこむ。


「できる?」


 裕太は自分の左右にある、トンネル状のカバーに覆われた操縦レバーを握りしめると、指先にピリッとした感触が走った。

 レバーが神経とシンクロするその感覚で、裕太の頭に操縦のイメージが浮かんでいく。


「ガキん頃、母さんに叩き込まれたからな……。バーニアの制御はこれか」


 裕太は左手でレバーを倒し、ペダルを軽く踏み込む。

 するとジェイカイザーの背部に装備されている推進装置バーニアが青い炎を吹き、ジェイカイザーの巨大な身体が宙へと浮かび上がった。


「行くぞ銀川、しっかり掴まってろよ」

「え、ええ!」


 エリィがパイロットシートの端をしっかり握っていることを確認した裕太は、ペダルを力いっぱい踏み込んだ。

 するとその動作に呼応するように、ジェイカイザーはより一層バーニアの炎を大きくし、砂埃を地上に巻き上げながら漆黒の空へと翔び立っていった。



 ※ ※ ※



 ジェイカイザーが飛び去った直後、裕太が聞いていたサイレンを鳴らしていたパトカーが校庭に止まり、運転席の窓から1人の警察官が顔を出す。


「なんだぁ、ありゃあ……?」


 警察官は飛び去るジェイカイザーを見上げながら、ぽかんとした表情のまま、懐から取り出した特濃トマトジュースのストローを口に咥えた。




 【3】


 操縦席の左右にある外を映すモニターには、高架を走る列車の窓の外のように風景が走っていた。

 裕太は操作盤コンソールに写った地図を見ながら、ジェイカイザーの飛ぶ方向を調整する。

 移動手段が空路の場合、曲がり道や交差点などを考慮する必要が無いため、目的地の方向にまっすぐ進むだけで良い。

 なので裕太は進行方向の調節を終えると、ジェイカイザーの操縦系を調べることにした。

 オートバランサーの設定画面、操縦レバーの感度調整、GPSリンク機能……そして。


「こいつ、火器管制ファイアコントロールまであるって、まさか軍用か……?」

『ヘルヴァニア帝国と戦うために作られたマシン戦士なのだ!』


 裕太の呟きに対し、コックピット内のスピーカーを通してジェイカイザーが自慢げに返事をした。

 エリィは、人が乗らずに動き・喋るジェイカイザーを改めて見てか、不思議そうな表情を浮かべる。


「……しかしよく喋るわねぇ。最新の対話型AIだって、こんなに会話ができるものは聞いたこと無いわよぉ」

『どうだ、すごいだろう!』


 エリィに褒められたと思ったのか、ジェイカイザーは得意げな声で返した。

 顔は見えないが、おそらくとてもいいドヤ顔をしていることだろう。

 裕太は、なんだかムカついたので事実を突きつけて表情を曇らせてやろうと、いたずら心が芽生えた。


「ま、戦う相手はもういないけどな……」

『ぐぅっ……。しかしだ、私には無尽蔵にエネルギーを生み出す動力炉も搭載されている! これは素晴らしい機能ではなかろうか!』

「確かに、それが本当ならすごいな。だけどさ、飛行用のバーニアの燃料表示がガンガン減っていってるんだが?」

『そ、それは……バーニアだけはエネルギーのみで動かすことが出来ず、別途で化石燃料をだな……』

「それって、不完全じゃないのぉ?」


 予想外だったのだろうか。エリィからも放たれたツッコミに、ジェイカイザーの声色から段々自信が無くなっていく。


『おぐぁっ……。私にはジェイバルカンを始めとした火器もあって……』

「それのせいで今飛んで逃げてるんだがなぁ? だいたいこの平和の世の中で武器持ってる方が迷惑だっつーの」

『ごふっ……』


 いい加減いじめすぎたのか、ふたりから立て続けに口撃を受けたジェイカイザーは黙り込んでしまった。



「ねぇ笠元くん、今どこに向かってるのぉ?」


 文字通りぐぅの音もでず押し黙ったジェイカイザーを無視し、エリィは裕太に問いかけた。

 裕太は指でのタッチ操作で操作盤コンソールに表示された地図をスライドさせ、目的地を画面の中心に写し出す。


寺沢てらさわ山。あそこならこいつが隠せそうな背の高い森があるし、俺も銀川も歩いて帰れるだろ」

「そうだけども……このロボット、隠してどうするのぉ?」

「そうだな……完品のキャリーフレームなら高値で売れるし、査定に出して売っちまおう」

『なにっ!?』


 自身を売ろうと裕太たちの算段に、静かになっていたジェイカイザーも声を上げる。

 そんな抗議の声をスルーしつつ、エリィは自分の携帯電話スマートフォンを取り出し、買取査定サイトで計算を始めた。


「そうねぇ、飛行可能なバーニアに新品同様のコックピット、軽く見積もって1000万円はくだらないわよぉ!」

「決まりだな。その金で今度寿司でも食いに行こうぜ。100円回転寿司」

「ケチねぇ、大金はいるんだから高級店にしなさいよぉ」

『待て待て!! この私を売るなどさせないぞ!』

「こっちはお前のせいで警察に追われそうになったんだ。少しは還元しろよ! ……っと」


 必死に止めようとするジェイカイザーを無視し、裕太は携帯電話スマートフォンをポケットから取り出して時間を確認する。

 その画面には、22時38分と表示されていた。


「あーあ、遅くなっちまったなぁ」

「ごめんねぇ、あたしの問題に巻き込んじゃって……。ありがとう」

「不良に無理やり連れて行かれそうな銀川を見て、見過ごせるわけないだろ。それに、お前から珍しく感謝の言葉が聞けたしボロ儲けだ」

「失礼ねぇ、二度と言ってあげないわよぉ」


 頬を膨らませてプイとそっぽを向くエリィを、裕太はハハハと乾いた笑いで軽く流した。


『……わかったぞ!』

「ん?」


 ふたりの話に入れず放置気味だったジェイカイザーが突然叫んだと思ったら、裕太の携帯電話スマートフォンが一瞬震えたと同時に、何かのデータを受信し始めた。


「ちょっと待て、何か変なアプリが勝手にインストールされてるんだが!?」

『無線通信を使わせてもらった。ふむ、これが今の地球の情報端末か、なかなかの居心地だな!』


 突然、コックピット内のスピーカーからではなく、自分の携帯電話スマートフォンからジェイカイザーの声が響いてきたので、裕太は椅子の上でひっくり返りそうになった。


「ちょっ!? なんでお前の声が携帯から!?」

『フハハハ! この端末は私が掌握した! ふむふむ、君は笠本裕太というのか!』

「勝手に個人情報を見るな! ったく、そんな機能まであるのかこいつは……!」

『このマシーンは私が認証しないと動かないぞ! 動かなければ売ることも出来まい!』


 携帯電話を乗っ取られ、慌てふためく裕太を見てか、エリィは腹を抱えて笑い始める。


「うふふ! 携帯に住みつかれちゃったんだ! 面白いわぁ!」

「笑うなよ、俺は笑えないよ! この携帯、最近買い替えたばっかりなのに!」



 【4】


 裕太の携帯電話がジェイカイザーに乗っ取られてから数分後。

 2人の乗ったジェイカイザーは寺沢山の背の高い木が生えている場所へと静かに降り立った。

 そのままジェイカイザーを屈ませ、可能な限り姿勢を低くさせる。


 裕太は乗るときとは逆の順序をたどるように、操縦席の操作盤コンソールを操作し、コックピットハッチを開く。

 そして階段タラップとなったハッチを軽快に降り、外の空気を大きく吸った。

 辺りはフクロウか何かなのか、鳥の鳴き声と風を受けて葉が擦れる音に包まれている。

 裕太はエリィが降りたことを確認し、ジェイカイザーがうまく木々の陰に隠れていると判断して、吸った空気をため息にして吐いた。


「多分、ここなら大丈夫だろう……けど」


 裕太は恨めしい表情で、乗っ取られた携帯電話の画面を睨みつける。

 画面の中では、ジェイカイザーの顔を模したアイコンがピョコピョコと跳ね回っていた。

 試しにその顔アイコンを思いっきり人差し指で連打してみたが、全く反応がないのを見るにそういう機能はなさそうだ。


『なるほどなるほど、この端末はかなりの性能のようだ! よし、私はここからこの世界の情勢を調べ、身の振り方を考えることに決めたぞ!』

「勝手なことを言いやがって……! そのうち解析して追い出してやる!」


 いきどおる裕太の横から、エリィは裕太の携帯電話の画面に並ぶのアイコンの一つを指差した。


「ねぇねぇジェイカイザーくん、その携帯のそこのフォルダ、開いてみて」

『ん……? なんだこれは……秘蔵コレクショ……』

「だぁぁぁっっっ!? それは見るなぁぁっっ! てめぇぇえ、絶対に追い出してやるからなぁーーっっっ!!!」


 裕太の悲痛な叫びが、寺沢山の中に虚しく響き渡った。


  ……続く



─────────────────────────────────────────────────


登場マシン紹介No.1

【ジェイカイザー】

全高:8.9メートル

重量:8.8トン


 裕太達の前に突然現れた、ヒーローチックな外見の巨大ロボット。

 自我を持ったAIを搭載しており、火器管制の制御や搭乗者不在時の操作などを行いパイロットを支援するシステムがある。

 固定武装として、顔の両側面に11ミリガトリング砲を装備している他、腕部や胸部などに用途不明のモジュールが見られるが、システムによって封印されているのか現在使用することはできない。

 動力は未知の永久機関とみられ、激しい運動でエネルギーを消費しても数分で瞬く間にエネルギーが充填される。

 デザインやサイズ等、様々な部分がキャリーフレームの規格からは外れており、ジェイカイザーはキャリーフレームとは別の技術形態で作られたものと予想される。

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