あかないどうくつ

「…おはよう。何してるの?」


「ここがあくの待ってるの」


ぼくが答えると、その大人の人はとても悲しそうな顔をして、頭を下げてきた。


「ごめんね。わたしたち大人が悪かったんだ。全部わたしたちのせいなのに、君に一番つらい思いをさせてしまって、本当に、本当にごめんね…」


この人もだ。あの日から大人の人たちは、ぼくがここで待ってるとみんな同じような悲しい顔をして、同じような言葉であやまってくる。


「ごめんって思ってるなら、ここの岩どけて。お願い」


そうたのんだら、その人はもっと悲しそうな顔になった。




あの日、友達のみんなと遊んでいたら、どこからか音楽がひびいてきた。

明るくて陽気で、聞いているだけでわくわくした。

見ると、カラフルな服を着た見慣れない大人が、笛をふきながらこちらにやってくる。

この人がえんそうしてるのか。

これだけ楽しそうな曲を吹いているんだ。この人についていったら、楽しいことがあるにちがいない。


ぼくたちは、笛ふきさんについていった。

ぼくは歩くのがゆっくりだから、いつの間にか一番後ろになっちゃってて、しかもちょっとみんなとはなれちゃってたけど、それでもついていった。


笛の音を聞いた、他の子たちもやってきた。

みんな目をきらきらさせていた。

どんどんどんどんやってきて、最後には町中の子たちみんながあつまっていた。


リズムに合わせておどりながらついていくぼくたちに、後ろから知り合いの大人の人たちが行っちゃだめだってさけんでたけど、気にしなかった。


だって、この人についていけばすごく楽しいことがあるにちがいないんだから。




笛ふきさんは笛をふきながらどんどんどんどん進んで、町のはずれのどうくつに入っていった。

この中にすごく楽しいことがあるんだ。

みんなもそれに続いた。もちろんぼくも。


ぼくの前を歩いていた子が入っていった。

ぼくももう少し。もう少しだ。そうすればすごく楽しいことが…




大きな大きな岩が動いてきて、今まさに入ろうとしたぼくの目の前で、どうくつは内側からふさがれた。


どんなに押しても叩いても、みんなの名前をよんでも、決して動くことはなかった。



あの日、この町の、ぼくをのぞいた130人の子どもたちが、みんないなくなった。


あの笛ふきさんは、この前までこの町でみんなを困らせていたたくさんのネズミをたいじしてくれたらしい。

この町の人たちは、あの人との約束をやぶって、お礼をあげなかったらしい。

だからこれはきっとあの人のふくしゅうなんだ。大人の人たちはそう言ってる。

だからわたしたち大人が全部悪かったんだ。大人の人たちはそうあやまってくる。




こうなったのがだれのせいかなんてどうでもいい。あやまってくれなくていい。


ただ、ぼくをみんなのいるところにつれていってほしい。

きっとみんなは今ごろ、どうくつの向こうの楽しい場所で、楽しく過ごしているにちがいないんだ。


ぼくだけ仲間はずれなんていやだなあ。さびしいなあ。


町の大人の人たちにあやまられるたびに、どうくつの中に行きたいってたのんでるのに、みんな悲しそうに首を横にふるだけなんだ。

なんでさ。本当にもうしわけないと思ってるのなら、ぼくをあっちにつれていってくれるべきなのに。




大人の人たちをしんじられなくなったから、ぼくはどうくつの前で、岩がどくのを待つことにした。


朝にゆっくり歩いてどうくつの前に行き、みんなが出てくるのを夜になるまで待つ。出てこなかったら、ゆっくり歩いて家に帰る。

どんなに町の人たちに止められても、毎日毎日くりかえしてる。


みんなはいつも、歩くのがゆっくりなぼくに合わせて遊んでくれてたんだ。そんなみんなが、ぼくだけを置いて自分たちだけ楽しいところに行っちゃうわけがないんだ。


ぼくはあの日から待ってる。

どうくつの入り口があいて、みんながむかえにきてくれるのを、待ってる。


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