驚愕


 ずんずん歩く男の腕のなかで銀二は落ち着きを取り戻しつつあった。

 どうやら危機的状況ではないらしい。


「ぅなあぁ~ん」

(たいちょー。だいじょうぶぅ?)


「んなっ」

(ああ、問題ない)


 小太郎の問いにも毅然と答えられる。


「それにしても、人っ子ひとり居ないなあ」


 銀二を抱く男が溜息交じりに呟いた。もう三度目である。


「ぅにゃっ。にゃにゃ~ん。」

(だから、お前みたいなのは居ないって)


 銀二はたんびに教えてやるのに、暫く経つと男はまた同じ呟きを漏らす。


 阿呆あほうなのか?

 銀二は思ったが、三郎が否定する。


「なあ~ん」

(通じてないんですよ)


「うにゃ?」

(何?)


「にゃにゃにゃにゃにゃっ」

(この男、こちらの言葉が理解出来ていません)


「にゃ?」

(は?)


 だって最初は通じていただろう。

 銀二は目を丸くするが、

 ニュアンスが伝わってただけなんですよ。

 あっさりと三郎に切り捨てられる。



 ええええぇぇっっ。


 銀二は驚愕した。

 しかし、言われてみればそんな気がしないでもない。最初から何となく、微妙に食い違っていたような気もする。



 こちらは男の言葉が理解出来るのに、男にはそれが出来ないらしい。

 理解出来ない男が阿呆なのか、理解させられないこちらが低能なのか。何れにしてもそれは少々不便である。この迷子がどういう生き物なのかも、何処から来たのかも、尋ねることが出来ない。


「人も居なければ車も通らないなんてどんな田舎だよ」


 いくら真夜中とは言えそれはないだろう。

 男が顔を顰める。


「みゃあ~~~ん」

(だからね。お前みたいなのはひとりも居ないんだよ)


 銀二の言葉が空しく響く。


「うん? どうした?」


 男が微笑んで銀二の首筋を撫でる。


 はあ~。極楽。


 銀二はうっとりと目を閉じた。

 独りぼっちの可哀相なこの男を、何とか元の場所に戻してやりたいと思った。

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