第13話 カラクリ

華道師範東村富子こと加納スミ子が殺害されてから8日後の土曜日午前10時。


事件現場である東村家の居間には山根刑事と相棒の中村刑事、そして容疑者の実の息子で建築士の東村孝明ひがしむらたかあきが二人の刑事たちに向かって


「私が15で、高校受験が終わってすぐに親父が富子を家に連れて来ました…『考ちゃんよろしくな』って、第一印象から馴れ馴れしい、いけ好かない女でした。

ええ高校受かりはったなあ、優秀なお子さんやとか相手が気を良くする言葉を選んでぽんぽん喋るけれど、


そのような人間には心が無いんです。


次の日に私は合格した高校に入寮手続きをして家を出ました」


「それから今回の事件までこの家には寄り付きもしなかった訳ですね?」


と中村刑事が尋ねると孝明ははい、と半白髪の髪を撫でつけてうなずき、


「親父とは大学卒業まで学費と生活費を送金してもらうだけの関係でした。体裁を保つために盆正月だけ帰省していましたが、富子の猫撫で声を聞くのが苦痛でしたねえ」


と発見時の富子の遺体があった畳の上を見下ろし、


「内縁とはいえ義理の母の死に非情と思われるかもしれませんが、本当のところ清々してます」


と椿の花が咲く庭が見渡せる掃き出し窓に目線を遣りながら吐き棄てるように言った。


遅いな、九条の奴時間にはきっちりしてるのに。


と山根刑事が腕時計を見た午前10時10分過ぎにうー、寒さむう。とコートの首元をマフラーでぐるぐる巻きにした九条敦と


「本当ですよね、長岡京市の二月は鼻が垂れそうな位寒いですよね」


とクリーム色のダウンジャケットを着込み、ヘッドホン型の耳当てを付けた皆藤双葉の完全防寒私服姿の二人が開いた玄関に張られた黄色い予防テープをくぐって居間に入って来た。


「電力入れた?」「もちろん」


敦と山根刑事は短い言葉を交わしてから目配せし合い、


「それでは皆さん、今から庭を出て物置小屋へ行きましょう」


と宣言した敦に皆呆気に取られたが、しぶしぶ玄関から自分の履物を取ると庭に出て奥にある茶色のトタン屋根の物置小屋に向かった。


「現場でもない物置になんでわざわざ」と孝明が怪訝な顔をしている横で中村刑事は物置小屋の鍵を開けて引き戸を開ける。


東側の小さな窓から光が入るだけの物置の中には丸めた絨毯、懐かしのダイヤル式黒電話、空き部屋から取り外したエアコンと室外機、業務用の計量器、もう飾らない招き猫などが壁際の棚に雑然と置かれており埃をかぶっていた。


「さて皆さん」

と九条敦は床上をさっと見回して言ってから懐から取り出したもの。それは片手のたなごころにすっぽり収まる鉄器の急須だった。


「今皆さんが探しているのはこの殺人事件の犯人ですが…

きっかけは末期癌を患っているこの家の家主、東村壱造さんが大事にしている骨董物を妻の富子さんが価値の無いものとみなして勝手に近所の知り合いの女性たちに渡して断捨離してしまったことから始まります。この急須はその内の一つと全く同じ型のものです」


「自分のお宝を嫁が勝手にほかして(捨てて)しもたら、普通は激怒するで」


と山根刑事が大事にしている学生時代のボクシンググローブを嫁に捨てられたら。と想像し顔全体を引きつらせた。


そう、と敦はうなずいてから、


「当然壱造さんもあるべき筈のもの物が急に無くなっているから激怒して富子さんに問い詰める所だが、それが出来なかった。


何故か?一見あまり価値の無い5つの骨董品、蓮柄のお皿五枚組、桔梗の模様が付いた俎板皿二枚組、これだけ3万の価値があった清水焼の茶碗、レプリカの九谷焼赤絵の花瓶…そしてこの急須。


富子さんにも言えない本当のお宝の鍵はこのれらの中にあったのです」


と物置の戸口の上の配電盤を見上げてスイッチがONになっている事を確かめ、「物置の中のものを一つずつ調べて見て下さい」と中村刑事に物置の中の不用品を一つずつ検品させた。


うわあ、面倒くさいなあ。と中村刑事はどれもみんな数年から十年は動かしていなさそうなきったない物の中を手袋をはめた手で撫でたりするが、電子計量器だけが本棚の棚板に嵌って持ち上げられない。


「ちょっと待て、この計量器壁の配線と繋がってるで!」


と中村刑事が叫ぶと「電源を入れてみましょう、みんな壁際に寄って」と敦が中村刑事に急須を手渡して電源の入った計量器の台座の上に置くと、


床下からがこん!という音がした。


砂埃が積もった床の中央が長方形にせり上がり、5人の目の前に現れたのは木枠に入ったスチールの本棚が2つ。棚の中には手提げ金庫が10近くも詰められている。


それを見た途端、孝明がああっ!あああっ!と理性を失って声を上げて「みんな俺のものや!お父ちゃんが俺のために貯めた財産なんやーっ!」

と金庫に飛びつこうとするのを両脇から山根刑事と中村刑事が両脇からがっちりホールドし、


「こんなあからさまに脱税した金が財産?んな無茶な。

東村孝明さん、あなたの設計事務所の経営がよろしくないのを調べておりますよ。加納スミ子さん殺害容疑で任意でお話聞かせて貰えます?」


と声を低めて山根刑事が孝明に囁くと、

「はっ、何か証拠が?」と抗弁する相手に向かって敦が差し出したの握りこぶしからぶら下がっているのは何処にでもある鍵。


「おやおや皆藤くん、この鍵の形状に見覚えはないかね?」


「…このギザギザは私のアパートの鍵!」


え?と孝明が鍵に目を遣り、


「こいついつの間に俺のキーホルダー掏り取りやがって…違う!排水溝に捨てた筈の鍵が見つかるもんかっ!」


と口にしてしまった瞬間、にこりと両唇の端を吊り上げたアルカイックスマイルを敦は浮かべた。


「ええ、違いますよ」


と敦が手のひらを広げるとその中にはマスコットさわらくんのキーホルダー。


「これはマスターキーなんだから形状は同じで当たり前。引っ掛かりましたね」


敦と双葉の狂言に引っ掛かった東村孝明は、両刑事の間であんぐり口を開けたまま脱力した。


「あんたひとつ余計なことしたなあ。


本当は見られていたかもしれない、という疑心暗鬼からからうちの部下の部屋に侵入してドレッサーの鏡を割る、という嫌がらせをした。

投げつけたブツが父親が残したこの隠し財産の『鍵』とも知らずにねっ!


皮肉なことやな、彼女の生活を脅かした意趣返しはさせてもろたで」


さてと、と敦は踵を返して、


「これで僕らの役目は終わり。後は警察と国税局に任せて…皆藤くん。小腹は空いてるかい?」


と初めて雇用した部下を食事に誘った。


「ええ、嫌がらせされた仕返しをするとお腹が空きますね~」


手袋をはめた両腕を天に突き上げ双葉の顔にはザマアミロ。とはっきり書いてある。


「コーヒーとケーキの美味い喫茶店を知ってるから一緒に行く?そろそろランチの始まる時間だ」


いいですね、と嬉しそうに振り向いた双葉は上司の車の助手席に乗り込み、敦が運転する黒のトヨタカローラは駐車場から車道に出て颯爽と走り出した。
































































































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